第8話:おゴロの過去、秘められた絆
タカナハラの村は、夕焼けに染まりながら静けさを取り戻していた。焚き火の煙がゆっくりと空へ昇り、村人たちは一日の疲れを癒すように食事を楽しんでいた。
広場の片隅では、おゴロが若者たちに槍の構え方を教えていた。重い槍を片手で振るう姿は、老いを感じさせない迫力があった。
「ほら、もっと腰を落とせ!槍は力だけじゃなく、体全体を使うんだ!」
若者たちは必死についていこうとしたが、その厳しい指導に汗を流していた。その様子を見ていた長髄彦が笑いながら近づいてきた。
「おゴロ、お前のやり方はいつも厳しいな。」
「これくらい厳しくしないと、実戦で役に立たんだろう。」
おゴロは真剣な顔で答えたが、その目にはどこか温かさが宿っていた。
その夜、おゴロは一人で酒を飲んでいた。彼の隣にはタケツナが座り、焚き火を見つめていた。
「父上、今日はずいぶんと若者たちを鍛えていましたね。」
おゴロは杯を揺らしながら息をついた。
「あいつらには、俺ができなかったことを成し遂げてもらいたいんだ。」
タケツナが首をかしげると、おゴロは静かに語り始めた。
おゴロがまだ若かった頃、彼は別の村に住んでいた。その村はタカナハラほど大きくはなかったが、平和で穏やかな暮らしが続いていた。彼には妻と小さな娘がいて、家族と共にささやかな幸せを築いていた。
だが、その平和はある日、突然終わりを告げた。近隣の村との領土争いが激化し、戦が勃発したのだ。
「俺は、あの時も家族を守れると思っていたんだ。」
おゴロは苦い表情を浮かべ、手元の杯をじっと見つめた。
戦いは熾烈を極め、多くの村人が命を落とした。おゴロも槍を握り、必死に戦ったが、彼が家に戻った時、そこには焼け落ちた家と、息絶えた家族が残されていた。
その後、おゴロは失意の中で放浪の日々を送った。そして、タカナハラの村にたどり着き、長髄彦と出会った。
「ナガちゃんがいなければ、俺はここまで生き延びられなかったかもしれない。」
おゴロの目には、過去を振り返る哀しみと、現在の村への感謝が滲んでいた。
おゴロがタケツナを引き取ったのは、それから数年後のことだった。タケツナはまだ赤ん坊で、母親を失い、村の隅で泣いているところを見つけられた。
長髄彦がタケツナを「自分には育てられない」と告げた時、おゴロはためらいながらも手を伸ばした。
「俺が育てる。……家族を失った俺が、また家族を持てるかもしれない。」
最初はただの同情だった。しかし、タケツナが成長し、頭の良さや誠実さを見せるにつれて、おゴロは彼を本当の息子として愛するようになった。
「父上、どうして僕をここまで育ててくれたんですか?」
タケツナの問いに、おゴロは笑いながら答えた。
「俺にはお前を見捨てる理由なんてなかった。それだけさ。」
だが、おゴロの心の奥底には、ある真実が隠されていた。タケツナが長髄彦の実の息子であることを、おゴロは知っていたのだ。
夜が更けると、おゴロは静かに焚き火を離れ、一人で村の外れへと歩いていった。星空の下、彼は小さな墓標の前に立ち、深く頭を下げた。
「俺はあの時、家族を守れなかった。でも今は、タカナハラの村を、そしてタケツナを守り抜いてみせる。」
彼の心に浮かぶのは、かつての家族と、今の家族ともいえる村の人々の顔だった。
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