ギャップ
翌日、出勤すると弥生ちゃんが傍によって来た。
そして、「どないでした?」とニヤニヤしながら聞いて来た。
小さな声で「付き合うの。」とだけ言うと、満面の笑顔で「おめでとうございます!」と言ってくれた。
恥ずかしくて顔を上げられなかった。
フロアに行き、いつものように机を拭き、新聞を整理して、ラジオ体操そして係の朝礼。
いつもの朝だった。
いつもと違ったのは、今日の昼休みには佐藤さんと話し合わねばならない……それが、いつもと違う今日なのだ。
気が重いという言葉だけでは表せられないほどだ。
席に着くと向かい側に座っている佐藤さんの姿が目に入る。
辛くて話すのを止めたくなる。
小さなため息を聞き逃さなかったのは小野さんだった。
「どないしてん。今のはちょっと色っぽかったで。」
「何がですか?」
「小さなため息……見せたかったなぁ……。」
「小野さん!」
小野さんは耳元で「付き合うんやろ。おめでとうさん。」と言って現場へと向かった。
耳が赤く染まっているのを自分でも分かった。
耳だけではなく、頬も………。
向かいの席で弥生ちゃんがニヤニヤしている。
⦅みんな知ってるん? どないしよ……。⦆
向かいに座っている佐藤さんだけが腑に落ちない顔をしている。
⦅知らへんのや……佐藤さんは……。良かったぁ~。⦆
そして、昼休みになった。
昼食を弥生ちゃんと食べていたが、弥生ちゃんには「これから、佐藤さんと話すねん。お茶出しとかを……。」と言うと、「それ、話しても無駄やと思いますけど……。」と言われてしまった。
ガッカリしながら、席を立ち食器を返して佐藤さんに近づいた。
「佐藤さん、ごめんなさい。食事中に。」
「なんですか?」
「お話したいことがあるねんけど…時間を作って欲しいんやわ。」
「話やったら、ここで聞きます。」
「ここで?」
「はい。何か都合でも悪いんですか?」
「都合、悪ないけど……ここでホンマにええの?」
「はい。早よ話してください。どうぞ!」
「あの……皆さん、ごめんなさいね。」
「いいえ。いいです。私たち食事終わったら出ますから…。」
「居てもええやんか。」
「そんな訳にはいかへんよ。
山田さん、お先に失礼します。」
「お先に失礼します。」
「ありがとう。ホンマにごめんなさいね。」
「いいえ~。」
佐藤さんの同期が席を立ち離れたところで話し始めた。
「ほんで、なんですか?」
「あのね……お茶出しとか…やねんけどね。
お当番やなくても出して欲しいねん。」
「何でですか! お当番の人がすべきでしょう!」
「そやねんけどね。場合によったら、当番関係なく、ね。」
「当番の人がすべきです。」
「そやねんけど……。
その当番さんが休みやったり、別の場所に居てたりしたら、ね。
その場にいる人がやった方がええと思うんやわ。」
「そやから、私は探しに行ってます!」
「探す時間が勿体ないと思わへん?」
「思いません!」
「はぁ…………。」
「はぁ…って溜息出るんは私の方ですよ。これって、いじめですか?」
「そんなつもりはあらへんよ。」
「つもりはあらへん、って……よぉ言いますね。そんなこと……。」
「ごめんなさい。誤解を与えたかもしれへんけど……ね。
これから先、係の女子は佐藤さんと私だけになるねん。
私が休みの時や、離席している時に、頼まれたらお茶を出して欲しいとお願いし
てるねん。アカンかなぁ。」
「まぁ、先輩の後輩いじめと言うことですよね。」
「佐藤さん、どうしても虐められてると思うのは、私が出来てないからやと思う。
けど、どうしても受け入れて貰わなアカンこともあります。」
「急に強気ですね。」
「これだけは伝えておかんとアカンから、ね。
お茶出しも大切な仕事やよ。」
「分かってますよ。それくらい。」
「お茶を出す相手はお客様や。」
「知ってます。」
「お客様にお茶も出せへんかったら、会社の……先輩方が築き上げて来はった会社
の看板を傷つけてしまうかもしれへんのや。
たかがお茶やけどね。そのお茶一杯でお疲れのところ来てくれてはるお客様を
癒すことも出来ます。
会社のために当番関係なく仕事をしてください。
それもお給料に入っています。
私はね。気が付いた人がしたらええと思ってるねん。
そやから、佐藤さんがお当番でも私が淹れてたことあったやろ?
違うかな?
嫌な先輩とこれからも仕事をせなアカン……それは可哀想やと思うし……
私が悪いと思います。
けど、会社の顔やねんよ。お茶の一杯が……
どうか、それだけは忘れんといてください。お願いします。」
「………もう演説は終わりですか?」
「……うん。終わり…です。」⦅無駄やったみたいやな……。⦆
「ほな……さいなら。」
「さいなら………?……さいならぁ?」
食堂を出た佐藤さんは、そのまま更衣室へ入った。
「佐藤さん、さいなら!って、どういう意味。」
「帰ります。」
「佐藤さん? 佐藤さん、まだ就業時間やよ。」
「早退した、って係長に言うといてください。
さいなら。」
「待って! 佐藤さん!」
走って階段を駆け下りて会社を出て行った佐藤さんを追いかけたが……追いつかなかった。
⦅どないしよ……どないしたら……私が帰らせてしもうた……。⦆
急いで係長に全てを話している頃、佐藤さんは本社へ向かっていた。




