ep26 『盾』
8月14日 月曜日 AM9:00 地下整備ドック
――いまだ時も名もなき創世紀。彼方よりも遠く……
『巨大生物の出現を確認! 複数の体節および付属肢を確認!』
『特徴一致! 第四守護獣と認定! 球状へ変形!』
『予測出現ポイントから凡そ20km!』
ひび割れた空間を突き破るように現れた巨大な球状の物体が、モゾモゾと動いてその姿を露わにする。
それはまるで、鉄で編まれたダンゴムシのような姿をしていた。厚みのある殻は重なり合い、表面にある無数の鋭利なトゲは威嚇するように伸び縮みしている。
第二守護獣戦の役割はサポートだった。
第三守護獣戦はお膳立てされた最後の一撃を叩き込むだけ。
本当の意味で俺が作戦の要として戦うのは、これが最初ということになる。
失敗すれば人類敗北。
その事実は守護獣の放つプレッシャーとも相まり、大きな重責となって俺の肩にのしかかる。
『カタパルトゲート開放確認!』
『神楽坂日向、出撃します!』
『神々廻歩夢、出撃します』
『桜台勇、出撃します!』
『火神命、出撃します』
だけど不思議と震えはしなかった。
慣れたというよりは、分け合えたからだと思う。
共に戦う仲間たちとの信頼関係は、日を追うごとに深まってるって俺は信じてる。
気に食わない奴もいるけど、そいつだっていざ戦いとなれば頼れる仲間だ。
『射出カウントを開始します。3……2……1――』
『機甲女神、発進!』
『不滅の太陽!』
前回同様、神楽坂は出撃と同時に神威を発動する。
俺を含めた残る三人は必要なタイミングで発動する手筈になっている。
空へと舞い上がった黒鉄の女神たちがそれぞれスラスタを噴かし、壁役の二機が先頭となって、俺と火神先輩がその後に続く。
第三守護獣戦を踏まえ、移動中や出現ポイントに到着した直後の奇襲を警戒してのフォーメーションだ。
偵察機から女神に送られている映像を見れば、守護獣は体を丸めて住宅街をなぎ倒すように転がりながら移動をしていることが確認できる。
転がっている最中は邪魔になるからかトゲが引っ込んでおり、臨戦態勢には入っていないみたいだ。
『第四守護獣は『盾』にかまけて回避が雑だけど、『虚無』が通ったら多分警戒される。最初の一撃を確実に当てるよ』
「わかってる! 『虚無』が通らなければ次は『矛』だろ!」
今回の作戦は『虚無』によって『盾』を無効化出来るという前提で立てられてるけど、神々廻の予知では俺の存在によって変化した未来を視ることが出来ないため成功するかはわからない。例え完璧にタイミングを合わせることが出来たとしても、『盾』を剥がせなければ意味がない。だから作戦が失敗した場合、サブプランとして『矛』で『盾』の貫通を試みるという段取りになっている。最強の『盾』と最強の『矛』をぶつけるという試みだ。
ただしこのサブプランに関しては、成功する可能性が低いというのが最終的な結論だった。それというのも俺が守護獣から吸収した神威は本来の性能に劣ることがわかっている。俺の『渡河』ではまだ世界を渡れないことが何よりの証明だ。守護獣を倒すごとに強化されてはいるが、現時点では第一守護獣が持っていた『渡河』には及ばない。それは即ち、『矛』についても十分な性能を発揮出来ないということだ。最強の『盾』に対し、劣化した『矛』で貫くことが出来るか否か。
さらにその次のプランとして『渡河』で海の底へ転移させ時間を稼ぐという案も出てるけど、神威による干渉を防ぐ以上恐らくそれは失敗すると見込まれている。
つまり実質的には。この『虚無』で『盾』を剥がす作戦だけが勝利の道ということになる。
『現在の軌道だとミカサが守護獣と接触することになります。ヤマトの軌道修正を――』
『このままで良いです。出力は僕の方が高い。稼げる時間は0.1秒でも長い方が良い』
『打ち合わせと違うじゃないですか!? 僕なら無傷で受けられますよ!?』
『機体の損傷回避は優先度が低い』
本来壁役は神楽坂がメインであり、神々廻が壁役になるのはペアを組んでいる俺が狙われた場合に限る予定だった。
出撃と同時に『不滅の太陽』を発動している神楽坂ならば、トゲの反撃を受けても無傷でやり過ごすことが出来るからだ。
確かに神々廻が受け止めた方が拘束出来る時間は僅かに長くなるだろう。けれど不死身の神楽坂と比してあまりにもリスクが大きすぎる。
『僕が完全に受け止めるまでムメイは前に出ないで。君が視界に入ると未来視が出来なくなる』
「信じて良いんだな?」
この一週間の訓練は俺と火神先輩の連携がメインで、神々廻の実力を目に見えて実感出来る瞬間はなかった。
しかし間接的に、神々廻の操縦技術が極めて高いことを理解させられた。
俺と火神先輩が0.5秒以内に同時に接触するという訓練は、火神先輩が合わせに行く場合の成功率は9割を超えてたけど、俺が合わせに行く場合は1割未満だった。
実際にやってみたからこそ、それが高度な操縦技術を要するのだと実感できたわけだけど、じゃあその火神先輩をして、全然敵わないと言わしめる神々廻の実力は如何ほどのものなのか。
その技術に未来視が加わったのなら、致命傷を回避して守護獣を受け止めることも可能なのではないかと思えた。
だからこそわだかまりを一度脇に置き、戦士としての神々廻を信じると決めた。
『僕の真後ろにいれば絶対コックピットには当たらない』
「うしっ! 防御は任せるぞ!」
出現ポイントに到達し着地した神々廻の正面から、守護獣が拘束で転がって迫り来る。
『白昼の予知』
神々廻の共鳴神威は左眼に映る視界の範囲内に限り、数秒先の未来をリアルタイムで予知することが出来る。
この『白昼の予知』に関しては、俺が視界に入りさえしなければ今でも使えるらしい。だからどう受け止めれば被害を最小限に抑えられるのかも視える。
『出力は予知夢と同じ……!』
回転して突進してくる第四守護獣に対して、同じく正面からぶつかりに行ったミカサが衝突し、金属の擦れるような甲高い高音が響き渡る。
衝突の勢いで押し込まれてはいるけど、ミカサは抉るように踵を大地にめり込ませてブレーキをかけ、やがて完全に停止させる。
そしてその直後、丸まった守護獣の体表からトゲが突き出しミカサの全身を突き刺した。
『今だ!』
ハチの巣の如く全身を穴だらけにされながらも、コックピットを守り切った神々廻から指示が飛ぶ。
神々廻が必ず止めると確信していた火神先輩が、守護獣の背後で既に攻撃モーションに入っていた。
そして俺の方も準備は出来ている。あえて触りに行く必要もない。なにせ神々廻の後ろで待機していたもんだから、ムメイの全身にもトゲが突き刺さっている。
俺の『虚無』は触れてさえいれば発動できる。
『荼毒の蛇蝎』
冷静な呟きと共に勢いよく振り抜かれた巨大ツルハシの先端が、分厚い第四守護獣の体表に突き刺さ――
『硬いっ!!』
――らない。
硬質な物体がぶつかり合う音を響かせて、ムサシのツルハシが弾かれたのが見えた。直後に何かされていることに気づいたのか、守護獣はトゲを引っ込めてミカサの拘束から逃れ、警戒するように距離を取った。
失敗したのか!? 訓練の後半では確実に成功するレベルにまで達してたのに!?
『……なるほどね』
『桜台くん! 神々廻くんを連れて下がって!』
「待ってください火神先輩! 次は『矛』です!!」
一人何かに納得している様子の神々廻を無視して火神先輩の指示に待ったをかける。
ムメイはまだ動ける。全身を穴だらけにされたミカサは確かに回収しなければならないけど、その役目は俺以外だ。個人的な感情の問題ではなく、このまま守護獣を野放しには出来ないから。成功する可能性が低くても、ちょっとでも倒せる可能性があるなら戦わなければならない。そうしなければ、みんな死んでしまう。
『ううん、『蛇蝎』は入ったよ。二人ともありがとう、後は僕たちに任せて』
「へ?」
『弾かれたのは武器だけ。神威が入った手応えはあったから』
『命の指示に従って。時間稼ぎなら日向の方が向いてる』
……なるほどな。この第四守護獣は『盾』がなくても滅茶苦茶硬いからツルハシ自体は弾かれたけど、『蛇蝎』は入ったってわけか。
ああ、神々廻が勝手に一人で納得したのは、『白昼の予知』で未来を視やがったな。
そういうことならと、俺は大人しくミカサを担いで先輩たちの後ろに避難する。
『持久戦なら不死身の僕にお任せです!』
『痛覚のフィードバックはともかく、自分の体を貫かれたら痛いんだよね? 僕が前に出るよ』
『先輩は不死身じゃないんだから危ないじゃないですか!』
『受け止めなくて良いならこんなの――』
お見合いをしていてもしょうがないと感じたのか、あるいは人類への殺意が警戒を上回ったのか、再び守護獣はトゲを引っ込めて高速回転しながら、一歩前に出ているムサシに向かって突撃を開始する。
『――僕でも当たらないよ』
そして接触する瞬間、火神先輩は守護獣の体に添えるようにツルハシを軽やかに振った。その一瞬の接触で守護獣の進行方向が変わり、まるで守護獣自身が火神先輩を避けたかのような軌道をとった。
『ダメージを受けないだけで力の流れを無視してるわけじゃない。だったら、その方向を少し変えれば僕たちには届かない』
そこからの戦いは、まるで見世物でも見ているかのように一方的なものになった。
様々な軌道で攻撃を仕掛けようとする守護獣を火神先輩がひたすら受け流し続け、数十分にも及ぶ攻防の末、守護獣は突然丸まるのを止めてもがき苦しむように暴れだしたかと思えば、光の粒子となって消えて行った。
『ふぅ……。僕の神威は弱いから、随分時間がかかちゃったなぁ』
嫌になるとでも言いたげな憂鬱そうな声音だった。
この人、自分がかなり凄いことをやってたの理解してないのか?
「何言ってんですか。完封じゃないですか」
『へへーん! だから火神先輩は凄いって前も言ったじゃないですか! 自慢の先輩です! えっへん!』
『こんなの大したことないよ。神々廻くんの方が僕よりずっと上手いから』
「比較対象!」
そりゃアタオカインチキクラスの神々廻と比べれば誰だってまだまだだろうけどさぁ!
にしても、無理に倒そうとしないでただやり過ごすだけなら案外戦えるモンなんだな。
俺の居ない未来で勝てなかったっていうのは……、まあいなすのと拘束するのじゃ話は別か。
今回は守護獣の興味が他に移る前に倒せたから割とあっさり終わったけど、毒って言う時間制限がなければいつかは女神を相手にしないで首都とかを狙い始めるのかもな。
「何はともあれ、これで認められますよね」
『……え?』
「そのツルハシでも貫けない装甲なんですから、先輩の『蛇蝎』以外に有効な攻撃方法なんてなかったわけじゃないですか? だからやっぱり先輩は第四守護獣討伐に必要だったんですよ」
それに武器だけの話じゃなく、『盾』を剥がせたのはほんの僅かな時間だけだった。その後は明らかに俺を警戒していたようだし、一撃入れて後は時間稼ぎに徹するというのは対第四守護獣の最適解だったんだと思う。俺だけでは駄目で、先輩がいなければこの結果はなかったってわけだ。
「先輩がいて良かったです」
『……! そう、かな?』
「そうですよ。神楽坂もそう思うだろ?」
『勿論です! ていうか僕前から何回もそう言ってますよね!? 忘れちゃったんですか火神先輩!?』
『あはは、ど、どうかな……』
忘れちゃってたっぽいなこれは。
あと、それから……
「神々廻も、まあ、やるじゃん」
『……倒せた。第四守護獣を、倒せた。やっと、この先の未来に行ける』
神々廻にしては珍しい、感無量とでも言うような震えた声だった。
まあ、考えてみれば当然か。話を聞いているだけの俺たちと違って、神々廻は実際に何度も未来を視て試行錯誤を繰り返してたんだもんな。それで今まで一度も倒せなかった相手を倒せたんだから、喜びも一入だろう。
「――あ」
神々廻の心情を汲んで無視されたことは許してやろうと一人思案していたところで、自分の中に新しい神威が宿るのを感じ取った。
今まで『渡河』や『繁栄』、『矛』を手に入れた時と全く同じ感覚。
『盾』だ。守護獣が完全に消滅し、『盾』の神威が俺に発現したようだ。直接手を下さなくても奪えるのは予想外だけど、あって困るものでもないし良しとしよう。
それからもう一つわかったことがある。向こう岸が見えた。
いまだ時も名もなき創世紀。
彼方よりも遠く、何処にも記されぬ深淵に、ただ二柱の神のみが在った。
一柱は《創造》を司る神、名を持たず、始まりと命脈を紡ぐ者。
一柱は《虚無》を司る神、これもまた名なきまま、終わりと消滅を宿す存在。
世界は静謐であった。
二柱は言葉なくとも交わり、虚無のただなかに充ち足りた永劫を漂っていた。
だがある時、虚無の神の言葉が静寂に響いた。
「母よ、果てなき無には飽いた」
創造の神は答えず、ただ微笑み、自らの身を裂いた。
血は星となり、肉は大地となり、髄は海となった。
髪は風と雲に、眼は太陽と月、そして心臓は命となりて、万象を織り上げた。
かくして宇宙は生まれ、世界は始まり、虚無にかすかな調べが響いた。
創造の神の手には、なお五指が残されていた。
彼女はそれぞれの指より、秩序を守護する五つの獣を生み出した。
――小指より生まれしは、《渡河の神威》を持つ獣。流転と運命を知り、切り開く者。
――薬指より生まれしは、《繁栄の神威》を持つ獣。命を芽吹かせ、実らせ、地を満たす者。
――中指より生まれしは、《矛の神威》を持つ獣。争いと力を司り、絶対の矛と化す者。
――人差指より生まれしは、《盾の神威》を持つ獣。平穏と安寧を司り、絶対の盾と化す者。