安堵
佐藤信子が川口秀樹に会っていた頃、支社では大騒ぎだった。
山田浩子は責任を感じて涙ぐみ俯いて出る言葉は「申し訳ございません。私が至らなくて……。」と繰り返す。
係長は「山田さんは責任を感じなくてええからね。責任を負う必要は全く無いから! 後は僕に任せて! ええね。」と言い、直ぐに佐藤信子の家に電話を架けた。
信子の母親は驚き電話口で泣き出して話にならなかった。
止むを得ないと判断した係長は「警察に相談しても、警察は動かないかもしれないが、18歳だ。子どもと言うことで動いてくれるかもしれない。警察に相談する。」と言い、直ぐに警察に電話した。
騒然とした中で電話が鳴った。
慌てて出たのは山田浩子だった。
「係でございます。」
「山田さん?」
「はい。」
「僕、秀樹。」
「あ……申し訳ございません。只今、取り込んでおりまして……。」
「取り込んで、って何かあったん?」
「はい。佐藤さんが会社を出てしまって……。」
「えっ? 休みやなかったん?」
「はい。出社しておりました。」
「山田さん、泣いてるん?」
「……いいえ。」
「……山田さん、落ち着いて聞いてや。」
「はい。」
「あの子、本社に来てた。」
「え? 本社に佐藤さんが?」
「なんやて! 誰から電話や。」
「あの、川口君からです。」
「代わって!」
「はい。川口君、係長と変わります。」
「うん。あ……。」
「川口君。」
「はい。川口です。」
「佐藤さんが本社に来てたということやねんな。」
「はい。来ていました。先ほど帰って貰いました。」
「なんで、本社に?」
「係長、僕に会いに……『僕のこと好きだ。』と言うためだったようです。」
「えっ? 川口君への告白のために?」
「はい。」
「それで、君は何と言ってくれた?」
「はい。帰って下さいと言いました。」
「帰って欲しいと言われた佐藤さんは、それから、どないしたか分かるか?」
「分かりません。見ていません。」
「そうか……ありがとう。分かった。
あ……なんて言うて断った?」
「え! 言うんですか?」
「聞いとかなアカン。佐藤さんの行動を知るために、な。」
「分かりました。
僕には付き合ってる人が居ます。結婚も考えています。
そう言いました。」
「そうかぁ…………ほんで? 相手は勿論、山田さんやな。」
「はい。……あ!……係長。どうぞご内密に!」
「出来るか!」
「係長……。」
「ありがとう。切るで。」
「はい。」
「それからな、山田さんを大切にせなアカンで。」
「はい! 勿論です。」
「係の者が黙ってぇへんからな。分かった?」
「はい。分かりました。」
「ほな、ありがとう。」
「はい。」
安堵が少し、でも本当の安堵には至らないままだった。
佐藤信子の安否が分からないからだ。
3時間ほどして佐藤信子の母親から電話があった。
「退職したい。」と言ってきかないことを伝えた電話だった。
佐藤信子が無事に帰宅したことを知った係の人たちは安堵した。
今度は本物の安堵だった。
「無事でよかったぁ~。」
「女の子やしな。悪い人間に連れて行かれへんでホンマに良かったなぁ。」
「やっと安心して仕事出来るわ。」
「ホンマに……ホンマに良かったなぁ……。」
「山田ちゃん、ごめんな。
悪かった。山田ちゃんに押し付けてしもうた。
嫌な役割を……山田ちゃんのせいやない。
山田ちゃんに押し付けた僕のせいやからな。」
「西川主任………。」
「それから……川口君やったら安心して嫁に出せるさかいな。
ホンマに良かったなぁ。
残り福、ってホンマやったなぁ……。
いやぁ~目出度い! 目出度いなぁ~。」
山田浩子は温かい眼差しを感じている。
係の人たちの眼差しが温かいのだった。
そして、係長が帰路に着く山田浩子に言った。
「山田さん、川口君はホンマにええ奴や。
そやから、良かったと心から思うてる人間。係の皆やで。
……それから、な。
男と女は違うんや。
男は違う。一つ先に進んだら、次に進みとうなる動物や。
けど、女は違う。
一つ進んだら、それだけで満足する。
山田さん、幾ら好きでも『嫌や!』と思うたら断ってええねんで。
好きでも嫌なことは『嫌!』って言ってええねんで。
大切なことやから忘れんといて、な。」
「?……はい。」⦅???……なんか分からへんけど、はい!でええよね。⦆
係長の言葉の意味を山田浩子が知るのは、随分年数が経ってからだった。




