第13話:おゴロの奮闘
冷たい朝霧がタカナハラの村を覆う中、村人たちは忙しなく防衛の準備を進めていた。兵士たちが槍を手入れし、柵を補強する音が辺りに響いている。見張り台に立つ長髄彦は、遠くの地平線をじっと見つめていた。
「来るぞ……。」
静かに呟いたその言葉を隣で聞いたシノノメが頷く。
「間違いありません。敵軍の数は1500以上。我々の5倍です。」
長髄彦は目を細め、厳しい表情で村を見下ろした。
「だが、数がすべてではない。お前たちの知恵と力を信じる。」
広場では、おゴロが若者たちを集め、訓練を続けていた。彼は大きな声で指示を飛ばしながら、戦闘の基本を叩き込んでいた。
「おい、もっと腰を落とせ!槍はただ振り回すもんじゃねえ、体全体を使え!」
その厳しい指導に汗を流す若者たち。その姿を見ていたタケツナが、不安げな表情を浮かべながら声をかけた。
「父上、これで本当に勝てるのでしょうか?」
おゴロは一瞬だけ真剣な顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべて答えた。
「勝つさ。お前が心配することはない。お前はお前の役割を果たせばいいんだ。」
その言葉に、タケツナは少しだけ安心したように見えたが、心の奥底にはまだ不安が残っていた。
朝が過ぎ、ついに敵軍が村の目前まで迫ってきた。その様子を見た兵士たちは恐怖で顔を青ざめた。
おゴロは槍を肩に担ぎ、前線へと向かう途中でタケツナに声をかけた。
「タケツナ、ここから先はお前の仕事だ。俺の背中を見て、しっかり学べ。」
タケツナは何か言おうとしたが、その背中に託された覚悟を感じ、口を閉ざした。
戦いが始まると、おゴロは先陣を切って敵陣に突っ込んだ。その姿は、まるで鬼神のように見えた。槍を振り回し、一人、また一人と敵を倒していくおゴロ。その背中を見た村の兵士たちは、再び士気を取り戻し、必死に戦い始めた。
「負けるな!俺たちは村を守るんだ!」
おゴロの声が戦場に響き渡る。
だが、敵の数は圧倒的だった。防衛の柵が次々と崩れ、村の内部まで侵入され始めた。
その時、おゴロが敵の大将格と対峙した。屈強な体格の男が大剣を構え、鋭い目でおゴロを睨みつける。
「これ以上、俺たちの村を荒らさせるわけにはいかねえ!」
おゴロは槍を構え、渾身の力で敵将に立ち向かった。
激しい応酬が続く中、ついにおゴロが相手を追い詰めた。その瞬間、背後から放たれた矢が彼の胸を貫いた。
おゴロは膝をつき、槍を地面に突き立てて体を支えた。その姿を遠くから見ていたタケツナは、全身が凍りついたような感覚に襲われた。
「父上!」
叫びながら駆け寄ろうとするタケツナを、シノノメが引き止めた。
「タケツナ、今行っても無駄だ。」
おゴロは力尽きる寸前、タケツナの方を振り返り、かすかな声で言葉を紡いだ。
「お前なら……やれる。村を守れ……。」
その言葉とともに、おゴロは地面に崩れ落ちた。
タケツナは震えながら、その場に立ち尽くしていた。その時、シノノメが静かに近づき、彼の肩に手を置いた。
「タケツナ、おゴロの想いを無駄にするな。」
タケツナの中で何かが弾けた。彼の瞳には、怒りと悲しみ、そして覚悟が入り混じった光が宿っていた。
その夜、長髄彦はタケツナを呼び出し、静かに語り始めた。
「タケツナ、お前に話しておかなければならないことがある。」
タケツナは困惑しながら答えた。
「何でしょうか?」
長髄彦は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、やがて覚悟を決めて話を続けた。
「お前は……俺の息子だ。」
その言葉に、タケツナは目を見開いた。
「俺が!?そんな……父上はおゴロでは……。」
長髄彦は苦笑いを浮かべた。
「おゴロは、お前を実の息子のように育ててくれた。だが、お前の本当の父は俺だ。それを知った上で、お前はどうする?」
タケツナは一瞬言葉を失ったが、やがて強い決意を込めて答えた。
「父上も長チャンも、俺の大切な家族です。俺は、村を守ります。」
その言葉に、長髄彦は満足げに頷いた。
翌朝、タケツナは全軍を集め、指揮を執り始めた。その姿には、昨日までの彼とは違う威厳が宿っていた。