knight
川口秀樹が席に戻り仕事の書類を見ていると、後ろから小さな声で「ありがとう。川口君。」と内山先輩の声がした。
振り返ると、もう自分の席に着いている。
秀樹は「いいえ。」と思いながら軽く会釈した。
「knightやったな。」
「そうか?」
「いつもと大違いや。」
「そうか?」
「いつも揶揄ってるだけやんか。」
「そんな………。」
「ことあるやろ。」
「………そ……ええわ。」
そう話しながら手は動いている。
「俺も、頑張るわ。」
「?」
「俺も守りたいと思う。女の子……。
主任は隣の課やから、この声は聞こえへん。
主任の課の女性は、二人とも50代や。
そっちでは、何もしてへんやろ。
娘もおるのに、会社でこんなことしてるって……。」
「山本さんは気ぃ付いてたんですか?」
「女の子が嫌がってるって知らなんだわ。
教えてくれて、ありがとう。
主任を見る眼が変わったわ。」
「僕も最初は、けったいやと思いましたけど……。
皆、『主任やからセクハラにならんなぁ。』って言いはるから……。」
「うん、俺もそう聞いたし、そう思ってたんや。」
「変わらなあきまへんね。」
「せや。変わらなアカン。
………浩ちゃんを俺が守っても許せよ。」
「何、言うてはるんですか?」
「何って……知ってるって………。」
「……なんのことか、僕にはさっぱり……。」
「まぁ、頑張れや。本社への転勤までに!」
「………………。」
内山厚子は夫に電話した。
公衆電話は2ヶ所に置かれている。
就業時間前に電話をした。
夫が今努めている支社の代表電話番号をダイヤルした。
所属と名前を告げると電話交換から夫の係に繋がった。
「いつもお世話になっております。
内山正夫の家内でございます。
主人はおりますでしょうか?」
「今現場に……。あ! 帰って来ました。
代わりますね。」
「ありがとうございます。」
「なんや?」
「あ……あの事やねんけどね。」
「あの事……。」
「ほら、川口君にお願いした件。」
「あぁ………。ほんで?」
「今日、川口君と浩ちゃんと私ら夫婦で、も一回作戦会議せえへん?」
「今日はアカン。残業になる。」
「何かあったん?」
「クレーム処理中や。」
「そやの……。」
「二人に会議してもろうたら?」
「せやね!」
「ほな、忙しいから切るぞ。」
「うん。気ぃつけて。」
「分かった。ほなな。」
「うん。ほな。」
内山厚子は川口秀樹に声を掛けた。
「対策を練るつもりやったんやけど、主人が忙しゅうて……。
二人でしてくれへん?」
「二人って?」
「浩ちゃんと二人! ほな、お願いします。」
「分かりました。」
⦅いやいや、先輩に言われるより先に約束してしもうてる。⦆
作戦会議は続くのだった。