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ep21 火神命②

 ムツの再生が完了してからは神室先輩と神楽坂も訓練に復帰し、あっという間に3日が過ぎた。


 第二守護獣を撃破した直後はギクシャクしていた神室先輩と神谷先輩も、仲直りしたのか昨日のゲーム会の頃にはいつもの様子に戻っていた。

 精神を安定させるためには日常も大事というのは神楽坂の言葉だけど、今ならその意味がよくわかる。

 年相応の学生みたいに遊んで騒いでいる間だけは戦いのことを忘れられた。一歩間違えれば誰かがいなくなっていたかもしれないという恐怖に蓋を出来た。


 予知通りであれば第三守護獣の襲来は明日。

 第二守護獣戦の前日と同様に俺たちパイロットはブリーフィングルームに集められ、今回の作戦について鏑木さんから最終的な説明を受けている。


「第三守護獣の神威は『矛』。その性質はあらゆる物体を貫通する最強の攻撃能力だ」


 神々廻の予知によれば、どれほど堅牢な装甲を増設しても、分厚い盾を重ねても、建造物を遮蔽にしても、全てを貫いてくるらしい。

 「矛と盾」の故事に出てくる、どんな盾も突き通す矛のようなものと考えれば良いだろう。

 ならば当たらなければ良いと考えるのが自然な流れだだけど、そうは問屋が卸さない。


「姿はダツと呼ばれる魚に近似していて、空中を泳ぐように移動する。そのスピードは肉眼でギリギリ捉えられるか否かというレベルで、確実な回避は難しい」


 ダツとは、両顎が前方に長く尖っている針のようなフォルムの魚だ。

 第三守護獣は神威を宿した矛を振るうのではなく、守護獣自らが矛となって襲いかかってくるわけだ。

 シミュレーターで俺も試しに相手をしてみたけど、目で見て避けようとしても間に合わず、勘で運良く避けられても切り返して突進してくる二撃目は避けられない。第二守護獣とは全く毛色の異なる難敵だと感じさせられた。


「数で押してもいたずらに被害を拡大するだけとなる可能性が高い。よって第三守護獣戦は、神楽坂くん単騎で対処して貰う。できるな?」

「もちろんです! そのために訓練してきたんですから!」


 念押しするように確認の言葉を投げかけた鏑木さんに対して、神楽坂が威勢良く答えた。

 神楽坂の共鳴神威は不滅の太陽。前に実演して貰った通り、機体が壊れてもあっという間に再生してしまう強力な権能だ。

 神楽坂単騎での対処というのは要するに、攻撃を避けたり相手の神威を抑制するのではなく、最初から貫通される前提で再生しながら無理矢理叩き伏せる作戦というわけだ。


「神々廻くんの予知通りなら、この第三守護獣戦はイレギュラーが生じる可能性が一番低い。これまでの訓練通りに戦えれば完封できるはずだ」

「攻撃特化型なんて僕の神威にとっては相性最高ですもんね」


 これほど強力な神威を有する神楽坂が第二戦に投入されなかったのは、情報を秘匿するためだけではなく相性を考慮しての判断だろう。

 再生による継戦能力と生存力に優れる神楽坂だけど、一方で短期決戦を可能とするような特別な力はない。つまり『繁栄』を相手に神楽坂を出しても、戦いが長期化してしまい、その時間で増えるであろう分裂体に対処出来なくなるというわけだ。


「万が一の場合は俺も出て良いんですよね? 『渡河』を使えばリスクは減らせますし」

「もちろんだ。各パイロットは女神に搭乗して、いつでも出撃できるように待機して貰う。ただしタイミングはこちらで判断する。勝手に出ることは認めん」

「了解です」


 神々廻が予知しているという第四守護獣までの情報は俺にも共有されてるけど、それを見る限り女神のパイロットは守護獣に対して有利を取れる神威持ちが集められている。


 第一守護獣の『渡河』に対しては、『予知』の神々廻。

 第二守護獣の『繁栄』に対しては、『怠惰』の神室先輩と『不和』の神谷先輩。

 第三守護獣の『矛』に対しては、『太陽』の神楽坂。

 第四守護獣の『盾』に対しては、『蛇蝎』の火神先輩。


 多分神々廻の予知を基に意図して集められているのだろう。鏑木さんの完封出来るという言葉を疑うつもりもない。

 ただ、第二守護獣戦では予知されていなかった事態が実際に起きている。例え相性的に圧倒的有利なのだとしても油断は出来ない。だからもしもの時は俺も出る。

 シミュレーターでは俺の『虚無』までは再現出来ないから一方的にボコられたけど、何でも貫通する攻撃力が神威由来なら俺には効かないはずだしな。


「ここまでは事前に説明していた通りだ。そしてここから一つ、作戦に変更がある。皆も知っているとおり、桜台くんが先日の戦いで『渡河』を発現した。さらに検証の結果『繁栄』もだ。また、第二守護獣を倒したタイミングで『渡河』が強化された感覚があったことも報告を受けている。以上のことから、桜台くんは倒した守護獣の神威と力を吸収する能力を持っている可能性が浮上した」


 飯食ってる時とかゲームしてる時とかにべらべら話してたからその辺のことは先輩たちもみんな知っており、特段驚いてる者はいない。


「来る第四・第五守護獣戦に向けて、可能なら手札を増やしておきたい。神楽坂くんは仕留めるつもりで戦ってくれて構わない。ただし、もし瀕死の状況まで追い込めた時は桜台くんにトドメを譲ってくれ。吸収の詳細な条件はわからないが、桜台くんが直接トドメを指せば間違いはないはずだ」

「わっかりましたー!」


 神楽坂は守護獣を討ち取ることについて特に拘りもないのか素直に返事をした。

 俺には事前に話があったからこの場での確認はない。


「話は以上だ。質問は……、なさそうだな。各自、明日に備えて早く休むように。解散」


 特に誰かが異論を唱えることも質問を投げかけることもしないまま、鏑木さんはそう締めくくって出ていった。一週間前と同様に小篠塚さんと神々廻も後に続いて去って行く。


「無理はするなよ神楽坂。勝てないと思ったらすぐに助けを呼ぶんだぞ」

「そーそー。意地張ってると俺みたいに超ピンチになっちゃうからね」

「間違っても【神風】なんて使おうとするなよ。使っても俺が止めるけどな」

「もー! そんなに心配しなくても大丈夫ですよ! 僕は死にませぇん!」


 心配する先輩たちや俺の言葉をよそに、神楽坂はいつもの調子で明るく答える。

 緊張や不安を隠した空元気なのか、本当に初の実戦なんてお構いなしなのか、真意はわからない。

 わからないけど、どちらにせよやることは同じだ。もしも神楽坂が危機に陥ったなら助ける。例え共に出撃しなくても『渡河』ならそれが出来る。


「ご、ごめん! 僕ちょっと用事があるから先に戻るね!」


 神楽坂と特に親しい火神先輩からも何か言うだろうと思ってたけど、先輩はどこか慌てた様子でそう言って部屋を出て行ってしまった。

 トイレでも我慢してたんだろうか。



・ ・ ・



「あのっ、すいません。ちょっと待ってくださいっ」


 一足先にブリーフィングルームを出て行った鏑木たちを、火神は僅かに荒い息で引き留めた。

 神楽坂たちに会話が聞こえないよう少し時間を置いて後を追ったため、ここまで走って来たようだった。


「火神くん。何か質問を忘れていたか?」

「いえ、その、みんなの前じゃ言い難くて……。明日の出撃、日向くんじゃなくて僕じゃ駄目ですか?」


 足を止めて振り返った鏑木が用件を尋ねると、火神は少し目を伏せて言い淀みながらも、最後はハッキリと言い切った。


「君が神楽坂くんに対抗心を燃やしているとは知らなかったな」

「そうじゃなくて、心配なんです。いくら相性が良いって言っても絶対勝てる保証があるわけじゃないですよね。この前の戦いを見て、日向くんが死んじゃうかもしれないと思ったんです」

「それは誰でも同じだ。火神くんでも、神々廻くんでさえも、勝ちを保証することは出来ない。その上で最も勝利の可能性が高いパイロットを選出している」

「でも日向くんは替えが利かない人です。命を賭けるなら必要のない人からにするべきです」


 それは、普段の自信がなさそうな弱々しい態度からは想像できないほどに力強い言葉だった。

 つまり火神は、自分が必要のない人間だと心から信じ切っているのだ。


「まだそんなことを言っているのか火神くん。何度も説明したはずだ。君の神威は第四守護獣との戦いで必要になると」

「『盾』の守護獣を撃破する未来は一度も視えてないはずです。そうだよね、神々廻くん」

「……そうだけど、『虚無』があれば」

「だったら桜台くんがいれば良い。気を遣わなくて大丈夫です。それに、自棄になってるわけじゃありません。神々廻くんほどじゃないですけど、女神の操縦には自信があります。相手が速いなら、攻撃面では日向くんより僕の方が有利に立ち回れるかもしれないです」


 『蛇蝎』という周囲の人間から忌み嫌われる神威を持って生きてきたからこそ、それを打ち消すほど強力な『太陽』がどれほど重要であるのかを理解している。

 神楽坂の神威がなければ、『不和』と『蛇蝎』によって対策室は内部崩壊していた可能性もあると火神は考えている。

 そしてそれは間違いではない。神々廻の予知において、神楽坂が戦死した未来では極めて高い確率で対策室が機能不全に陥る。


 『太陽』の名を冠する神威は伊達ではない。

 神楽坂はまさに、この戦いにおいて太陽のような存在なのだ。


 本来果たすべき役割を果たすことも出来ないのなら、せめて価値のある人を守れれば、自分も必要な人になれるかもしれない。

 そしてそれが出来ないとしても、この命を使う時が来るのなら、それは初めての友達を助けるために捧げたい。

 そう思ったから火神は、明日は自分が出撃したいと言い出したのだった。


「作戦は変更しない。明日戦うのは日向。命はその次だよ」


 火神の提案を何の躊躇もなく切り捨てたのは神々廻だった。

 形式上司令官は鏑木ということになっているが、作戦の決定権を握っているのは予知によって未来を知る神々廻の方なのだ。


「なんで!? 神室くんには【神風】を使えって言ったよね!?」

「あの時はそれが最善だったから。最初から無駄死にするってわかってて戦わせるつもりはない」


 神々廻はそれだけ告げて火神の言葉も待たずに再び歩き出した。

 それ以上問答するつもりはないという意思表示のようにも感じられ、火神はその背中をただ見送ることしか出来なかった。

☆Tips ムサシ

火神命が搭乗する機甲女神。

メタリックパープルのボディに、主武装は巨大なツルハシ。

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