声
いつもの変わりない日々で、給湯室が急に怖くなった。
主任の行動は痴漢行為だと知らなかった。
知ってからは怖くなった。
給湯室で下げたお茶碗を洗っていると、後ろから急に抱き上げられた。
⦅怖い! 嫌や! 声出さんと……。
声、出えへん。早よ、声………。⦆
恐怖と嫌悪が沸き上がって来るのに、声が出なかった。
「離してあげてください。」
「なんや!」
「離してあげてください。
お茶碗、洗えへんようですから……。」
「ちゃわん?」
「下ろしてください。早よ、洗いたいんです。」
「そうか……。」
止められて不満だったのか、渋々主任は抱き上げていた私を下ろしてくれた。
お尻に感覚が残った。
⦅なんか、今まで気ぃつかへんかったけど……。
ただ抱き上げてるだけと…ちゃうわ……気持ち悪い。⦆
「大丈夫か?」
「あ……ありがとう。」
「いつも、行き成りやねんな。」
「うん。」
「ホンマに大丈夫なんか?」
「ごめん……ありがとう。」
「今まで嫌やったんやな。やっぱり………。」
「あ! なんで?」
「この話は後にしよ。仕事中やし、な。」
「うん。分かった。」
「今日、仕事終わったら話そ。」
「うん。ホンマにありがとう。川口君。」
「特別なことしてへんし……。」
そう言って川口君は給湯室を出て席に着き仕事を始めた。
お茶碗を洗いながら思った。
⦅声……出えへんかった。
「きゃぁ―――っ!」って声、出すつもりやったのに……。
また、あったら…今度こそ声、出さなアカン。
今日は川口君に助けてもろうたけど……
次は助けて貰われへんかもしれんさかい……。
声、出さなアカン。⦆