駅までの道
終業時間になり机の上を整理して帰る支度をしていると、弥生ちゃんが佐藤さんに「あれっ? 残業?」と聞いていた。
初めての残業をするようなので、弥生ちゃんが「これは明日でもエエねんで。」などとアドバイスをしている。
佐藤さんは何故だか「いいえ、残業します。田口さん、先に帰って下さい。」とはっきり言った。
弥生ちゃんは「そう? 無理せえへんように、気ぃつけて帰ってね。」と声を掛けていた。
弥生ちゃんと二人で、係の人たちに「お先に失礼します。」と言い、更衣室に向かった。
フロアを出るなり弥生ちゃんは「けったいですわ。」と言った。
「そうやね。けったいやね。」
「はい。けったいです。今まで仕事があっても絶対に残業せえへんかったのに!」
「そやね。………私、声掛けへんかったけど悪かったかな?」
「気にせんでもエエんと違いますか。
もう早よ帰ってほしいって顔してましたもん。」
「そんな風に見えたんや。」
「見えました!
……なんや、怖いです。嵐が来そうですね。」
「そんな台風みたいに言わんでも……。」
「いや、あの子は台風になりますわ。きっと……。」
「弥生ちゃん、早よ帰ろ。お腹の子のためにも!」
「はい。」
服を着替えて会社を出た。
弥生ちゃんと二人で駅まで歩いた。
駅までは20分掛かる。
「佐藤さん、きっと狙ってはるわ。」
「何を?」
「川口さん!ですよ。」
「川口!……君を?」
「はい。そやかて、率先して挨拶したり、お茶出したり……。
残業も怪しいもんです。」
「怪しいって……?」
「残業せえへんでもエエのに、してはるんやと思います。」
「なんで?」
「川口さんと話すため……やないかと思います。」
「……まさか。わざわざ、そんなこと……。」
「やる子や!と私は思いました。」
「弥生ちゃん、週刊誌の見過ぎやない?」
「そうかなぁ~?」
「佐藤さん、仕事覚えて意欲が出てきただけやと思うわ。
私もそうやったもん。」
「そうですか? そうかなぁ~?」
「それよりも、今日は何やったんやろ……。
あの現場、私の担当で申請書、書いたから気になるわ。」
「新工法の見学やったって言うてはったから、山田さんが気にせえへんでもエエん
と違いますか?」
「そうやけど……気になるなぁ。」
「鈴木さん、新工法の見学やった!って言うてはったから、ホンマに気にせんでも
エエと思います。」
「そやね。気にしても、なぁんも出来へんもんね。」
「そうですよ。」
一頻り話していたら駅に着いた。
弥生ちゃんは、7月末日付で退職することが決まっている。
こうして一緒に歩いて駅まで行くのも、あと僅かだ。
駅の改札口で別れた。
「この先のお店に用事があるから、ここでね。」
「はい。お疲れ様でした。」
「お疲れ様。足元に気ぃつけて帰りや。こけたらアカンから!」
「はい。山田さん、お母ちゃんみたい。」
「母と呼んで!」
「ほな、お母ちゃん、さいなら。」
「さいなら。」
弥生ちゃんと別れて、川口君指定の店に向かった。
住宅地図をコピーした。
その住宅地図をバッグから出して、地図を見ながら進んだ。
店の名前を探しながら……【やどりぎ】を探して歩いた。




