花嫁衣裳
10月10日、弟の挙式まで時間が無くなっている。
その間、私は自分の結婚準備に忙しくしていた。
挙式・披露宴で着る花嫁衣裳を決めなければならなかった。
あれから、川口のお母様のことは少し聞いた。
「離婚して欲しい。」と泣きながら懇願なさったそうだ。
川口のお父様は承諾できなかったと聞いた。
今はお母様は家を出たと聞いた。
それほど辛いだけの想い出しかなかったのだろうか………そう思うと、あの家はお母様にとって監獄だったと思う。
これから、川口のご両親はどうなるのだろう。
今日は衣装を決める日。
川口のお父様はいらっしゃる。お母様は……。
お母様はどう暮らしておられるのだろうか。
今日はお父様からお母様のことを教えて頂くつもりだ。
教えて頂いても何もできない私なのに……。
「こちらでございます。
お気に留められたお衣装がございましたらお申し付けくださいませ。」
「浩子ちゃん、ホンマにええの?」
「何がですか?」
「貸衣装やけど……それで、ええの?」
「私が払えるお金を考えたら、貸衣装でも勿体ないくらいです。」
「そこは、私に出させて欲しい。もっと頼って貰いたいなぁ……。」
「お気を掛けて頂き感謝申し上げます。
お気持ちだけ受け取らせてください。
私どもは浩子の気持ちを大切にしたいのです。」
「浩子さんのお父さん、もう堅苦しい言葉は止めませんか?
それから、これは……こちらの都合なのですが………。
ある程度のお衣装でないと、その……変な言いがかりを付けられると
浩子さんが困る、と妻が申しておりまして……。
妻の経験だそうです。
それで、妻が決めた店で作って欲しいのです。
私の母が、その店で花嫁衣裳を作りました。
洋装も作れますので……。
出来ましたら、妻の思いを受け取って下さい。」
「払えません。私どもでは……。」
「こちらの無理なお願いですから、勿論、私が支払います。
浩子ちゃん、お金のことは気にせんといてぇや。
あの……妻も気にしてるんや。
自分がされた嫌なこと、嫌な言葉を……悪かったって……。
それにな。妻が結婚式の衣装まで言われてたと知ったんや。
妻の衣装は、母が決めた衣装やったんやけどな……貸衣装やってん。
はぁ……我が母やけど、いけずや。それに厄介な親族や。
その親族に何も言わせへんようにするために頼むわ。浩子ちゃん。」
「……ロコ、悪い。ホンマに……。
言われたら言い返したる!そない思うてたんや。
けど、母がな。言うたんや。
秀樹の前では何も言わん!と……僕が居ない時に言われたことを指摘しても
言った言わなかった、の繰り返しで埒がアカンと……。
そやったら、何も言われへんようにしたらエエのやと。
これは、母の言うとおりにした方がええと思ったんや。
嫌やと思うけど、花嫁衣裳、作って欲しい。」
「そんな訳やったら、そないさせて貰うたら、どない? 浩子。
ねぇ、お父ちゃん。」
「そやな……分不相応やけどな。はぁ………そないな家に嫁ぐんやな。」
「お父さん、必ず守ります。必ず……。」
「頼みます。川口君。」
「はい。」
「どないする? 浩子。」
「……お母様が仰るようにします。」
「そうか! おおきに。……安堵するやろな。」
「あの、お父様。お母様は……お元気でしょうか?」
「浩子ちゃんは優しいなぁ……。
元気にしてるよ。と、言いたいところやねんけど……
あまり、な。」
「そうですか?」
「精神的な病気やった。今は治療してる。
私は妻が住んでいる家に今は住んでるんや。
狭い家で、けど……あれが……妻が安心出来るんやったら……
ええ家や。
挙式の日は参列出来へん。申し訳ない。」
「来て欲しいですけれど、お母様のお心とお身体が一番ですから!」
「……ありがとう。あんなこと言うたのに……。」
「これから先、お二人にとって楽しい日々でありますように……。
もう川口家の嫁と言われるんは浩子になるのやから……。
奥様は楽になって頂きたいです。」
「浩子ちゃんのお母さん……ありがとうございます。」
「ほな、浩子、行かせて貰いましょ。
お母様がお決めになったお店に……。」
「行こ。浩子。」
「お父さん、お母さん……見てね。」
「それが嫁がせる親の楽しみや。」
「では、行きましょう。……お父さん、行こか。」
「うん。行こ。」
お母様が「店」と言ったのは、三越百貨店だった。
大阪の老舗の百貨店。
「三越ですか……。」
「はい。」
「日本初の百貨店ですよね。」
「そうですね。うちは代々三越で呉服も洋装も全て作っています。」
「はぁ……浩子。やっぱり無理や。
うちとは格が違いすぎる。」
「お父さん、どうか、浩子さんと結婚させてください。
全て必ず乗り越えます。
僕は浩子さんしか考えられません。
挙式披露宴は僕の親の顔を立てて貰って申し訳ないです。
でも、新居はもう申請しましたので……。」
「秀樹、新居ってどこなんや。」
「社宅。もう人事に申請したんや。」
「そうか! それは良かった。家を出たらしっかりな。」
「はい。……お父さん、お母さん、僕は同じですよ。
幸一郎君と変わらへんのです。」
「社宅でええんですか? 浩子やなかったら……。」
「ええんです。僕は家を出る気でした。前から……。
漠然といつか結婚したら社宅に!と思っていました。
結婚相手が浩子さんやから、やないです。」
「お父さん、お母さん、担当の者が待ってくれてますさかい。
行きましょ。」
川口のお父様の視線の先に三越百貨店の外商部の人が居た。
その人に誘導されて特別な部屋に入った。
そこに呉服の担当者が花嫁衣裳のための反物を並べていた。
どれも綺麗だった。
姿見を通して、身体に反物を掛けた自分を見た。
何を選べばよいのか分からなかった。
その時に、川口のお父様が「妻が言っていたんだが、私の母の花嫁衣裳に近い物を依頼しておいたと……それは、どちらに?」と言った。
担当者は「こちらでございます。」と純白の反物を差し出した。
純白で鶴が見事な反物だ。
担当者は「この反物で白無垢をお仕立てになる場合に併せてお仕立ていただく物も用意しております。」と全て出して見せた。
お父様は「これらも、母の花嫁衣装に近いのですか?」と聞くと、担当者は「奥様から頂いたお写真やお仕立て頂いた当時の当店からお渡しした様々な書類もご提示いただきましたので、間違いはないかと存じます。」と答えた。
私を見てお父様は仰った。
「妻が出来る贖罪なんだよ。
出来れば、妻が頼んだものにして貰えば……
たぶん、親族の嫌味もかわせると思うんだが……。
どうだろうか?」
「浩子、お父様のお言葉の通りにさせて貰うたら、どない?」
「僕もそれが、ええと思うわ。」
「うん。私もそない思う。
……お父様、私、お母様が選んでくださったお衣装にします。」
「そうか……ありがとう。
ほなら、3月20日に間に合うように頼みます。」
「はい。承知いたしました。」
採寸をして、花嫁衣装が決まった。
白無垢綿帽子に……。
すると、次の方からウエディングドレスを並べた部屋に案内された。
「披露宴でお召しになるウエディングドレスの候補でございます。」と説明を受けた。
「これと同じドレスをお仕立て出来ますし、このドレスを元に変えられてもお仕立て出来ます。また、新婦様がお心惹かれたデザインがなかった場合でも、ご要望にお応えいたします。」と……。
次から次へとドレスを着て行くと、疲れてしまって考える力も無くなった。
周囲を見れば、川口のお父様は私の写真を撮り続け、父も写真を撮り続けていた。
何を着ても「綺麗や。」としか言わない川口君。もとい……ひーくん。
最後には「あの……どれでも、ええです。」と言ってしまった。
その私の顔色などを見たひーくんが決めたウエディングドレスにした。
疲れ切って帰宅の途に就いた。
⦅花嫁衣裳を決めるだけで、こんなにしんどいやなんて……
まだ、決めることあるんや。
大変やなぁ……結婚するって……。⦆
そう感じた一日だった。
大阪北浜の三越百貨店は、2005年5月5日閉店したそうです。白木屋撤退後、船場地区最後の百貨店でした。(Wikipediaより抜粋して転載)




