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ep27 桜台勇②

 8月14日 月曜日 PM18:00 大会議室


 普段は大規模な会議や打ち合わせに使われるだけの無機質で広々とした大会議室が、今夜ばかりは賑やかな様相を見せていた。

 部屋の前方には手書きの横断幕が掲げられており、達筆な字で「祝・第四守護獣撃破!」と書かれている。

 椅子は片付けられていて、長机を寄せ集めた小さな島がいくつか用意されており、立食パーティーのように料理やドリンクが並べられていた。


「皆、今日までよく頑張ってくれた。今まで第四守護獣戦は突破できないとされてきた。だが私たちは未来を変え、今この瞬間を掴み取った。少なくともあと一度、戦いは残っている。しかし今日ばっかりはそのことを忘れこれまでの勝利を、そして今日の勝利を祝いたいと思う。我々の勝利に、乾杯!」


 マイクとグラスを持った鏑木さんが、挨拶もそこそこにグラスを掲げてグイッと一息に酒をあおる。

 するとあちこちでグラスをぶつけ合う音と、乾杯という掛け声が聞こえ、一拍遅れて大きな拍手が鳴り響いた。


 今までは守護獣を撃破する度にお祝いなんかはしてなかったけど、第四守護獣の撃破は対策室にとっても大きな意味を持つ結果だったようで、こうして祝いの場が設けられたらしい。

 ドックでよく見かける整備班の人とか、廊下ですれ違うこともある事務職の人、オペレーターさんや専属医など、この対策室で働く人たちが一堂に会する大規模なパーティーだ。


「こういうパーティーっていうのは初めてだからなんか緊張するな」

「美味い飯が食い放題で最高じゃん! まずは肉だ!」

「僕も行きます! お寿司! ローストビーフ! 天ぷらもありますよー!」


 そわそわして落ち着かない様子の神谷先輩に対し、神室先輩と神楽坂はいつも通りの賑やかさだ。

 あちこちテーブルを回って山盛りになるくらい料理を皿に積んでいる。


「高校生にもなって……」

「あ、あはは、元気で良いと思うよ」


 小学生の如く後先考えずに料理を盛りまくる二人を見て、神谷先輩は恥ずかしそうに顔を赤くしており、火神先輩も苦笑いしている。身内のパーティーだから他人の振りも出来ないし、俺もちょっと恥ずかしい。

 とはいえ周囲の大人たちはそんな二人のことを馬鹿にするようなことはなく、むしろ微笑ましいとでも言うように暖かな笑みを浮かべている。


「先輩たちはどうします? 良かったら俺が取って来ますよ?」

「今日の主役にそんなことさせられないだろ。むしろ俺が何か取って来るよ」

「そうだよ。雑用なら僕がやるから」


 今日の主役って、第四を倒す鍵になったからってことか?

 そりゃ確かに俺の『虚無』は役割として大きかったかもしれないけど……。


「俺だけの力で勝てたわけじゃないですよ。火神先輩の『蛇蝎』も必要だったし、壁役をしてくれた神楽坂と神々廻も必要でした」


 それにこのパーティーは、今日の勝利だけではなくこれまでの勝利を祝うパーティーでもある。鏑木ささんもそう言っていた。俺の勝利ではなく、我々の勝利に乾杯と。


「第三は神楽坂が必要だったし、第二は神室先輩と神谷先輩が必要でした。それにパイロットだけじゃなくて、女神を整備してくれる人も、オペレーターさんも、事務の人も、みんなで戦ってるんです。主役は俺じゃなくて、ここにいるみんなですよ」

「……うん。ここまで来るのには、みんな・・・必要だったんだね」


 火神先輩はどこか憑き物が落ちたかのような晴れやかな表情で頷いた。

 自分もまた必要な存在だということを認められたのかもしれない。


「それじゃあ各自、自分のことは自分でやるってことで良いな。桜台も後輩だからって変に気を遣わなくて良いぞ」


 むっ、そう来たか。

 さては神谷先輩、最初からこういう流れになるのを見越して主役がどうこう言い出したな。

 ドヤ顔で語ったのが恥ずかしいじゃないか。


「神谷先輩には敵わないっすね」

「何々~? 何の話してんの?」

「お皿が空っぽじゃないですか! 僕たちのを分けてあげます!」


 山盛りの皿を手に帰って来た二人が話に混ざりつつ料理をより分けて行く。自分のことは自分でやると話していた直後にこれとは……。さては盛ってから食べきれないと気づいたな。


「全員の力があってこそ、今があるって話だ」

「んー? よくわかんないけど、とにかく第四守護獣倒せて良かったよねー!」

「これで残りは後一体。最後の守護獣はどんな神威を持ってるんですかね。完全初見になりますからやっぱり最初は不死身の僕が様子見で出た方が良さそうですよね」

「作戦を考えるのは上の役目だから何ともな。まあ、神楽坂の言う通りかもしれないけど」

「そういう話は明日以降で良いって! 折角のお祝いなんだからさー!」


 ……折角のお祝いなんだから、か。

 そうだよな。先輩たちには出来るだけ早く伝えようと思ってたけど、今言ってもお祝いをムードをぶち壊してしまうよな。


 俺の『渡河』は第四守護獣の力を吸収したことでまた一段階成長して、とうとう向こう岸が見えた。

 向こう岸とは俺が元いた世界のことだ。世界の間に流れる河を挟んで、俺がいたはずの世界が見えた。

 ただ現時点ではまだその河を渡ることは出来ない。その段階に達していない。恐らくあと一回の成長、第五守護獣を撃破することで俺の『渡河』はその河を渡れるようになる。


 早く帰らなければいけないと思ってた。

 家族や友達のことが心配だし、逆に俺の心配もしてくれてるだろうから。

 だけど命を預けて一緒に戦った仲間たちと離れ離れになることを寂しいと感じている自分もいる。

 時間で言えばたった一か月弱。これまでの人生の中ではほんの僅かな時間だ。けれど今までにないほど濃密な時間だった。


 俺が『渡河』を使えるのは女神に乗っている時だけ。

 こちらの世界ではともかく、元の世界に戻った時ムメイがどういう扱いになるかわからない。

 もしかしたら政府に徴収されて、もう二度と乗ることが出来なくなるかもしれない。そうなれば世界を自由に行き来することは出来なくなる。


 今生の別れになるかもしれない。


 元々俺はこの世界の住人じゃなくて、寄る辺なんてなくて、帰る方法を探すために戦い始めたんだ。だからいつかこうなることはわかっていたはずなんだ。

 それなのにこんなにも別れを惜しんでしまうのは、みんなのことをかけがえのない友人だと思うくらい深く関わってしまったからだ。


「どうした桜台? そんな眉間に皺を作って」

「あ、さては嫌いな物でも入ってたな~? 優しい先輩が食べてあげるよ。あ~ん」

「元々自分で取って来たものを押し付けただけなのに何という恩着せがましさ」

「えっと、それは神楽坂くんも似たようなものじゃないかな……?」

「それじゃあ遠慮なく」


 楽しい雰囲気に水を差すのも悪いし、本当のことは一旦胸の内にしまってプチトマトを神室先輩の口に運ぶ。嫌いなわけじゃないけど、食べなくて良いなら食べたくないものってあるよな。


「美味しい! 美少女補正込みで!」

「じゃあ僕も食べさせてあげますよ!」

「日向は男だからノーセンキュー」

「ムキー! 可愛いでしょ!」

「俺も男ですよ」

「プチトマトが嫌いって、味覚がお子様だな」

「何ですか神谷先輩その笑みは。喧嘩売ってるんですか」

「じゃ、じゃあ僕もプチトマト貰っていいかな?」

「どうぞどうぞ。好きに持って行ってください」

「あ、うん、そうだよね」


 いつか大人になって、この戦いを振り返って、そういえばそんなこともあったねなんて笑い合うことは出来ないかもしれない。この戦いの日々を誰かと語り合うことは出来なくなるかもしれない。それが本当にあったことなのか、夢か現かもわからなくなる日が来るかもしれない。 


 まだ戦いが終わったわけでもないのに、誰一人欠けることなく勝てると決まったわけでもないのに、それがたまらなく寂しかった。

☆Tips ムメイ

桜台勇が搭乗する機甲女神。

出所不明だが、技術的には対策室製の女神に極めて近い。ボディのカラーはメタリックグレー。

突出した出力のムメイ用に新たに製造された両手持ちブレードを主武装としている。

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