バック
駅まで車の中で弥生ちゃんと話してばかりだった。
ずっとドキドキしていた。
顔が熱いような気がする。
川口君の方を見られなかった。
何故だか恥ずかしかった。
駅に着くまで川口君は話に入ってこなかったように思う。
駅に着いて「ありがとうございました。」と言った。
「ほな、気ぃつけて。」と返ってきた。
その間、まともに顔を見られなかったように思う。
弥生ちゃんと二人で電車に乗った。
「カッコ良かったですか?」
「何が?」
「川口さんの運転ですよ!」
「う…うん。………カッコ良かった。」
「車をバックする時の仕草、カッコええですよね。
うちの主人もカッコええ!と思いました。」
「そやの?」
「はい。結構、あの仕草がカッコええと思う人居るんですよ。」
「私だけやなかったんやね。」
「はい!」
⦅良かったぁ~。
橋口君をカッコええと思ったのも………
川口君をカッコええと思ったのも普通やねんな。うんうん。⦆
「私もカッコええバック出来るようになりたいなぁ~。」
「誰かの運転に乗せて貰ったら、いつでも見られますよ。」
「あ………そやね。」⦅今度、お父さんの車に乗る時、助手席に乗ろ。⦆
新年が明けて直ぐに教習所へ通うようにした。
初めて車の運転席に座った時、「見えへん……どないしよ。」と思った。
身長が足りないのだ。だから、座高も低い。
次の運転実習の時に座布団を持って行った。
手にしている座布団を見た教官が一言。
「止めておきましょう。座布団は!」
「あきませんか?」
「座布団はへたりますよ。
変わってしまうのはアカンのです。
そのままで何も置かずに運転してください。」
「あの……見えへんのですけど……。」
「その感覚で運転することによって車両感覚を覚えてください。
その感覚は変わらないですから!」
「はい。」
身長が150cm以下である自分の体が、この時ほど嫌になったことはなかった。
幸いなことに仮免許も取れて、路上教習も終えて、教習所内での運転免許のための最後の試験が始まった。
ひとり前の10代の男の子の時に、教官が「道路の端に寄せて車を止めなさい。」と言った。
その通りにすると、教官は「今の運転は非常に危険でした。何が危険か分かりますか?」と問い、男の子はあまり分かっていなかったようだった。
「無理な追い越しでした。そのために追い越し車線の車との距離が危険な距離でした。近すぎた。危険な運転でしたので、貴方は不合格です。試験はここで終わります。運転を代わって下さい。」と言った教官。
男の子は運転席から後部座席に乗り移った。
そして、次は……「次の方、運転席に!」と教官に促されて運転席に座った。
名乗るように促されて名前を言った。
「山田浩子です。よろしくお願いいたします。」
「はい。始めましょう。」
ずっと緊張していた。
だけど、途中で誰とも代わらなかった。
終わった後に、教官は一人一人の運転についての講評をした。
「山田さん、貴女の良いところは安全運転に留意しているところです。
バックミラーを良く見ていました。
前を走行中の車との距離、停止時の距離も良く取っています。
悪いところは今日は仕方がないと思いますが、緊張しすぎです。
もう少し、リラックスして運転してください。」
「はい。ありがとうございました。」
終わった途端、緊張が解けてホッとした。
そして、門真運転免許試験場へ行き、本当に最後の試験(筆記試験)を受けた。
合格して免許証を手にしたのである。
でも、あのカッコええバックは出来ないままだった。




