第10話:村の歓喜と新たな影
タカナハラの村は朝の光に包まれ、いつもと変わらぬ賑やかさを見せていた。しかし、長髄彦は、昨日の夜の噂話に耳を傾け、微笑みを浮かべていた。
長髄彦は、村の中央広場で槍の手入れをしているタケツナを見つけ、わざと大きな声で呼びかけた。
「おいタケツナ、お前、昨夜はずいぶん忙しかったらしいじゃないか!」
その言葉にタケツナは顔を赤くし、槍を落としそうになった。
「な、何の話ですか……。」
長髄彦は大笑いしながら彼の肩を叩いた。
「お前、二人の女性を相手にするなんて、甲斐性があるな!俺なんか、若い頃にそんな勇気はなかったぞ。」
タケツナはますます顔を赤くしながら俯いたが、周りの村人たちはそのやり取りを聞いて大笑いした。
そこにシノノメが近づき、真剣な表情で口を開いた。
「タケツナ、ふざけている場合ではないぞ。二人の女性に同時に関係を持つなど、混乱を招くことになる。」
長髄彦は肩をすくめながら反論した。
「混乱?それも村の活力になるじゃないか。ほら、みんな楽しそうだろう?」
シノノメは呆れたようにため息をつき、続けた。
「それは一時の笑いだ。だが、二人の女性が争い始めれば、村全体に波及する可能性もある。」
タケツナは困惑しながらシノノメを見つめた。彼も内心では、どちらか一人を選ぶべきだと思っていた。
そこにおゴロが現れ、豪快に笑いながら口を挟んだ。
「タケツナ、お前が好きなように決めればいいさ。二人を娶るのもいいし、一人に絞るのもいい。それが村の未来に繋がるなら、俺は何も文句は言わん。」
その言葉にタケツナは驚き、そして少しだけ安心した表情を浮かべた。彼は自分の気持ちに素直になり、答えを見つける決意を固めた。
タカナハラから遠く離れた山間部では、イワレビコ率いる東征軍が次の進軍に向けた準備を進めていた。広大な野営地では、兵士たちが武器を整え、指揮官たちは幕営に集まって作戦会議を開いていた。
長兄のイツセは地図を広げ、冷静な口調で説明を始めた。
「次の目標はタカナハラの村だ。奴らの防御は堅いと聞くが、我々の軍勢で押せば突破できる。」
次兄のアツヒコが頷きながら口を挟む。
「だが、無謀な突撃は避けるべきだ。周囲の地形を利用してじわじわと追い詰める戦略も考えるべきだ。」
三兄のミワヒコがさらに口を開いた。
「アツヒコの意見に賛成だ。無駄な損耗は避けたい。長期戦になるとしても、勝利を確実にするべきだ。」
イワレビコは彼らの議論を静かに聞いていた。表向きは敬意を込めて頷きながらも、内心では別のことを考えていた。
(兄たちの言葉はもっともだ。しかし、戦は結果を出した者が評価される。俺が手柄を立てなければ、四男のままでは埋もれてしまうだけだ。)
イツセがイワレビコに目を向けた。
「イワレビコ、お前の意見も聞かせてくれ。」
イワレビコは穏やかな笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「兄上方のお考えに従います。私にできることがあれば、何なりとお申し付けください。」
その言葉に、イツセは満足そうに頷いた。
「さすがだな。お前のように素直で従順な弟を持てて、私は誇らしい。」
アツヒコとミワヒコもその言葉に同意し、イワレビコの忠誠心を称賛した。だが、彼らの中で唯一、イワレビコの本心を疑っている者はいなかった。
夜になると、イワレビコは一人、幕営の端に座り込んで剣を磨いていた。その顔には穏やかな笑みは消え、代わりに冷酷な光が宿っていた。
(兄たちは油断している。だが、俺がこの戦で最も大きな手柄を立てれば、誰も俺を無視できなくなるだろう。)
彼は静かに剣を見つめながら、心の中で計画を練っていた。
その夜、イワレビコの陣営では別の緊張が走っていた。幕営の一角で、一部の兵士たちが小声で話し合っていた。
「イワレビコ様は、やはり何か企んでいるのではないか?」
「そうだとしても、彼の指揮能力は優れている。従っておいた方が得だろう。」
彼らの会話はすぐにかき消されたが、その場には薄暗い野心の影が漂っていた。
翌朝、イワレビコは兄たちと共に戦略の最終確認を行っていた。彼は相変わらず従順な態度を崩さず、兄たちの指示に従っているように見えた。
しかし、心の中ではこう呟いていた。
(俺は兄たちの後塵を拝するつもりはない。この戦で、俺こそが未来の大王だと証明してみせる。)
その目に宿る鋭い光は、まだ誰にも気づかれていなかった。
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