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ep1 『渡河』

 西暦2045年7月24日。

 その日、千葉県南部一帯に巨大な地震が発生する──。

 そんな前代未聞の政府発表が、1年も前から繰り返し公共放送で報じられていた。


 現代の科学では、1年も先の地震を正確に予測することは不可能だ。

 SNSでは「ついに政府も陰謀論に染まったか」と揶揄する投稿が相次ぎ、各種メディアも政府関係者への取材攻勢を強めた。


 だが、政府の姿勢は一切ぶれなかった。

 時が経つにつれ、避難勧告は強制退去命令へと変わり、人々もようやく気付く。

 何か尋常ではない事態が進行している、と。


 そして、ついに予言の日が訪れる。

 人払いがほぼ完了した静まり返った土地に、『敵』は現れた。


――いまだ時も名もなき創世紀……


『巨大生物の出現を確認! 黒い翼に腹部の羽毛は白! 尾羽は深い二股になっています!』

『特徴一致! 第一守護獣と認定!』

『未確認の巨大人型兵器を確認! 機甲女神と推定されますが、機体登録は確認できません!』

『神々廻くん、あれで間違いないか?』

「……多分」


(初めて見る女神だけど……、このタイミングなら乗ってるのは先生のはず)


 神々廻と呼びかけられた少年は地下整備ドックで『女神』に搭乗しながら、偵察隊から送られてくる映像を見て僅かに疑問を覚えながらも答えた。

 先生・・と共に跳んで来る女神にはいくつかのバリュエーションがある。今回たまたま自分の視たことがないものなのだろうと結論付ける。


 この日この場所に、守護獣と先生は必ず現れる。


 神々廻の知る限り、特定の条件を満たすことでこの未来は確実に訪れる。

 守護獣は必ずこの世界に現れて人類を襲いだし、それを防ぐように先生は女神と共に現れる。

 確定した未来。だからこそ政府は地震という口実で人々を避難させた。そして今、実際に、


 忌まわしき敵と、心強い味方は現れた。


『ここまでは、君の予知通りというわけか』

「はい」


 未来は流動的でほんの些細な行動でも大きく変わってしまう。

 だが逆を言えば、自分たちの行動次第で未来は変えられるということでもある。


(今度こそ、勝つ)


 敵の襲来という未来は変えられなかった。

 ならばここからは、人類の敗北という未来を変えるために動く。

 そのために秘密裏に開発されたのが、対守護獣用決戦兵器──機甲女神。


『両者戦闘を開始!』

「僕も出ます」

『機甲女神ミカサの発進を許可する!』

『射出カウントを開始します。3……2……1――』

「ミカサ、発進」


 出撃用リニアカタパルトのゲートは既に開かれていた。

 亜音速の風切り音と共に、機械仕掛けの巨人が青空の下へと姿を現す。


 刀身のように研ぎ澄まされた四肢に角ばった細かな装飾が目立つシルバーホワイトのボディは、実用性よりもヒロイックな外見を優先したようなフォルムで、一見して与える印象は正にアニメのような巨大ロボットと言うほかないだろう。


 それこそが機甲女神。

 機械によって造られた新たなる偶像。

 女神へと至った彼女・・たちを信仰の導に、人の神威と共鳴させることで絶大な力を得た現代の神格。


『緊張しているか、神々廻くん』

「特には」


 ミカサのパイロットである神々廻歩夢ししばあゆむは、防衛省守護獣特別対策室の司令官にあたる人物からの問いに淡々とした声で答えを返した。

 それは強がりや格好つけなどではなく、神々廻は本当に気負った様子もなく自然体で女神のメインスラスタを噴かしている。


 たしかに今回は・・・これが初戦闘になるが、神々廻にとってこの戦いは飽きるほどに繰り返したものだ。もっと先の戦いならばともかく、相性的にも自分に有利なこの戦いで今更緊張を覚えることなどない。


『交戦中の女神のパイロットへ通達する! 一帯の住民の避難は完了している! 周りを気にせず戦ってくれ!!』


 ミカサが射出されたリニアカタパルトの出口から守護獣の出現ポイントまでは、女神の性能を全力で引き出して移動しても10分はかかる。

 それまでの間は、守護獣と共に出現した女神の健闘を祈るしかない。


 少しでも戦闘の助けになればと対策室が自治体の放送設備を介して避難完了の旨を告げると、それまでどこかぎこちない動きで守護獣の攻撃を防御していた女神が、迷いのない滑らかな動きで拳を振りかぶって守護獣を殴り飛ばした。

 転がる巨体。住宅街が次々となぎ倒され、更地となる。


(本当に遠慮がない。でもそれだけじゃ駄目だ)


 移動しながらも偵察機を介して戦闘の様子を見守っている神々廻は、先生にしては荒っぽい戦い方だと若干の違和感を覚えつつ、次の展開を予想する。


(第一守護獣の神威は『渡河』。先生の神威じゃ対処は難しい)


 地面を転がった守護獣の次の行動は神々廻の予想通りで、更地にした家々の上でぐったりしていたかと思えば、唐突にその巨体が消える。そして次の瞬間、守護獣の姿を見失ってキョロキョロしている女神の背後に姿を現し強烈な体当たりを繰り出した。

 今度は女神の方が大地を転がり住宅街を更地にする番だった。


『その守護獣の神威は『渡河』! ワープだ!! 君の神威とは相性が悪い!! 増援が着くまで耐えてくれ!!』


 今現在守護獣と戦っているのが、神々廻の知る先生・・であればそれだけで十分に伝わるだろう。実際これまでもこういうパターンはあった。


(この場合先生は、守りに集中して耐えきる)


 見慣れない機体に乗っていたため何かイレギュラーが発生する可能性を考慮していた神々廻だが、ここまでの一連の流れで既知のパターンに入りつつあるとほんの少し安堵した。


 しかしそれは大きな間違いだった。


『神威だのなんだの、わけわかんねーんだよおおおお!!』 


 跳ね起きの要領で勢いよく立ち上がった女神が、突如怒りや不満をぶちまけるような心からの絶叫をあげた。


 神々廻の知る限り、先生は戦闘中にここまで感情的になることはない。

 先生に限って、神威のことがわからないなんてことはない。

 そして何より、先生の声はこんなに甲高くはない。


 これではまるで、あの女神に乗っているのが年若い少女のようだ。だがそんなことはありえない。


(通信は出来ない)


 出現した女神とは通信が繋がっていない。

 先ほどの叫びはあくまで機体に内蔵された拡声器によるもの。

 何が起きているのかを知るには、直接会って確かめるしかない。


 問題はそれまであの女神が持ちこたえられるか。


『捕まえたぞ鳥野郎!!』


 再びワープによって背後から強襲してきた敵に反応し、女神は勢いよく抱き着くように腕を守護獣の首に回す。

 予測困難な攻撃に反応してみせたことは大したものだが、捕まえてからでは遅い。敵の攻撃にカウンターを直接当てなければ結局またワープで逃げられるだけ。そのはずだった。


 しかしなぜか、守護獣はワープによる離脱を行わなかった。あるいは行えなかったのか。理由は不明だが、まるで普通の生き物のようにジタバタと苦しみ始めた守護獣の首を、女神はねじ切るように勢いよく捻り上げた。


『くたばれえええっ!!』


 鈍い、硬質な破砕音が響き、守護獣の動きは完全に停止した。

 そしてその体が少しづつ光の粒子となって分解され、空へと溶けていく。


 守護獣の死だ。

 ほとんどの人間にとって初めて見る光景で、神々廻にとってはこれもまた見慣れた光景だった。

 見慣れないものがあるとすればそれは、イレギュラーの女神。そしてそのパイロット。


『倒した、のか……? クソ! 何がどうなってんだ!?』


 あり得るはずのない存在。

 なぜなら女神に乗って戦えるのは、過去、現在、未来においても常に、穢れなき男子・・・・・・のみのはずなのだから。

いまだ時も名もなき創世紀。

彼方よりも遠く、何処にも記されぬ深淵に、ただ二柱の神のみが在った。


一柱は《創造》を司る神、名を持たず、始まりと命脈を紡ぐ者。

一柱は《虚無》を司る神、これもまた名なきまま、終わりと消滅を宿す存在。


世界は静謐であった。

二柱は言葉なくとも交わり、虚無のただなかに充ち足りた永劫を漂っていた。

だがある時、虚無の神の言葉が静寂に響いた。


「母よ、果てなき無には飽いた」


創造の神は答えず、ただ微笑み、自らの身を裂いた。

血は星となり、肉は大地となり、髄は海となった。

髪は風と雲に、眼は太陽と月、そして心臓は命となりて、万象を織り上げた。

かくして宇宙は生まれ、世界は始まり、虚無にかすかな調べが響いた。


創造の神の手には、なお五指が残されていた。

彼女はそれぞれの指より、秩序を守護する五つの獣を生み出した。


――小指より生まれしは、《渡河の神威》を持つ獣。流転と運命を知り、切り開く者。

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