昼食の場
来客のための食事室と聞いた部屋での昼食は、まるでフランス料理のレストランで出る料理だった。
格の違いを浩子はヒシヒシと感じていた。
感じながらも「格が低い家の出である秀樹の母」にとって、この家は何だったのだろうかと思っている。
私も同じ思いをするのだろう、とも思っている。
それでも、秀樹との結婚を諦めきれなかったのは、たぶん、秀樹の母の心の叫びのような話を聞いたからかもしれない。
単純だろうけれども秀樹の母とは分かり合えるかもしれないと思っているのだ。
秀樹は昼食後の飲み物を飲みだした時、母について話を始めた。
「今日は母を顔合わせに同席させるか悩みました。
悩んだ末に、同席させました。
結婚する以上は会って貰いたいと思いましたので……。
僕の判断です。
……今から僕の母のことをお伝えします。」
「お願いします。私たちも娘を嫁がせるにあたり知りたいことです。」
「はい。お話します。
実は、母が祖父母に虐められていたことを誰も知りませんでした。
祖父母も親族も皆、父や息子たちが居ない場所で虐め続けていたのです。
母は父にも話さなかった。
父は仕事が忙しくて……そんな父のことを思ってか……話さなかったんです。
色々、ありましたから……
オイルショックとか………。」
「そうですね。経済は良い時と悪い時の繰り返しですから……。」
「社員を抱えていると、その社員の家族まで抱えますから……。
母はずっと話したらアカンと思っていたようです。
その箍が外れたようになったのは、僕の結婚の話でした。
浩子さんのことを話した途端でした。
日頃は穏やかな母の顔が変わりました。
それからは、許さない一辺倒でした。
話も今日、皆様に聞いて頂いた内容です。
苦しかったんだと思います。
幾ら、自分が苦しかったと言え浩子さんや幸一郎君を馬鹿にする発言は…
許せません。
申し訳ございませんでした。」
「よぉく分かりました。
私も同居の嫁の立場でございましたから、分からへんわけやないんです。
けど、浩子の母としては顔合わせの席に同席させるって、どないなんですか!
他に方法はあらへんかったんですか?」
「お母さん……。」
「浩子は黙ってて。これは母として嫌やからや。」
「申し訳ありません。
早く会っておいた方がええと思いました。」
「それが、これですやろ……。」
「はい。」
「浩子は24歳や。嫁いだらアカンと親が口出されへん。
そやろ。お母ちゃん。」
「けど……不安やわ。」
「そやな。そやから、川口君には今まで以上の覚悟を持って欲しいんや。」
「はい!」
「お父様は、どない言わはったんや。
お母様が同席すること……。」
「反対しておりました。」
「そやろな……。」
「済みません。僕が父を説得したんです。」
「ほんで、同席するって決まってから、お父様はなんて言わはった?」
「母が言いすぎたら止めると……。」
「まぁ、そやろな……。
けど、全て分かったさかい。良かったと僕は思うで。」
「お父ちゃん!」
「そやかて、なぁ~んも分からんまま、知らんまま嫁いどったら……
どないなると思う? 多分、離婚やな。」
「りこ……そんなことには至らないように全力で守ります。」
「そのためにも知って良かったんや。お母様の気持ちをな。」
「お父ちゃん……。」
「浩子は苦労すると思うで。けど、それを分かった上でも行きたいと言いよった。
もう、しゃーないわ。そやろ。
お母様の気持ち、僕は知れて良かったと思うわ。
後は夫であるお父様次第やな。そやろ。なぁ、お母ちゃん。」
「そやね……。お父ちゃんは、やっぱりお父ちゃんやね。」
「なんやそれっ? お父ちゃんやんか前からずっと……。」
「うふふ……。」
「なんか、ええなぁ……。ええ夫婦ですね。」
「ホンマや。ええなぁ……。兄貴! あんな夫婦を目指して!」
「うん。目指すわ。」
「その為にも、親族から守り切らなアカンで!」
「分かってるさかい。」
「なんか……父さんが目立ってるんやけど……俺も居ますから!」
「そうや。幸一郎君の婚約者さんと会うのは初めてやね。」
「初めまして、愛子と申します。」
「可愛いなぁ……幾つですか?」
「おい! 兄より先に聞くなよ。……幾つ?」
「22歳です。幸ちゃんとは同い年です。」
「ほな、秀兄ちゃんたちと同じやね。秀兄ちゃんと浩子義姉ちゃんは同じ年!」
「そうですね。」
「そやから! なんで僕より先に……。」
「ええやん。もう義兄弟やもん。」
「済みません。うちの一番下は人懐っこいというか……。
直ぐに仲良うなりたがるんですわ。
幸一郎さん、愛子さん、兄のことよろしくお願いしますね。」
「はい!」
「まだ、学生さんやの?」
「一番下は高校生です。」
「学生服やもんね。可愛いわぁ……幸一郎もあんな時あったんやねぇ……。」
「あったんやねぇ……って、母さん!」
「二番目の方は何歳ですか?」
「僕は大学を卒業して働いて二年目の23歳です。
弟と年が少し離れていますが、実は間にもう一人生まれるバズだったんです。
母は流産して……それで、弟と少し年が離れています。」
「まぁ……お辛い思いをなさったんやねぇ。お母様は……。
お母様にとって、このお家は大きな監獄やったかもしれんね。」
「お母さん! そんなこと……。」
「いいよ。僕らもそない思うてるさかい。」
「……………。」
「そんな泣き出しそうな顔せんといてぇや。
ホンマの事やし、気が付かへんかった僕のせいでもある。」
「それを言うたら、僕にも責任がある。」
「僕も!」
「ええ子に育てはったんやね。お母様……。」
「そやな。そない思うわ。僕も……。」
「ありがとうございます。」
三兄弟が立ち上がって頭を下げた。
その姿を見て、父も母も「まぁ、辛うなったら帰ってきたら、ええから……浩子。」と言うと、秀樹は慌てて「そのようなことが無いように努力いたします。」と頭を下げた。
その後は、主に挙式を控えている幸一郎の挙式の話で盛り上がった。
秀樹の末弟・学は「僕も行きたい!」と我儘を言って周囲を困らせた。
その時の少し拗ねたような顔が愛らしくて、まだ16歳だと山田家の人達は思った。
「行きたいのに……そやかて、お義兄ちゃんやねんで、僕の……。」
「お義兄ちゃん! 甘美な響きやぁ~~っ。
学君、もっと呼んで!」
「うん。お義兄ちゃん!」
「ああ―――っ! 可愛すぎるやろ! 二次会やったら、どない?」
「アカン! 高校生やねんから二次会はアカン!」
「そうですか……。」
「ええ―――っ! 秀兄ちゃんのいけず!」
「学、ええ加減にせえよ。」
「兄ちゃんまで……。」
「10月10日が楽しみですね。
僕も結婚したくなりました。」
「相手おるんか?」
「まぁ……大学から付き合ってる子。」
「あぁ……あの子。」
「何々? 僕、知らへん。兄ちゃん!」
「結婚するって決めたら会わせたる。」
「ホンマ? 早よ、決めてや。……嬉しいなぁ。お義姉ちゃんが二人になる。」
「学はお姉ちゃんに憧れてたんやったな。」
「そうやの?」
「うん。そやから、嬉しいねん。」
「私でごめんね。」
「そんなこと言わんといて! 僕、浩子お義姉ちゃん好きや!」
「ありがとう。」
山田の父と母には末弟の学が愛らしく感じたが、幼すぎるとも感じていた。
甘えられる場所が少なくて、甘えられるときに甘えているのではないかと勘繰った。
賑やかな楽しい雰囲気の中、顔合わせが終わったことを秀樹は安堵していた。
そして、誰からも浩子を守り通すと改めて誓った。
いけず……いじわるの意味の大阪弁、京都弁。




