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ep15 神室遊斗②

 神室遊斗は、気がつけば守護獣の背中を追って走り出していた。


 何も最初から作戦を無視して本体を討ち取ろうと考えていたわけではない。

 前日のブリーフィングで説明された内容には不本意ながらも納得していたし、神々廻の予知を疑っていたわけでもない。

 ただ、想定されていた伏兵が想定外の行動を取ったことで、ふと考えてしまったのだ。


 桜台勇というイレギュラーの存在によって対策室の作戦は変更を余儀なくされた。

 それと同じように、守護獣の行動パターンにも変化が生じているのではないか、と。


 ありえないとは言い切れない話だ。

 実際神々廻の予知は既に一度外れており、第一守護獣との戦いに現れたのは先生ではなく桜台だった。


『罠だ! 戻れ!』

『神室くん! バカな真似はよせ!』


 神谷と鏑木の焦った声が通信越しに神室の鼓膜を叩く。


 そんなことは神室もわかっている。

 しかし十中八九罠だとしても、予知でそういう作戦を使って来るとわかっていても、本当に逃げ出したのだという可能性は存在する。

 本体を補足できている間はいいが、一度見失って分裂体に紛れ込まれれば見分けることは出来なくなる。だから絶対に逃がしてはならない。

 そして今この瞬間、分裂体に群がられ神谷と桜台がすぐに動けないこの状況で、守護獣を追えるのは神室だけなのだ。


『俺にだって出来る! 未来は変えられるはずだろ!?』


 その選択に神谷への対抗心が関与していないと言えば嘘になるだろう。

 神室では勝てないと断言され、神谷ならば勝てると告げられた時の悔しさは想像を絶するものだった。

 結局ここでも、何をやっても、神谷には勝てないのかと思い知らされた。


 だが未来が変わっているのなら、未来を変えることが出来るなら、自分が勝つという未来もまた実現し得るはずだと神室は信じた。


『神室先輩!』


(悪いね勇ちゃん、言い訳に使っちゃってさ)


 神室は内心で謝りながらも、意識は守護獣へ集中している。


 特に気をつけるべきは伏兵による奇襲。第二波を控えさせているパターン。しかし出現から交戦開始までの時間を考えればこれ以上戦力が残っている可能性は低い。

 次に意図的に分裂速度を抑えている可能性。だが泥沼の怠惰を展開している神室自身にはわかる。既に権能は完全に浸透していると。

 最後に高速分裂による目くらまし。分裂体の強さや大きさなど、一部の能力を犠牲にすることで分裂速度が向上することが予知されている。初見ならば警戒の対象になるが、来るとわかっていれば種が割れた手品も同然。脅威にはならない。


 功名心にはやって動き出してしまったのは事実だが、それでも神室に油断や慢心はなかった。

 それどころか、訓練時よりも遙かに研ぎ澄まされた集中力を発揮していた。

 そしてそれは、神々廻の視た予知の中でも同じだった。


『追いついたぞネズミ野郎! 喰らえ!』


 ムツ(神室)は一歩を踏み出すごとにメインスラスタを噴射して加速し、ついには脇目も振らず一直線に逃げていく守護獣の背後を捉えた。

 そうして神威を纏ったブレードを振り上げたその時、青空の下に破裂音が響き渡る。直後、ガクンと階段を踏み外したかのような衝撃と共に視界が一段(・・)ズレ、振り下ろしたブレードは空を切った。


『冗談、だろ……』


 神室は何が起きたのかすぐに理解した。

 痛覚のフィードバックはカットされているため苦痛はないが、両足の感覚が消失していた。

 自分の肉体が欠損したわけではない。神経接続によって女神と感覚をリンクしているがゆえの現象であり、すなわち欠損したのは女神の両脚。


 本体に比較して分裂体は弱いとは聞いていた。

 弱いと説明されていた割に、それなりに手ごわいと神室は感じていた。

 しかしそれらから導き出される結論に神室は気づいていなかった。


 策を弄するまでもなく、本体はムツ(神室)より強いということに。


『神室! クソ! どけ! どけよおおおお!!』

『このぉ! 邪魔なんだよっ!』


 神威の弾丸も届かないほど引き離されたナガト(神谷)ムメイ(桜台)は、急いでムツ(神室)を助けようとしているが、捨て身で進路を妨害する分裂体の群れに阻まれて足止めされている。


 そして救援が駆け付けるどころか、ダメ押しと言わんばかりに何体かの分裂体がムツ(神室)の方に向かって走り寄って来ていた。


『舐めやがってっ!』


 倒れようとする機体の腕を無理矢理動かし、ブレードを90度捻って横薙ぎに振り抜こうとしたところで、再度乾いた破裂音が響き、重い金属の塊が地面に落ちる音が神室の耳に届く。

 今度はブレードを持った右腕の感覚喪失。ここまで来て、ようやく神室はその攻撃の正体を看破する。


『尻尾か!?』


 攻撃の直前に尻尾が不自然に動いているのを見た神室が思わずというように声をあげた。

 先端の動きは速すぎて目で追いきれなかったが、それが逆に鞭のような攻撃を連想させた。

 そしてその予想は正しい。守護獣は逃げるフリをしてムツ(神室)を釣り出し、超音速で振るう尻尾の鞭によって両脚と右腕を破壊したのだ。


 そういう攻撃パターンがあることは知っていたし、仮想訓練シミュレーターを使用した訓練でも予習はしていた。だが想定されていたよりもずっとしなやかで、鋭い。たとえ事前に情報を知っていたとしても神室ではその攻撃を防げない。反応することが出来ない。だからどれだけ警戒していても、覚悟を決めていても、集中していても、神室では勝てない。


(クソ! クソッ! こんなはずじゃ……!)


 コンクリートの破片をまき散らしながら。三肢を失ったムツが仰向けに倒れ込む。

 咄嗟に残る盾で機体を防御しようと左腕を動かす神室だが、その腕と胴体の間に守護獣が滑り込む方が早かった。更に到着した分裂体が女神の全身を覆うように群がり、押さえつけ、ムツ(神室)は身動き一つ取ることが出来なくなってしまう。


 そうして守護獣たちは、ムツの全身を一斉にガリガリと齧り始めた。


『うああああああっ!? やめっ!? いやだぁぁぁぁ!!』


 痛みはない。

 けれど、全身を少しずつ削り取られていく不快感に耐えきれず神室は神経接続を解除する。

 生きながらにして蝕むように食い散らかされる恐怖に神室は支配されていた。


『はあっ! はぁっ……!』


(……死ぬのか俺! こんなにあっさり!)


 荒い息を吐きながら、モニターに映し出された分裂体たちを目にして、神室の心が絶望に染まる。

 コックピットは特に厚く強固な装甲で守られてはいるが、本体によって確実に削られている。

 その凶刃が神室の命に届くのは時間の問題だった。


 分裂体の隙間から見えるナガトとムメイは、先ほどより近づいて来てはいたが間に合いそうもない。


『結局っ、俺は……!』

『――――』


 何一つ勝てないまま、自分は死ぬ。

 何の意味もなく、ただの足手まといになって、作戦を台無しにして、死ぬ。

 そんな無力感に苛まれ、通信機から聞こえてくる様々な声も神室には届かなかった。


 ただ一つ、


『【神風】を使え! 遊斗っ!!』


 自分の命の使いどころを示す言葉以外は。


『なんだよ』


 怒鳴りつけるように声をあげたのは神々廻だった。

 普段の平坦な声音と能面のような無表情からは想像もできないほど感情のこもった言葉だった。


『熱くなれるんじゃん、神々廻先輩』


 こんな状況だと言うのに、神室は思わずそう呟いていた。


『【神風】!? なんだよそれ、必殺技か!?』

『違う! 自爆だ! 使うな!!』

『なぜ彼らがそれを知っている!? 話したのか神々廻くん!?』

『女神なら誰もが知っています。そして彼女たちは必ずパイロットに伝える』


 唯一その意味を知らない桜台が一縷の望みのように問いかけるが、神谷から返された答えは無慈悲なものだった。

 【神風】とは、神威の共鳴率を強引に引き上げることで暴走を誘発し、莫大なエネルギーを暴発させる行為を指す。またの名を過剰共鳴。その威力は通常の女神の力を遥かに上回るものであり、第三までの守護獣であれば確実に死に至らしめることが可能。ただし、神谷の言ったようにそれは自爆技だ。守護獣を道連れにパイロットと女神を失う諸刃の剣。


 神室もまた、対策室からは情報封鎖されていたが、ムツとの共鳴によって【神風】のことはいつの間にか知っていた。ただ、咄嗟にそれが選択肢に上がるだけの冷静さがなかったのだ。


『やめてくれ! 神室っ!!』

『……わりぃな神谷、勝ち逃げだ』


 やり方は、教わるまでもなく理解していた。


『ムツの共鳴率、急激に上昇!』

『100%……200%、300%!? まだ上がっています!』

『駄目だ先輩! そんなの駄目だ!』

『……っ! 【神風】に後戻りはない! もう止められないんだ! 下がれ桜台!』


 神谷が悔しそうに声を震わせて指示を出しながら、ナガトの進路を反転させてムツから距離を取る。


『馬鹿野郎……!』


 その選択に納得したわけじゃない。

 けれどここで神室を助けようとして自分たちが巻き込まれれば、それは神室の犠牲を無駄にするのと同義だ。

 本当は誰よりも神室を助けたいはずなのに、神室の決意を理解してその選択を受け入れた。


 これは命を懸けた戦いであり、誰かが死ぬことも当然あり得る。

 年単位に渡る訓練によってその覚悟を決めていたことも、最終的に神室の選択を受け入れられた理由だろう。


 そう、だから結論が分かれた原因は、仲間を想う気持ちの差などではなく、その覚悟が出来ていたのか否か。


『ありがとな、みんな』


 自分を想ってくれている仲間の存在に感謝をしながら、神室は静かに眼を閉じた。

 爆発の時がもうすぐそこまで迫っていることは、【神風】を使用した自分が一番よく理解している。

 幸いにもコックピットを破られるよりは早そうだと、どこか安堵すらしていた。


 震える手を操縦桿から放し、零れる涙を拭う。


(ああ、クソ。格好つけても、死ぬのは怖えーや……。ダッセーなぁ俺)


 そして共鳴は、最高潮に達する。

☆Tips ムツ

神室遊斗が搭乗する機甲女神。

メタリックイエローのボディに、主武装はブレード及びシールド。

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