父と娘
係長は佐藤信子の自宅へ向かった。
話し合うためだ。
本当に退職するのかどうかを聞かねばならなかった。
それと、佐藤信子の父親の要求を受け入れないことの説明をせねばならない。
あの後、佐藤信子の父親から電話が架かってきた。
電話では「山田っていう女子社員には謝って貰います。山田の謝罪がないまま、娘を会社には行かせられない。」というものだった。
その要求に対して、会社としては「山田浩子に謝罪させない」と決めたことを伝えに行くのだった。
気が重かった。
⦅何が悪いねん。なんも悪うない。謝罪? ええ加減にせえよ!⦆
そう思いながら向かっている。
自分も人の親、まだ幼いけれど、こういう親になってはならないと思っている。
佐藤信子の自宅に到着した。
大きな家で資産家だと分かる。
迎え入れてくれた母親の後を付いて応接間に入ると、ソファーに座ったままの父親がいた。
立ち上がろうともせずに睨みつけている。
⦅喧嘩をする気なんやなぁ……。受けて立たへんで。
けど、言いなりになると思うたら間違いやで。⦆
「佐藤さんのお父様でいらっしゃいますね。」
「せや! 係長が来た限りは、謝罪させる、ちゅう話やな。」
「謝罪につきましては、係長としてさせることはありません。」
「なんやとぉ―!」
「入社以来、お嬢様の仕事に対する姿勢に問題がありました。
山田は、その姿勢についての注意をしただけでございます。」
「ちゅうい! 注意くらいで娘があないに落ち込んだりせんわ!
虐められたからや!」
「注意を受けて、そのまま会社を出られたことご存じですか?」
「ご存じや!」
「それから、どこへ佐藤さんが行かれたのか……ご存じですか?」
「どこへぇ~? 直ぐに帰って来た。」
「いいえ、彼女は本社へ向かいました。」
「本社……。それは……そうや! 本社に訴え出たんや。」
「違います。彼女は本社勤務の社員に『好き!』だと言いに行きました。」
「待て! そんな話、聞いてない。」
「そこで、断られました。
彼には結婚を前提に付き合っている女性がいますから。」
「おい! お前、俺は聞いてないぞ。」
「あなた、怒ってばかりで聞いてくれへんかったでしょ。」
「うちの可愛い娘を振ったアホがおったんか。腹立つ!」
「そういう訳ですので、山田の注意だけが原因ではないと思います。
山田には謝罪をさせません。
それが上司としての私の考えでございます。」
「謝罪せえへんのやったら、退職させる。」
「結構でございます。」
「なんやとぉ~!」
「山田は戦力ですが、佐藤さんは戦力になられていません。
まだ、そこまでは至っておりません。
退職されましても、係としましては大きな戦力ダウンにはなりません。」
「ほな、訴えたる。」
「結構でございます。ただ、その訴えは受け入れられる案件とは思えません。
山田の注意は常識の範囲内でございますから……。」
「……………。」
「私は係長として本人と話し合うつもりで参りました。
佐藤さんは私との話し合いを拒否されているのですか?」
「それは……。」
「今、呼んで参ります。」
「お願いいたします。」
待つ間、向かいに座っている父親の眼光の鋭さは変わらなかった。
長い時間待たされて、やっと本人との話し合いができた。
「佐藤さん、これからのことを話したいから来たんや。」
「……………。」
「山田さんと一緒に働きとうないんやね。」
「…………。」
「部署を変えるという方法もあるけど……
今のままやったら、どこに行っても同じやと思う。
君が変わらんとアカンと思うで。」
「ええ加減にせえよ! 娘は悪うない!」
「少し、待っていただきたいです。
私は佐藤信子さんと話しをしています。」
「あなた……。」
「佐藤さん、今のままやったら子どもやで。
もう社会人や。社会人やから責任もあるんやで。
注意されて、それが嫌やったら、急に帰るんやのうて上司に話して欲しい。
分かるかな?」
「…………。」
「会社を辞めるのは何時でも出来るで。
その前に、大人の態度を培って欲しいんや。
未だ18歳やけど、働いている君は社会人や。もう子どもやない。
会社を辞める前に考えて欲しい。頼みます。」
「……………。」
「それから、山田さんが言うたことは、いずれ僕が君に言うていたことや。
周りは困ってたんや。
僕から言われるより、女の子同士の方がええと判断した僕の責任や。
そやから、山田さんには謝罪はせんでもエエと言うた。
山田さんは悪うない!
山田さんからの謝罪はありません。」
「お前~っ!」
「お父様、私からは以上でございます。
弁解も致しませんし、謝罪も致しません。
良くお考えの上、ご判断頂きたく存じます。
では、失礼いたします。」
「……あ……係長さん、今日は娘にために来てくださり
ありがとうございました。」
「お父様、お母様、お時間を頂戴して、こちらこそ
ありがとうございました。」
「……………。」
「佐藤さん、また会社で会おうな。
ほな、失礼します。」
佐藤の家を出た途端、疲れを感じた。
そして、佐藤信子の退職は避けられないとも思った。
係長は⦅今すぐに会いたいなぁ……佳寿子に……そして……。⦆と妻子に会いたくなった。




