佐藤信子の退職
係長が佐藤信子の自宅へ行き話をした翌日、佐藤信子の父親から電話があり、「佐藤信子の退職」が決まった。
退職日にも佐藤信子はやって来なかった。
ほんの僅かな退職金や給与などを受け取りに来たのは母親だった。
「残念です。」
「……済みません。主人が退職させると決めてしまいましたので……。」
「佐藤さん自身では無いということですか?」
「はい。」
「そうですか……。」
「主人は娘には一日も早く嫁がせると決めていまして……。
もう、見合いをさせて結婚させると……。」
「えっ? まだ18歳ですよね。」
「はい。そうなんですが……早く結婚させるために大学への進学も……。」
「大学への進学を希望していたんですか?」
「はい。娘は……でも、父親には逆らえませんから……。
直ぐに見合いさせるという父親へ初めて自分から就職したいと申しまして。」
「それなら……退職せずに続けるという選択があったのでは?」
「あの子の気持ちは分かりませんが……もう主人を止められなかったのです。」
「そうですか……申し訳ありません。力不足で……。」
「いいえ、いずれ……娘は退職を余儀なくされたことと思います。
女の子は早く嫁がせると決めていますから……。
………本当に短い間でしたが、お世話になりました。」
「こちらこそ、色々思われることがあると存じます。
同じ会社で働けなくなりましたが、信子さんのお幸せを祈っております。」
佐藤信子が退職した日は田口弥生の退職日でもあった。
係に女子社員が居なくなったのだ。
係長は「山田さん、補充の要員が決まるまで悪いけど一人で頑張って欲しい。申し訳ない。」と頭を下げた。
山田浩子は「いいえ、この原因は私です。係長は気になさらないでください。私、頑張りますから…。」と応えた。
佐藤信子が休んだ日から激務になった山田浩子。
昼休みの時間も仕事をしていた。
そんな浩子に辻川が声を掛けた。
「山田ちゃん、昼休みも仕事してるんやね。」
「はい。」
「身体、壊さんようにね。」
「ありがとうございます。」
「忙しいのに話しかけて悪いと思うてるんやけど……ごめんね。」
「いいえ。」
「あのな、佐藤さんのこと、気にしたらアカンで。」
「えっ?」
「もしかしたら、やねえんけどな。
あの子、家を出たかったんと違うかな?」
「家を出たい?」
「うん。私の同期やねんけどな。
家が色々で……早う家を出たかった、って言うてた。
ほんで、女の子が家を出るって結婚だけやん。」
「そうですね。」
「そやから、結婚を早よしたかったんや、って言うてた。」
「………。」
「あの子も、佐藤さんも家を出たかったんかなぁ……。
そやから、川口君に賭けたんやわ。」
「賭ける?」
「うん。川口君と結婚したかったんと違うかな?
勿論、一目ぼれが始まりやけどね。
ただ、それにしては有り得ぇへんやん。
本社まで会いに行くって……。」
「そうですね。」
「あの子のああいう態度は山田さんやからやない。
他の……家の問題やと思うわ。
そやから気にしたらアカンのえ。」
「はい。ありがとうございます。」
「それから、おめでとう! 川口君と結婚するんやろ。」
「え?」
「良かったわぁ~。川口君やったら安心やわ。」
「あの……結婚って……違います。」
「せえへんの?」
「そんな話はまだ………。」
「けど、川口君は結婚を前提にした彼女って言うてって聞いたけど?
えっ? そうなん? あれっ?
もしかしたら……外堀埋めたか、な。」
「外堀って何ですか?」
「いや、こっちの話。まぁ、取り敢えず、佐藤さんのことは気にせんと!」
「はい。気に掛けて貰うて、ホンマにありがとうございます。」
「ごめんね。仕事中やのに声かけてしもうて……。」
「いいえ。」
「ほな、無理せえへん程度に頑張って!」
「はい。」
辻川が言った「早く家を出たいから」が引っ掛かった浩子であった。




