初デート
国鉄の大阪駅にある中央コンコースは、待ち合わせの場所に使われている。
駅舎の1階で噴水がある。
その噴水の周囲に待ち人を待つ人たちで一杯なのだ。
10時の10分前に中央コンコースに着き、周囲を回った。
回っている時に声を掛けられた。
「山田さん! どこへ行くの。」
「あっ! 川口君。」
「待ってたら、目の前を通り過ぎるんやもん。」
「えっ? そやったん?」
「うん。そやった。」
「あれっ? よお見たつもりやったんやけど……。」
「うっかりしたんやなぁ……。」
「そんな…水戸黄門の誰やったけ?」
「水戸黄門! 見てるん?」
「おばあちゃんが見てた。」
「同居やったん?」
「うん。お父さん、長男やから……。」
「そうやったんや。……行こか。」
「うん。……どこへ?」
「嵐山でええかな?」
「うん。」
「ほな、行こ。阪急電車や。」
「はい。」
阪急電鉄は「阪急電車」と呼ばれていて、京都線、宝塚線、神戸線がある。
今日は京都線から分岐された嵐山線で嵐山へ行く。
電車に乗って直ぐに……
「あんな……ニックネームは何?」
「ニックネーム?………無いかなぁ……。」
「無い?」
「うん。浩子ちゃんとか浩ちゃんとか呼ばれてるけど……。」
「そうか……あんな……苗字で呼ぶの止めたいんや。」
「苗字……。」
「もう……その…付き合ってるんやから、な。
僕だけが呼ぶ呼び方にしたい。」
「…………。」
「そやから、ひろこ……から……ひろ、は浩ちゃんと被るし……
そや! ろこ!……ロコって呼ぶわ。」
「ロコ?」
「うん。今からロコにする。」
「うん。」
「ほんで……君は何て呼んでくれる?」
「わたし?」
「そや! なんて? 僕のこと……
ニックネームは僕も無いねん。
なんて呼んでくれるん?」
「……分からへん…わ。」
「分からへんの?」
「うん。……恥ずかしいから、川口君で……。」
「嫌や! そやって、君、同期の誰かを たかっちゃん って…
ニックネームで呼んでるやん。」
「たかっちゃん……うん。宗本君やね。」
「なんで、既婚者が たかっちゃん で……
僕が 川口君 やねん!
可笑しいやろ。それ………。」
「そやかて、入社した時から呼んでるんやもん。」
「やもん……って、アカン。たかっちゃん って呼ぶんやったら
僕も特別な呼び方して欲しい。」
「そんな……無理やわ。」
「無理! なんでやねん。」
「そやかて……恥ずかしいもん。」
「兎に角! 今日のデート終了までに呼び方変えて!
ええな。変えへんかったら罰が待ってます。」
「ええ―――っ! そんなぁ……。」
「川口君には返事しませんよって。」
「ええ―――っ!」
「ロコ、分かった?」
「ロコ………。」
「何、真っ赤になってるん?」
「もお………揶揄ってばっかりやもん。川口君。」
「…………。」⦅早速、苗字呼びや。⦆
「川口君?」
「……………。」⦅知らん。返事するかっ!⦆
「あ!」⦅返事して貰われへんのやった。⦆
名前を特別な呼び方に出来ないまま嵐山に着き、寺院を拝観したり、ボートに乗ったりした。
ボートに乗る時にも降りる時にも、手を差し出して貰えなかった。
漫画のように手を差し出して貰って乗り降りすると思っていたので、少し落胆した。
でも、楽しい時間だった。
家まで送ってくれた時に「呼び方」を聞かれたが、答えられなかった。
何故だか……「お兄ちゃん」と言ってしまった。
聞いた川口君は驚いて、そして笑った。
「なんで、お兄ちゃんやねん。僕は兄やないよ。」
「ええやん。お兄ちゃんやったら……呼べる…さかい。」
「もう、ええわ。それで……。
けど、家に帰っても お兄ちゃん やねんで。」
「そやの?」
「うん。弟がおる。
………まぁ、兄貴って呼んどるけどな。
なんかなぁ………お兄ちゃんって……俺自身のことやん。
変えてや。次のデートの日までに……ええね。」
「はい。」
何と呼ぶのか……難しい宿題だった。
国鉄はJR西日本が2004年3月、完全民営化されました。




