ep16 神谷憂斗②
神谷憂斗が神室遊斗に出会ったのは、小学3年生の夏休みのことだった。
どこにでもあるような仲睦まじい家族だった頃、両親に連れられて訪れた運動公園のテニス場で、神室もまた家族と一緒にテニスを楽しんでいた。
当時の二人は通っている学校こそ同じだったが一度もクラスメイトになったことがなかったため、お互いに相手のことはほとんど知らなかった。せいぜい、学校で見たことあるような気がするという程度の認識だった。
最初に話しかけたのがどちらからだったか、神谷はもう覚えていない。
歳の近い相手を見つけてこれ幸いと一緒に遊びだしたのか、意気投合した親の世間話の間暇を持て余して一緒に遊びだしたのか。
きっかけすらも曖昧だが、とにかくその日二人は出会い、同じ学校、同じ名前、同じ趣味であることを知り、友達になった。
特別変わり者というわけでもない二人は、年頃の少年が好きになりそうなものは大体好きになった。
漫画、ゲーム、動画、アウトドア、運動、TCG、ラジコン等々、興味の対象は多岐に渡り、お互いがお互いに影響し合って日々様々な遊びを楽しんでいた。
中でも二人にとって大きな共通点だったのは、出会いの切っ掛けでもあるテニスだった。近所の運動公園でテニスコートが時間貸しされており、子供ならば道具のレンタルも含めて格安で利用できたのだ。
成長するに連れて二人で打ち合う日は増えていき、コートの予約が取れない日は他の遊びをするようになっていった。
中学校に入学すると、二人は特に相談するわけでもなく自然とテニス部に入ると決めていた。
今までやっていたのは所詮遊びで真面目に練習をしていたわけでもないが、継続は力となり確実に腕前を上げており、自分たちの実力がどこまで通用するのか知りたいという気持ちや、大好きなテニスを学校でも出来るなんて最高じゃんという気持ちがあった。
そうして二人は一年生の内から頭角を現し始め、二年生になる頃には規模の小さな大会なら入賞できる程度の実力を備えるようになっていた。
とは言え、それはあくまで小規模な大会の話であり、もう一回り大きな大会になればメダルにかすりもしない程度の、どこにでもいるありふれた実力のテニス部員だった。
プロを目指しているわけでもない神谷からすれば、小さな大会だとしてもメダルを取れるのは嬉しいことであり、部活動は順調だったと言えるだろう。
学業や運動もトップクラスとまでは言わないが上の下くらいには位置する水準で、中学生になったあたりから何かと競って来るようになった神室にもほとんど毎回気持ちよく勝利しており、こちらもまた順調だった。
神室ほど親しい友人は他に出来なかったし友達グループのようなものに属することもなかったが、サシで話したり遊ぶ程度の友人はいたし、学生生活は概ね順調だったのだ。
しかしそれとは対照的に私生活は順調とは言えないものだった。
神室と友人になってから一年ほどが経過した頃から、神谷家は常に険悪な空気が漂うになっていた。
神谷と両親それぞれの仲はそれほど悪くないのだが、その両親がお互いを嫌い合うようになり、一家団欒や家族旅行などというものとは無縁の生活になっていたのだ。
日常生活の鬱憤が積み重ったのか、浮気のような決定的な出来事があったのか、当時の神谷には全く分からなかった。日々居心地が悪くなっていく状況を改善しようと、神谷からそれとなく仲直りを促したこともあるが、決してうまくいくことはなかった。
神谷が小学校を卒業するまではという取り決めでもしていたのか、卒業式が終わった直後に離婚届を役場に提出し、神谷の母は家を出て行った。
以前からもし離婚したらどちらに着いて行きたいかとそれとなく、されど執拗に聞かれていた神谷は、いつかこうなるのだろうなと理解していた。
神谷はどちらのことも好きだった。穏やかで優しい母も、大らかで頼れる父のことも。
けれどそんな二人はもうどこにもいなかった。変わり果てた二人は、些細なことで簡単に怒り出す恐怖の対象でしかなかった。直接的な暴力を振るわれることはなかったが、怒りの矛先が神谷にも向くことは日に日に多くなっていた。
父の元に残ると決めたのは、どちらの方が好きだとか、どちらの方がマシだなんて理由ではなく、ただ単純にこの家から引っ越したくないと思ったからだ。より正確に言うなら、転校したくなかった。母はこの地を離れて地元へ帰ることになっており、そちらに付いて行けば転校しなければならない。
この頃の神谷にとって、心の支えになっていたのは無二の友である神室であり、そして暖かな神室家だった。
自分の家に居心地の悪さを感じていた神谷は、神室の家に遊びに行くことが多くなり、泊まらせて貰うこともよくあった。幼いながらに迷惑をかけているとわかっていても、申し訳なさを感じながらも、どうしても安らぎを求めてしまった。
神室には父と母と妹がおり、みな明るくて優しい、神室の家族なのだと感じられる人物だ。神谷のことも迷惑がるどころか歓迎してくれて、いつだって暖かく迎えてくれた。相談に乗ってくれた。親身になってくれた。
そんな家族がいる神室のことが羨ましかった。
そんな風に自分もなりたかった。
そんな人たちを悲しませたくなかった。
本当は、神室には命懸けの戦いとは無縁でいて欲しかった。
(どうして、どうして俺じゃなくて神室なんだ!)
『馬鹿野郎……!』
『ありがとな、みんな』
神谷でも肌で感じられるほどに膨らんだ神威の気配が、ビリビリと肌を刺す。
それを感じ取ってか守護獣たちも逃げ出そうとするが、もう遅い。
過剰共鳴が、最高潮に達する。
『絶対認めねええっ!!』
『――!?』
最早【神風】を止めることは出来ないことを理解して、全員が固唾を飲んで見守っていた中、唯一人諦めていない者がいた。
『仲間を犠牲にして! めでたしめでたしなんて!』
桜台勇だ。
機甲女神ムメイだ。
正体不明のイレギュラーが、いつの間にか『繁栄』の守護獣本体の首を握り潰し、横たわるムツの前に立っていた。
本体を討ち取られたことで、全ての分裂体が消滅していく。
『そんなの俺が認めねえ!!』
なぜそこにいるのか。
間に合うような距離ではなかった。
ムツに背を向けたナガトは、せめて最期の時を見届けようとモニターに映るムツのことを見ていた。
まるで何もない場所から現れたかのように、まるでワープでもしたかのように、ムメイは突然ムツの前に姿を現したのだ。
『渡河の……』
誰かが自然とその言葉を口にした。
今まさに神谷も思い至った言葉だった。
それはまさしく、第一の守護獣が持っていた力。
『渡河』の神威
(いや、けど!)
『逃げろ桜台!』
何がどうなっているのかはわからないが、もう遅いのだ。【神風】は発動してしまった。守護獣を倒しても神室は助からない。それどころかこのままでは桜台さえも。桜台は【神風】の破壊力を知らない。女神に語り掛けられていないから。だからその恐ろしさをわかっていない。
『ほんとに俺が虚無の使途だってんなら!』
桜台は神谷の言葉を無視して、横たわるムツを拾い上げるように力強く抱き寄せた。
『虚無の神威なんて大層なモンだってんなら!』
その直後、ムツの【神風】に対抗するかのように、ムメイの神威が爆発的に膨れ上がっていく。
『消してみせる! 【神風】なんて馬鹿な力も!!』
あっと言う間にムツの暴走神威と同等にまで勢いを増した『虚無』の神威が、触れあっている箇所からムツの神威と交ざりあい、溶けあい、鎮められるように消えていく。
肌を刺すような気配は、いつの間にかなくなっていた。
『馬鹿な……』
『ム、ムツの共鳴率、0%です』
鏑木やオペレーターの啞然とした声が通信機越しにそれぞれのコックピット内に響く。
『……ははっ! 今の流れで助かっちゃうとか、俺ダサすぎて笑えちまうな!』
『おまっ! この馬鹿! ほんとに、本当にもう駄目だと……!』
『うわーん! 良かったぁ! 良かったです神室せんぱーい!!』
『大丈夫神室くん!? どこか痛くない!?』
『そんな減らず口が叩けるなら大丈夫そうっすね』
続いて聞こえてきた神室の強がりに、パイロットたちは四者四様の言葉を返して生還を喜ぶのだった。
☆Tips ナガト
神谷憂斗が搭乗する機甲女神。
メタリックブルーのボディに、主武装はブレードとビームライフル。