【宇宙人企画】昆虫使いの少年
しいな ここみ様主催、宇宙人企画参加作品です。
「へへっ、また俺の勝ちだな! これで何連敗だ?」
ジロウが嗤ってそう宣言した。それでサブロウも決着を認めるしかなかった。
目の前の30センチ四方のリングの中で、カマキリ相撲の勝者は誇示するように鎌を振り上げ、敗者は横たわってかすかに体を震わせている。
勝った自分のカマキリを大事そうにつまみ上げると同時に、ジロウはサブロウのカマキリを場外へ払い除ける。そして追い討ちとばかりに踏みつぶす。
「やめてよ兄さん! そんな……ひどいじゃないか! まだ助かるのに」
近づくサブロウをジロウが突き飛ばす。
「うるせぇんだよ! 文句があるなら勝てばいいだろ? 勝てるもんならな、ハハハ!」
悔し涙を目に溜めたサブロウを置いて、ジロウは取り巻きを連れて公園を出て行った。
「ちくしょう、今度こそ絶対に勝たなくちゃ! でもそのためにはもっと強いカマキリを見つけないと……」
サブロウは辺りが暗くなるのもかまわずに草むらを探して回った。今日は諦めようと思ったその時、奥からふと気になる気配を感じて音を立てないようにそちらに向かった。
こっそり覗くとそこではひとつの死闘が繰り広げられていた。ルビーのように輝く赤いカマキリと青いサファイアのカマキリが闘っている。羽根を広げて鎌を交差させ、体を絡ませあい転がりあいながらお互いにマウントをとろうともがいている。
赤いカマキリが青いカマキリの腕をへし折ろうと体重をかける。青いカマキリがその一瞬の隙をついて赤いカマキリの首に食らいつく。腕を囮にした捨て身の攻撃だ!
押し倒され下になった赤いカマキリが脚で押し返そうとするも、青いカマキリはその首を容赦なく噛みちぎった……。
気がつくとキリヲは見知らぬ部屋の虫カゴの中にいた。そこに少年がドアを開けて中に入ってくる。それがあの闘いを見ていた少年だとキリヲは気がついた。
『キミは……あのときの』
「わっ、びっくりした! 話せるんだね? 今まで見たことないよ、喋るカマキリなんて」
少年はサブロウと名乗った。キリヲも名前を告げ、サブロウの村が操るものの村と呼ばれていることを知った。そして今の自分がカマキリと呼ばれる昆虫なのだということも。
「操るものっていうのはね、他の生き物を仲間にすることができるんだ。そうして一人前の操るものになった大人たちは動物や魔獣を連れて外の世界に働きに行くんだ。いつかぼくもそうなれたらと思うんだけど、決まりで今はまだ昆虫しか操従しちゃ駄目なんだ」
村の子供は操るものの練習として最初に昆虫を操従するのだという。そして能力を認められれば徐々に強い生き物を従えていくのだと。
キリヲは闘いで折られた腕が治っていることに気付く。
『これもサブロウがやったのか?』
「うん、ぼくの血はね、友達のけがを治せるんだ。操るものの中にはたまにそういう人がいるんだって……これは内緒にしてね?」
自分の生命力を分け与える治癒……そんな能力者はどの星にも滅多にいない。キリヲはサブロウの能力に驚く。それと同時に彼がキリヲを友達と呼んだことにも。
『……トモダチ?』
「あーうんと、ぼくは操従した仲間をそう呼んでいるんだ。皆からはおかしいっていわれるんだけどね。……ほら、そのほうが操従されたほうもうれしいかなって」
その言葉でキリヲはなぜ治癒の能力がサブロウに宿ったのか腑に落ちた。
キリヲの正体は【敵】に追われて星から星をさまよいこの惑星に逃げこんだ異次元生命体だった。あの死闘の末に【敵】を倒したものの、追手はまだ他にもこの近くに潜んでいることは確かだ。それならばサブロウには悪いがこの匿われている状況を利用させてもらおうとキリヲは考えた。そのかわりもし何かできることがあればキリヲはサブロウの助けになってやろうと。
キリヲの恩返しの機会は突然に巡ってきた。祭りの日にジロウとサブロウがカマキリ相撲で闘うことになったのだ。そしてジロウはこの決闘に条件をつけた。二人のうち負けた方がこの村を出て行くのだと。
「お願いだよ。僕と一緒に闘ってジロウをやっつけてくれよ。でないと僕はこの村を追い出されてしまう……」
泣きながらそう告げるサブロウにキリヲは言った。
『私にはそんなことは造作も無いことだ。しかしお前はそれでいいのか、サブロウ? ジロウを追いだしてこの村に残っても、お前がシアワセになれるとは思えない』
「それは……」
サブロウは貰われ子だった。しかし実態は父親が下女に手を出して産ませた子供だった。 村の人間もそれを知っている。扱いも推して知るところだ。
『なあサブロウ、私と一緒に旅に出ないか? お前はいつかすごい操るものになれる。そうすればどんなふうにでも好きに生きていける。私も協力しよう』
「ほ、ほんとに?」
『ああ本当だ。世界はこんなもんじゃない。どこまでも広いんだ。それを確かめてみたくないか?』
「うん……うん! それもいいかもしれないね」
そしてサブロウは村を出ることに決めた。それでも祭りの日は明日に迫っていた。
30センチ四方のリングの中にジロウがカマキリを置いた。そのカマキリが黒光りしているのを見てサブロウも思い出した。ジロウの横綱、黒刀はカマキリ同士を食らいあわせて育てた【蠱体】だということを。
サブロウがキリヲをリングにそっと置く。
「なんだその色は? せめてもの虚仮威しか、ハハハ!」
サブロウはその挑発を無視した。そして手を放すと同時に黒刀はキリヲに猛然と襲いかかる!
体格差を利用してキリヲを追い詰める黒刀だったが、キリヲは落とされる間際に黒刀の首を巻き込んで反対に居反りでリング場外に放り投げた。決まり手のうっちゃりだ。だがこの闘いはどちらかが闘えなくなるまでのデスマッチルールだ。審判の手で黒刀はリングに戻される。
その後も強引に攻める黒刀だったが、捕まる前にキリヲがするりと躱して投げるという展開が続く。しかし黒刀に異変が起きる。動きが緩慢になり、ついには倒れたまま動けなくなる。よく見れば黒刀の首は横に曲がっているのが分かる。体の重さが投げられる度にダメージとなって返ってきたのだった。
キリヲは負けを認めろというふうに黒刀の首に腕の鎌を当てる。
「ふざけんな! こんなの認められるかぁ!」
そう言ってジロウが突然リングを蹴飛ばしてひっくり返す。
「サブロウ、お前が何かしたんだろう! そうでなければ俺が負けるはずがねぇ!」
激高したジロウがサブロウに詰め寄ろうとする。
「そんなのできるわけないよ! 何を言って……」
そのときジロウがリングのそばにいた黒刀を見つけた。ついでとばかりに踏もうと足を上げる。
「さんざん金をかけて育ててやったのに、俺に恥をかかせやがって!」
「やめて……やめろ! 黒刀は兄さんの大事な友達、いや分身じゃなかったのかよ!」
サブロウがジロウの脚にしがみついて体づくで止めようとする。
「虫はしょせん虫だろ? 操るもののステップアップの踏み台でしかねぇんだよ! お前はまだそんな頭のおかしいことを言ってやがるのか? だったらはっきり言ってやる。俺はお前が目障りでしょうがねえんだよ! 村の誰からも必要とされてねえ! だからとっとと……」
『……見ツケタゾ、【対象者】メ……今度コソ逃ガサン』
不気味に響くその声にジロウだけでなく全員が動きを止める。遠くから無数の羽音が村に近づいてくる。それは赤い目をしたスズメバチの大群だった!
散り散りに逃げ惑う村人も次々とスズメバチの餌食になっていく。
「うわわわ、助けて!」
「早く! 家の中へ逃げ込め!」
「やめろ、来るなぁ!」
野菜庫の石室の中にサブロウとジロウは隠れていた。サブロウの肩にキリヲがいる。
『やつらの目的は私だ。すまない、サブロウ』
スズメバチの大群はキリヲを追ってきた【敵】に乗っ取られている。【敵】も【隷属】という操るもののような力を持っているのだという。
「キリヲが謝ることないよ。悪いのはあいつらなんだろう?」
『しかし、それでも巻き込んでしまったのは事実だ』
「それはもういいよ。とにかくここでやり過ごそう」
「だったら……もっといい方法があるぜ」
ジロウはそう言うと室の蓋を跳ね上げた。
「お前らの探しものはここだぁー! ここにいるぜぇー! ハハハ、これで俺は無罪放免ってわけだ。じゃあな!」
そう叫びながらジロウはサブロウを置き去りにして走り出す。しかしスズメバチは容赦なくジロウを襲った!
「やめろ! 来るんじゃねぇ、俺は関係ねえだろ……うわああ!」
苦しみ悶えながら倒れるジロウにサブロウが駆け寄る。自分の指を噛んでジロウの開いた口に突っ込む。
「兄さん、血を飲んで! 死んじゃだめだ!」
スズメバチはサブロウにも向かってくる。キリヲが飛んで迎え撃つも全部には対応しきれない。刺されながらもサブロウはジロウの治療を続けている。
『いかん、サブロウ逃げるんだ!』
「キリヲこそ……はやく、逃げ……」
ショックで昏睡状態に陥ったサブロウが倒れる!
『フフフ……ヨウヤク追イ詰メタゾ……』
キリヲの前に【敵】に乗っ取られた赤い目の黒刀が飛んでくる。黒刀がキリヲを抱擁するように絡みついて首を噛む! 力なくサブロウの上にキリヲが落ちていく。
『コレデ終ワッタナ……アトハ首領サマニ……何、ダト?』
殺されたはずのキリヲの体が輝き出す! その体から光る紐状の物体がズルズルと伸びて姿を現す。
『オゾマシイ……ソレガ……オ前ノ正体カ……』
『そうだ。この姿が本当の私だ。生物に寄生して宇宙を渡り歩く死なない存在。それ故に私は恐れられ、抹殺の【対象者】として追われることになったのだ。……だがもういい。逃亡生活にも飽きた。……私はサブロウのためにこの命を使うと決めた。彼と共に生きて共に死ぬ。……だからもう関わるな』
そう言ってキリヲはサブロウの体に入っていった。一瞬体が輝きを放ったのち、サブロウがゆっくりと目を開け立ち上がる。
スズメバチが再びサブロウを襲う。しかしサブロウの輝く目に捉えられると、スズメバチは残らずサブロウに従った。キリヲの命を得て強くなったサブロウの操るものの能力だ。
『【隷属】ノ上書キ、ダト? ソンナ……アリ得ナイ! コイツハ【対象者】ヨリモ危険ナ存在ダ……スグニ首領サマニ報告ヲ!』
飛んで逃走する黒刀にサブロウの手から光る糸が伸びる。
『ナッ! コ、コレハ……【隷属】ヲ伝ッテ逆ニ俺ヲ支配シヨウトスル、ダト?……ヤ、ヤメロ! シ、首領サマ? イヤダ死ニタクナイ! オ慈悲ヲ……ギャアアア!』
追っ手の【隷属】との繋がりの切れた黒刀がぱたりと倒れる。こうして闘いは終わった。
サブロウが振り返れば、ジロウは荒い息をしながらも生きていた。
「よかった……。じゃあ僕はもう行くよ。さようなら、兄さん」
そうしてサブロウは村を出ていった……。
その後、人々は凄腕の操るものがいると噂し合う。その中で彼は昆虫使いの少年と呼ばれていた。