待ち伏せ
電車の車窓から流れる景色をぼんやりと見ながら、佐藤信子は⦅あんな会社に居とうないわ。⦆と思っている。
会社を寿退職したいと……そのためにも⦅本社勤務の川口秀樹と結婚したい。⦆と思っている。
早く本社に着きたい想いで心は急いていた。
川口秀樹の姿を思い出しながら、⦅作業着姿もカッコ良かった。けど、スーツ姿はもっとカッコええ。⦆姿を思い出す度に胸が高鳴る。
⦅あぁ……これが恋なんや。秀樹さんって早よ呼びたいなぁ……。私のことは何て呼んでくれはるんかなぁ? 早よ本社に着きたいわ。⦆などと夢見心地で車窓の傍に立っている。
1時間後に本社に着いた。
着いたが、川口秀樹がどの課に居るのか分からない。
全く何も分からないまま電車に乗ったのだ。
⦅どこに居はるのか分からへんけど、運命の人やから必ず会えるわ。信じてるもん。けど、どこで待ってよかなぁ……正面玄関やな。そこで待ってよ。⦆と正面玄関で立って川口秀樹が通るのを待っていた。
暫くすると、受付が声を掛けて来た。
「あの、何か御用でございますか?」
「はい。川口秀樹さんに会いに来ました。」
「どちらの課の川口でございますか?」
「それが分かりません。」
「左様でございますか。
お客様のお名前を頂戴したいのでございますが……宜しいでしょうか?」
「はい。私は佐藤信子です。」
「佐藤信子様でございますね。」
「はい!」
「暫くお待ちくださいませ。」
「はい!」⦅良かったぁ~。これで会えるわ。⦆
「川口秀樹に連絡いたしました。
暫くこちらでお待ちくださいませ。」
「はい!」⦅秀樹さん! 秀樹さんにやっと会える!⦆
暫く待つと、会いたくて会いたくて夢にまで見た川口秀樹がやって来ている。
信子は嬉しさに飛び上がらんばかりになっていた。
「佐藤さん?」
「はい! お久し振りです。」
「ああ……久し振りですね。
何か本社に御用ですか?」
「本社に用はありません。」
「用がない?」
「はい! 秀樹さんに会いに来たんです。」
「えっ? 僕に?」
「はい。秀樹さん、私は秀樹さんのことが、す」
「ちょっと待って! あっちで話を聞くから……。」
「はい!」
秀樹が歩く後ろを付いて歩く……凄く嬉しい。⦅幸せ~。⦆と感じている。
本社にある1階のカフェに入った。
席に座ると秀樹は「アメリカン。」と言って注文した。
真似て「アメリカン。」を注文した。
もう同じ物を飲むというだけで胸はより一層高鳴った。
「……あのね。」
「はい!」
「僕には彼女が居ます。」
「かのじょ……。」
「はい。とても大切な女性です。
だから、申し訳ないですが、貴女のお気持ちを叶えることは出来ません。」
「嘘よ!」
「嘘ではありません。
彼女とは結婚も考えています。」
「そんな……嘘! 嘘に決まってます。」
「ですので、このままお帰り下さい。
貴女には申し訳ないと思いますが、僕の心は彼女のものです。」
「そんな………。」
「気を付けて帰って下さい。
では、失礼します。
あ!……もう二度と再び、僕の前に現れないでくださいね。
仕事中に本社に来られても困ります。
よろしくお願いします。」
そう言って秀樹は席を立って行った。
残されたのは佐藤信子と、飲みかけのアメリカン…と一口も付けていないアメリカンだった。




