家族の幸せ
佐藤さんが会社を走って出たあの時、何故、止められなかったのか……。
佐藤さんに優しく話せていなかった。それが全ての始まりだった。
この二つの事実が重く圧し掛かって苦しくて仕方がなかった。
一人で電車を乗り継いで帰宅する間中、そのことばかりを考えていた。
幾ら考えても、自分の言動が悪かったとしか答えが出なかった。
⦅佐藤さん、退職するのかな……?
退職するまで追い込んだ私が残ってて……許されるの?
佐藤さんが残って、私が辞めるのがホンマやないの?⦆
何度も、何度も、このことが消えなかった。
家に帰った時に「ただいまぁ~。」と言うと、母の優しい声がした。「お帰り。」と……。
その声を聞いただけで涙が出そうになった。
顔をグッと上げて、手を洗い、「着替えてくるわ。」と言って、部屋に入った。
部屋で泣いてしまった。
顔を上げて泣き止むように……涙をハンカチで拭い、1階に下りて夕食を摂った。
「浩子……転勤は無理か?」
「お父さん、なんで?」
「遠いやろ、前から気になってたんや。
けど、新入社員が転勤を願い出るって無いことやからな。
もう、お前も中堅になったんやから、転勤を願い出ても…。」
「それは、後の方がエエですわ。」
「何の後や。お母ちゃん。」
「結婚の後ですわ。」
「結婚って!」
「川口さんのお嫁さんになってからでもエエと思いますわ。
そうですやろ。浩子。」
「浩子はまだ嫁がへん!」
「お父ちゃんが嫁がせたないだけですやん。
思わぬ早さで幸一郎が家を出るさかい、寂しいからって……ねぇ。」
「まだ、結婚が決まってないんや。まだ、なんも決まってない!」
「もう、お父ちゃんったら……。」
父と母の会話を聞いていると、少し忘れられた。
「浩子! まさか直ぐに結婚とか言わへんよな。」
「お父ちゃん!」
「そんな話、まだや。
お父さんとお母さんみたいなデートも……まだやし……。」
「そうか……そうか……良かったわ。」
「まぁ、まだなん? デート。」
「うん。まだ……。」
「その日は、行きたいなぁ……。浩子と一緒に!」
「なんで、君が行くねん! 君は僕と……デートしたらええねん。」
「そうやの? デートに連れてってくれはるの?」
「ああ! くれはる。くれはるさかい。娘のデートに付いて行ったらアカン!」
「約束やよ。お父ちゃん。」
「分かった。分かったって。小指出さんでも、ええがな。」
「ふふふ………。」
「なんや。浩子。」
「幸せな家族やなぁ……って思うて……。」
「そうやね。幸せな家族やね。」
「そう思うて貰うたんやったら、僕は嬉しいな。ありがとうな。」
ひと時の家族との優しい時間だった。
その時間を過ごしている時に電話が鳴った。
川口君からだった。




