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ep2 桜台勇①

 気づいたときには、俺はすでにそれ・・に乗っていた。

 鈍色のコックピットの中、金属の感触と見慣れぬ計器類に囲まれて、俺の心臓は激しく鼓動していた。


 それが一体何なのか、俺の身に何が起きたのか、何をすれば良いのか。

 何一つわかることはなかったけれど、目の前にあの化け物がいると認識した瞬間俺の体は動き出していた。


「機甲女神に神威に守護獣ねぇ。はっ、俺はアニメの世界にでも迷い込じまったってわけですか」


 戦闘が終わったのも束の間、俺は奇妙な組織に囲まれた。「保護」という名目のもと、訳もわからぬままどこかの施設へと連行され、半ば尋問のような取り調べが始まった。


 何もかもが現実離れしていて、理解が追いつかなかった。

 俺はただ放課後の部活に向かっていただけだった。それが、気がつけば巨大な化け物と戦うことになって、わけのわからない組織に拘束されている。語れることなんて自分のことくらいだ。あの化け物やロボットのことは、むしろ取り調べをしている男のほうが詳しかった。


 この組織——なんとか対策室とか言ってたけど、彼らの話によればある予知者の啓示により、五体の守護獣と呼ばれる存在の襲来と、それによって人類が滅亡する未来が示されたのだという。そこで彼らは、それに抗うべく神威という超常のエネルギーを用いた兵器、機甲女神の開発を極秘に進めてきた。

 機密だの何だのと御託を並べて詳しい話は教えて貰えなかったけど、認識の擦り合わせのために開示された話を要約するとそういうことらしい。


 いい歳した大人がアニメの設定のような話を真面目くさった表情で始めた時には何の冗談だと思ったけど、自分の身に起きた出来事を振り返ってみると真っ赤な嘘と断じることも難しい。


「アニメ云々はともかく、異なる世界に迷い込んだというのはあながち間違いではないかもしれませんね」

「はぁ?」


 男が手元の端末を見つめながら、読み上げるように俺の情報を口にする。


桜台勇さくらだいいさみ、16歳。県立笹木平高校1年C組、出席番号7番、テニス部所属。住所は千葉県××市△△町〇〇番地、家族構成は兄弟なしの両親と3人住まいで長男。2029年5月5日生まれ。放課後、部活に向かう途中に守護獣に襲われ、気づいたら機甲女神に乗っていた、という話ですね?」

「そうだって言ってるじゃないですか。つーか俺の友達は、学校のみんなは無事なんですか? 避難は済んでるとか聞こえましたけど」


 その情報は、保護される際に聞かれて俺自身が答えた内容だ。それにここに連れられてきた時にも似たようなことを聞かれて答えている。

 自分でも何が起きているのかは未だにわかっていないが、やましいことはないのだから身分や経緯は正直に話した。

 放課後、先生に頼まれた雑用を終えて、人気のない旧校舎から部活に行くぞというところであの化け物が現れ旧校舎をなぎ倒すように暴れだし、瓦礫や土煙の舞う惨状に呆然としている中、気が付けば俺はロボットみたいなものに搭乗していたんだ。


 みんな、助かってると良いんだけどな……。


「こうしてお話を始めるまでの間に確認させましたが、そのような高校も住所も存在していませんし、自治体に君の戸籍は確認出来ませんでした」

「そんなわけっ」

「ない、と言いたいところでしょうけど事実です。それに、信じられないというのはむしろこちらのセリフなんですよ? 偽りの身分、存在しない学校、性別さえも異なる。君は一体何者です?」


 馬鹿げた話に食ってかかろうとした俺を制するように、男は言葉をかぶせて探るような視線を向けてきた。


「嘘じゃない!!」

「でしょうね。嘘をついているようには見えないですしバイタルサインにも異常はありません。それになにより、工作員にしては目立ちすぎですしね」


 バイタル……?

 よくわからないけど疑われてるわけじゃないのか?


 さきほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら、男は堪えきれず笑ってしまったというように小さな笑みを浮かべていた。


「君の証言が嘘ではないとして、私たちの調査結果も誤りでないとするならば、通常ではありえない事態が起きたと考えるべきしょう。最初は未来から来たのかと思いましたが、話を聞く限り年代に大きな差異はなさそうです。だとすれば、例えばこの世界と君のいた世界は別物であり、君は何らかの原因でこちらへ迷い込んでしまった」

「……あり得るんですか、そんなこと」

「これまでの常識に照らせばありえませんね。頭がおかしくなったと思われるレベルの狂言です。しかし実際我々は今までにない事態に直面しているのですから、絶対にないとは言えないと思いませんか?」


 荒唐無稽な話だけど、たしかにこの男の言う通り俺は守護獣とかいう化け物を実際に見て、いつの間に乗り込んでいたのかもわからないロボットを操縦して戦った。しかもどういうわけか女の体になって。それだって本当ならありえない話なはずだ。

 ありえないはずの出来事が既に起きているのだから、異世界に迷い込んだなんてこともあり得るのかもしれない。


「更に言うなら、君の戦った守護獣の神威は『渡河』。端的に言えばワープ能力です。しかしあの守護獣が持つ力が単なるワープだけではなく世界を渡る力があったとすれば、より信憑性は増して来る気がしますね」

「神威ってのは超常のエネルギーのことじゃなかったんですか?」

「神威とは、エネルギーであり、権能でもあります。守護獣は体を満たす神威によって現代兵器を無効化し、同時に固有の力を行使するのです。そして同じく神威を纏う機甲女神だけが、守護獣を倒せるのです」

 

 特殊能力みたいなもんってことか。

 あの鳥野郎が世界を飛び越える力を持ってたのなら、俺はそれに巻き込まれてこちらの世界に迷い込んだのかもしれないというわけだ。

 結論ありきの考え方のような気もするけど、筋は通ってると言えなくもない、と思う。


 ……いや、でも待てよ。鳥野郎はもう倒して、消えちまったんだぞ? それってつまり


「帰れない……?」


 言葉にした途端、心臓が音を立てて跳ねた気がした。

 嫌な予感がした時特有の、気持ち悪い冷や汗が背中を伝う。


「あくまで仮定に仮定を重ねた話です。それに君の乗っていた女神の出所や、変わってしまった君の性別などは今の仮説では説明できません。現状ではわからないことが多すぎるんです。もしかすれば君自身の神威が原因と言う可能性もありますし、今後何か手がかりが見つかるかもしれません。ですからあまり悲観的にならないように」


 グラグラと足元が崩れるような錯覚を覚えた。

 家も学校もなく、俺を知る人なんて誰もいないこの地に一人、帰れるかどうかもわからない。

 命がけの戦いの余熱や、目まぐるしい状況の変化による混乱も忘れるほど、背筋が凍り付くような冷たい感覚が急速に広がっていく。


「俺は、どうすれば」

「――戦って」


 自分のものとは思えないほどか細い声で弱弱しく漏れ出た言葉に対して、力強い言葉が返された。

 先ほどまで話していた男の声じゃない。それよりも若々しさを感じさせるものだ。


「誰だ?」


 声のした方を向くと、ドアの前に背の高い銀髪の少年が立っていた。感情の読めない金色の瞳と、無表情な顔。目の焦点も曖昧で、どこか現実から浮いているような存在感だった。


「神々廻くん、君は別室で待機だと伝えたでしょう」

「モニター越しじゃ確信が持てませんでした。でも直接見てわかりました。彼女は先生じゃない」

「君に何かあると困るという話をしてるんですよ……」


 先ほどまで余裕の態度だった男が、少年には明らかに気を遣っていた。年の頃は俺と同じくらいに見えるけど、どうやらただの子供ではないようだ。


「戦えって、どういうことだよ」

「君の女神は僕には動かせなかった。他のパイロットにも。それに君の神威は僕よりもずっと強い。先生の抜けた穴を埋めて」

「先生って、誰だよ」

「本当は先生が来て一緒に戦ってくれるはずだった。だけど来たのは先生じゃなくて君だった」

「答えになってねえだろ!」


 話ぶりから多分こいつは機甲女神とやらのパイロットなんだろうけど、まったく話が通じない。


「だから一緒に戦って」

「意味わかんねーし、何で俺がそんなことしなくちゃいけねーんだよ!」

「このままだと僕たちは負けるから」

「……は?」

「僕たちが負けたらほとんどの人が死ぬ。君もそうなる。だから君も戦うべき。帰りたいのなら」


 このままだと負けるだって?


「あんたらは予知で対策立てて女神とかいう兵器を作ったんだろ!? それで何で負けるんだよ!?」

「まだ勝利の予知は視えていないから。先生が来なかったから、余計に難しくなった」


 その言葉は胸に重くのしかかった。

 未来を知る者たちが、それでも勝ち筋を掴めていない。そんな状況で俺に何ができるというのか。


「俺が戦ったところで、何かが変わるのかよ」

「変わらないかもしれない。でも……変わる可能性もある」


 平坦で感情の起伏に乏しい声だったが、その中に確かに滲んでいた。

 これは期待なんかじゃない。悪あがきだ。追い詰められてそれでも諦めきれない、最後の悪あがき。そしてほんの少しの希望。


 なんで俺なんだよ、という思いと同時に、自分にしか出来ないような気もした。

 さっきの戦いを思い出す。勝手に動いた体。無意識に繰り出していた動作。それが意味すること。


 俺はもう一度あれに乗れる。俺が一番、あの女神をうまく扱える。


 戦うのは怖い。

 命を懸けて何かと戦うなんて、これまでの人生で考えたこともなかった。

 だけどここで逃げても、この人たちが負けたら結局はどこかで戦うことになる。その時俺はたった一人かもしれない。


「――わかった、わかったよ! 戦えばいいんだろ!」


 最初から、選択肢などほとんどなかったのだろう。

 異世界という話が事実ならどちらにせよこの世界に俺の寄る辺はない。

 家族も友達も知り合いすらいないこの世界から帰るために、俺は戦うんだ。


「桜台勇だ。お前は?」

「神々廻歩夢」

「一緒に戦ってやるんだ。お前らの知ってること、もっと詳しく教えろよ」

「後はお願いします小篠塚さん」

「おい、ちょっと待て!」


 神々廻は俺の言葉など意に介さず、取り調べをしていた男——小篠塚というらしい——に言葉を投げ、静かに部屋を出ていった。


「なんなんだよ、アイツ」

「神々廻くんのことはあまり気になさらず。彼は多忙なので。それより、ご協力感謝します」

「……別に、自分のためです」

「それでもですよ。ご希望通り詳細をご説明します。それから、説明後に少し出かけることになりますので、神々廻くん以外のパイロットには明日会って貰います。命を預け合う仲間になりますから仲良くしてください」

「それは……、相手次第です」


 少なくともあの神々廻とかいう野郎とは仲良くなれる気がしねえからな。

☆Tips 機甲女神

守護獣に対抗するため極秘に開発された巨大人型兵器。

女神の核には付喪神が埋め込まれており、戦神としての性質を併せ持つ。

女神に与えられる名前は、埋め込まれた核に由来している。

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