親族
弟の結婚式が終わり、家は寂しくなった。
弟の賑やかな声が聞こえなくて急に蠟燭の灯が一つ消えたようだった。
静か過ぎて寂しさが募ってしまう。
父が結婚式から帰った日の夜遅く、呟いた一言が耳から離れない。
「もう幸一郎は……家庭を持ったんやなぁ……。」
「……はい。」
両親の会話は、それだけで終わった。
会社では仕事は順調で、それは木村さんのお陰だった。
仕事が滞ることなく毎日が過ぎている。
会社の窓から外を見ると、季節の移ろいを感じた。
前は窓から外を見るような余裕もなかった。
本当に有難いと思う。
あのままだったら、いつか身体を壊したかもしれない。
そして、電話が架かって来た。
「山田さん、お電話です。」
「私に?」
「はい。」
「どちらさん?」
「川口さんのご親族の方だそうです。」
「えっ?」⦅なんで? どないしたら………。兎に角、電話に出なアカン。⦆
「ありがとう。代わるわ。」⦅落ち着いて! 深呼吸してから!⦆
「……大変お待たせ致しました。 山田浩子でございます。」
「貴女? うちの秀樹と婚約したとかいう……。」
「…はい! 山田浩子でございます。」
「そう、貴女なんやね。ホンマに働いてはるんやね。」
「はい。……申し訳ございませんが、就業時間内でございますので……
お話を伺わせて頂きたいと存じます。」
「偉そうに!」
「お願い致します。」
「貴女、川口の嫁に相応しいかどうかを私たち親族が見極めます。
今から言う所、時間に来なさい。」
「秀樹さんはご存じなのですか?」⦅秀樹さん、って言うてもた。⦆
「秀樹よりも親族は川口家の家訓など詳しいのやよって、何も言わんと!
必ず、来なさい! ええですね。」
「はい。承知致しました。」⦅どないしよ……。⦆
ガチャと電話は一方的に切られた。
呆然としてしまったので、木村さんが気にしてくれた。
「山田さん、どないしはったんですか?」
「あ……あ……大丈夫やから、気にせんといてね。」
木村さんに気にしないように言い、急いで公衆電話まで走った。
ダイヤルを回そうとした時に気が付いてしまった。
⦅覚えてない! 電話番号! 本社の……係の……電話番号……。⦆
覚えているのは家の電話だった。
母に、母に相談するしかなかった。
10円玉を入れダイヤルを回す。
いつも普通に出来ていることなのに、指が震えた。
⦅お母さん、居て! お願い! お母さん!⦆
「もしもし。」
「お母さん!」
「浩子、どないしたん? 仕事中やろ。」
「お母さん、川口の親族の方から電話があってん。」
「えっ? 会社やな。」
「うん。」
「ほんで、なんて言いはったんや?」
「日時と場所を指定されて来るようにって……。」
「なんでなん?」
「川口家に相応しい嫁かどうかを見極めるって……。」
「川口さんに電話したん?」
「電話番号、覚えてないねん。」
「浩子、お母ちゃんには分からへんわ。」
「お母さん。」
「これは、川口のお母様に聞いた方がええわ。」
「川口のお母様に?」
「そうや、長い年数様々な経験をなさっておいでやからね。
お母様やったら、どないな服を着て行ったらええか、とか……
教えて頂けると思うんやわ。」
「川口のお母様……教えて下さるやろか……?」
「それは、大丈夫やと思うわ。
せやかて、お衣装のアドバイスして下さったお母様やもん。」
「電話番号、分からへんねん。」
「うち、教えて貰うたさかい分かるわ。待っててね。」
「うん。ありがとう。お願い。」
「………あ!…あったあった。これやわ。
浩子、今から電話番号言うさかい。メモ取りなはれ。」
「お母さん、ちょっと待って、メモ用紙取って来てから、も一遍電話する。」
「分かったわ。待ってるさかい。こけへんようにな。」
「はい。」
一度、電話を切ってから家に電話を架けると、母は直ぐに出てくれて電話番号を教えてくれた。
初めて川口のお母様に電話をする。
凄く緊張したが、それしか出来なかった。
「川口でございます。」
「お久し振りでございます。山田浩子でございます。」
「やまだ……。」
「お願いです。電話を切らないでください。
どうか助けてください。お願い致します。
私にはお母様しか頼れません。」
「……何があったのですか?」
「先ほど会社に川口家の親族の方からお電話を頂戴いたしました。
日時と場所を指定されて、川口家の嫁として相応しいかどうかを見極めると。
そう仰いました。
お母様に挙式の衣装についてのアドバイスを頂戴しました。
その節は本当にありがとうございました。
川口家の親族とのお付き合いにつきまして、お母様にお伺いするのが……
一番、確かだと思いました。
それで、不躾ではございますが……お電話をさせて頂きました。」
「……うちには……もう……。」
「どうか、お願い致します。助けて下さい。」
「……今、どこに居てはるの?」
「会社です。」
「会社! 会社に電話が……。」
「はい。」
「今日、うちに来てください。お衣装などもお伝え出来ますよって……。」
「宜しいんですか?」
「手を尽くしましょ。それでも、アカンかもしれへんけど……。」
「はい! どうか宜しくお願い致します。」
「……浩子さん、このこと秀樹は知ってるんですか?」
「いいえ、本社の電話番号が分からへんのです。
そやから、電話架けられてません。」
「まだ、あの子、知らへんのやね。」
「はい。」
「うちから伝えときます。主人に電話して、主人から秀樹に……。」
「ありがとうございます。」
「うちの家の住所は………。」
電話を切って、ふと思った。
⦅あれっ? お母様、大阪弁やった。
前は標準語やったよね。なんで?
……兎に角、お母様に相談して良かった。
お母さん、ありがとう。⦆
家に電話して帰りに川口のお母様のお宅に伺うことを伝えた。
母は「やっぱり、悪いお人やないわ。良かったね、浩子。」と言った。
帰りに向かった川口のお母様のご自宅。
着いて驚いた。
あの邸宅の奥様が、どう見ても安いアパート……いいや、アパートよりも文化住宅?と思える家だった。
その二階にお母様の家があった。
「いらっしゃい。どうぞ中に……。」
「お邪魔させて頂きます。
今日は本当にありがとうございます。
あの、お口汚しでございますが……どうか……。」
「あ……ありがとうございます。
お気遣い痛み入ります。
……あの……先日は……申し訳ございませんでした。」
「いいえ、そのことは……もう……。」
「主人も、秀樹ももうすぐ来ますので、暫くお待ちくださいませ。」
「はい。」
会話は出来なかった。
緊張しているからだ。
それはお母様も同じなのだと感じた。
どのくらい待ったのだろう。
車の音がしてから、階段を上がる足音がした。
チャイムが鳴り、お母様が出られると……そこに川口のお父様とひーくんが居た。
「お母さん、ありがとう。ロコは?」
「もう着いてはるわ。」
部屋に入って来て私を見たひーくんはご両親のことなど眼中にないと言わんばかりに私を抱きしめた。
「あの……ひーくん。」⦅お父様も、お母様もいらっしゃるのに……。⦆
「ごめん。ごめん。ロコ……。」⦅どの口が守るって! クソっ!⦆
「持ってきたよ。君が言うていた着物。」
「草履も? 帯どめなども?」
「見て貰うたさかい問題ない……と思うよ。確認して。」
「良かった。あるわ。全て。………お道具は?」
「それは、こっちや。」
「おおきに。」
抱きしめて身体を離そうととしないままの息子を無視して、お母様は私に話した。
「浩子さん、貴女、お茶を習ったことありますか?」
「いいえ。ありません。」
「そうですか。今から最低限のお茶の作法を学んで貰います。
川口家の嫁の必須条件が、茶道、華道、そして着付けです。
この3つは最低限で、他にも琴、香りも楽しまねばなりません。
……私は……何も出来ないまま嫁ぎ、出来ないことを常に指摘されて……
出て行くように言われ続けました。
浩子さん、まず最初の関門です。」
「はい。」
「お茶を嗜むかどうかを試されます。」
「はい。」
「私の時と同じなら……。成功してはるから、同じことをやりはると思います。」
「お母様……。」
「今からお茶の最低限のお作法を覚えて帰って下さい。」
「はい。」
お茶の作法をお母様はゆっくり丁寧に教えて下さった。
終わった後に、お疲れが見えた。
そのまま、お着物を渡された。
「これは、お義母様がお作りになったので、問題ないと思います。
これは、若い頃に副社長夫人として会社の式典に出るために……
そのためにお義母様が……川口家の恥にならないように!
……親族だけの集まりには恥をかかせて、外部の時は恥をかかないように
……………う…………うっ………。」
お母様が精神的に不安定なご様子で、急に涙を止められなくなっていらっしゃるということだった。
お母様のお背中を優しく撫でておいでだったお父様。
そのお顔は辛さを隠せないままだった。
お母様のご自宅を辞する時、お父様はお母様のお傍を離れたくなかったご様子だったが、お母様が「帰って下さい。」と何度も仰って……お父様は寂し気に、そして一人にしたくないお気持ちを隠せないまま車に乗られた。
「後悔先に立たずや。
秀樹は私のような夫になったらアカン。絶対に……。」
「はい。」
「浩子さん、当日は私も行くから。勿論、秀樹も行くよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「家まで私も一緒やけど、秀樹、許せよ。
二人っきりが、ええねんやろなぁ……。」
「お父さん!」
「今日は、このことをお話せなアカンからな。」
「はい、ありがとうございます。」
「浩子ちゃんは可愛いなぁ……。」
家に着き、両親にはお父様から話してくださった。
お母様に両親は感謝したが、それと同時に「格が違いすぎるのはアカンかったんやないか!」と思わせてしまった。
両親に心配かけたまま嫁ぐことを申し訳なく思った。




