13.薬師の青年の秘事
がやがやと、店前の通りがより賑わいを見せる午後。
通りに面した窓からは、人々の行き交う様子が窺える。午後になって人通りが増えたようだ。
「――なのに、店は暇だねぇ」
勘定カウンターの縁にどかり座り込み、足を組んだ羊のぬいぐるみ姿のコシュール――ヒツジが退屈そうに声をもらす。
その横へ、ラヴィルが運んできた籠を下ろす。籠に詰められた小瓶がかちかちと鳴った。
眼鏡の奥で若草色の瞳が、ヒツジと同じように通りに面した窓を見やる。
「薬屋が暇なのはいいことではないですか」
籠から小瓶を取り出し、蓋を抜いた。
「病気や怪我がないのが一番です」
瓶口を手で扇いで匂いを確認すると、ふむと一つ頷いてしばし思考する。そして、指先で魔力を紡いで小瓶へと注いだ。もう一度瓶口を扇いで確認すると、今度はよしと頷いて蓋を締める。
小瓶を籠に戻しては次の小瓶を取り出し、同じ工程を繰り返す。時に匂いを確認してはそのまま戻し、時に匂いを確認しては魔力を紡いで注ぐ。
そうして全ての小瓶を検め終えたラヴィルは、籠をさらに横へ置いて次の籠を勘定カウンターの上に置く。そして、また小瓶を手に取り始めた。
その作業をヒツジは眺めやりながら、組んだ足に肘――にあたる部位――を乗せて頬杖をつく。
「てか、いいのかよ。こんな真昼間から堂々と魔力扱ってよぉ。外から丸見えじゃねぇか」
「そこは大丈夫です。店の周囲に魔力を散らし、認識を甘くしていますから。あなたのような魔法を扱える魔族は別ですが、人ならば勘付かれることはまずありませんよ。そもそも、只人の目に魔力は映りませんしね」
「さいですか」
ぬいぐるみゆえに変化はないが、ヒツジはどこか呆れた空気を醸し出す。
「こんな近くに魔法使いが居たとはな。どーりで精霊にも作用する薬が調合できるわけだ」
「今の時代、魔法なんてもう扱いませんよ。これも単に魔力を扱っているだけです」
ヒツジがちらりとラヴィルへ釦の目を向けた。ラヴィルは見せつけるように指先で魔力を紡ぐ。
ヒツジの釦の目が窓から注ぐ昼下がりの陽光を弾いた。
「――魔法を扱えないではなく?」
ラヴィルはヒツジの言に答えることなく、指先で紡いだ魔力を小瓶に注ぐ。瓶口を扇いで確かめると、蓋をした。
「私はただの魔力使いですよ。……人から魔法が絶えたのは、もう随分昔のことですから」
「んー、まあ、今の時代に魔法使いだってバレちまえば、魔族だろって迫害対象か」
はあと出ぬため息を落としたヒツジは、乗せたままの顎を深く沈めた。
「昔と比べりゃ、魔族でもだいぶ人の世に馴染みやすくはなったけども、まだまだ怨嗟の意識は根強い」
「まるで、私が魔法使いであることが前提のように語るのですね」
「実際、そうだろ?」
「……さあ、どうでしょうね。私達はただ、ひっそりと血を継いできただけですから」
ヒツジは上体を起こして、釦の目を静かに向ける。
ラヴィルは凪いだ若草色の瞳を手元に落として、籠の小瓶を並べていた。
後方に手を付いたヒツジが天井を仰ぐ。
「魔力を扱うだけっつっても、魔法の定義を知らなきゃ魔力だって扱えねぇよ」
ヒツジはそっと息を吐き出した。ぬいぐるみだから、息は吐けなかったけれども。
魔法――事象を魔力に定義し行使する。
ゆえ、魔法の定義を知らなければ、そもそも魔力を扱うことすらできないのだ。
「――さて、これで駐屯騎士団への納品分検め終了です」
最後の籠を積み上げ終え、ラヴィルはふうと一息つく。積み上がった籠は達成感を覚える。
「なぁるほど。市井に卸す分に魔力を注がないのは、市場価値を保たせるためか」
「ええ。そうでなければ、駐屯騎士を相手に稼げません。と、それよりも――」
ラヴィルがじとりとした目をヒツジに向けた。
「……なんでい」
「いえ、その姿でなければ、運ぶのを手伝ってもらえたのになと思いまして」
「しょんねぇだろ。リリがあれからずっと寝てんだからよ」
ヒツジが廊下の方へ視線を向ける。正しくは廊下の奥、寝室へ。
寝室では今、リリがソファで眠っている。あれからずっと。
「頑張ってたからな。回復に努めての眠りだ」
「わかっていますよ」
よっこいしょ、と掛け声と共にラヴィルは籠を持ち上げた。
籠を抱え、廊下の奥へと向かう。荷馬車に積み上げやすいように、裏手へと運んでおくのだ。
その背にヒツジは視線を投じた。傾いた陽が釦の瞳に影を落とす。
「どーして、明かした。ひっそりとしてたんだろ?」
ラヴィルがぴたりと足を止める。昼下がりの店内、その空気が張った気がした。
外からの喧騒がぴんと張った空気を揺らす。
ラヴィルは影になった廊下で、若草色の瞳を細めて伏せた。
「……さあ、なぜでしょうね。ただ、私がひっそりとしていることを、誰かに知って欲しかったのかもしれません」
*
「――おや」
店の窓辺。椅子に座っていたラヴィルは、ふと顔を上げた。読みかけの本を閉じる。
本をテーブルに置いて立ち上がったラヴィルに、テーブルで暇つぶしに転げ回っていたヒツジが怪訝な声をかけた。
「どーした?」
「彼女が来たようですよ」
「彼女……?」
扉の方へと向かうラヴィルが肩越しに振り返る。唇に人差し指を押し当てて笑った。
「私は薬草への相乗効果と、感知に対する魔力の扱いには自信があります」
「あー、店の周囲に魔力を散らしたと言ってたな」
ごろりと寝転んでいた身体を起こし、ヒツジは窓から外を眺めやった。
そこに覚えのある頭が通りを歩いて行くのが見える。
ラヴィルが扉の前に立つと、頃合いよくその扉が開かれた。否、そうなるようにラヴィルが機を計ったのだ。
「いらっしゃいませ、フロリさん」
店内へと足を踏み入れたフロリは、ラヴィルに出迎えられて瞳を見開く。
「……よく、わかりましたね」
「ええ、勘には自信がありますから」
ふふっ、と。ラヴィルは悪戯っぽい笑みを交えながら口を開く。
「本日はネムリヨクナールの追加でご来店です?」
「いえ。……ラヴィルさんのその顔は、もう知っている顔ですね。それも勘ですか?」
くすくすと小さく笑うフロリに、ラヴィルは少しだけ苦笑を混ぜて笑い返した。
「……さあ、どうでしょうね?」
テーブル上に転がる羊のぬいぐるみを見やった。けれども、すぐにフロリに向き直る。
ラヴィルの視線を追っていたフロリが、「そういえば」と思い出したように言葉をもらした。
「リリちゃんはどうしたんですか?」
店内をきょろりと遠慮がちに見渡し、最後にラヴィルへ窺うような視線を向ける。
「リリは少し体調が優れなく、奥で休んでいます。リリに何か?」
眼鏡の奥、ラヴィルの若草色の瞳が少しだけ警戒を滲ませる。が、それはすぐに霧散した。
「ただ、リリちゃんにお礼が言えればなと思っただけです」
「お礼?」
首を傾げたラヴィルに、フロリは少しだけ眼尻を下げて笑った。
「私自身、なぜそう思うのかはわからないんですけど、リリちゃんに『ありがとう』を伝えないといけないような気がして」
ラヴィルがそっとヒツジへ視線を向ける。その視線がどういうことかと問うていた。
だが、テーブル上に転がったまま、ヒツジは知らねぇよとさり気なく首を横に振る。
あの時リリは、夢だからと暗示をかけていたはずだ。
その暗示が弱かったのだろうか。あの時のリリは消耗していたから。
「――なので」
フロリの声に、ヒツジは意識をはっとさせた。
ラヴィルもヒツジに向けていた視線をフロリの方へ戻した。
「私からのありがとうを、リリちゃんが元気になったら伝えてもらえますか? 今はもう、ネムリヨクナールを服用しなくても、朝まで寝られてるんです」
ふわりとフロリが笑う。ラヴィルは若草色の瞳を見開いた。
「ですから、追加も今の私には必要ないです。またお世話になることもあるかもしれませんが、今日はそれを伝えにきたのもあるんです」
ぺこりとお辞儀するフロリに、ラヴィルは表情を和らげる。
彼女がどうしてリリにお礼を伝えようと思ったのか。
夢のことを覚えているのか、覚えていないのか。
それはわからないけれども、彼女は笑えている。
「――わかりました。元気になったら、リリに伝えておきますね」
その事実だけで、今はいい気がした。




