第4話 葬儀へ(地上)
「ふー」
深く息を吐くのはミュアナだ。家の前、布に包んだ灰壺を脇に抱えながら、反対の手で人の背丈よりも大きい杖を掴んでいて、夜空を仰いでいる。月と目を合わせながら深呼吸していたのである。
夜空は曇りで、星は雲に隠れてしまっているが、月はまだその姿を晒していた。頂上から落ちてすでに少し傾いているものの、月明かりを降らせて、純エーテル網越しにミュアナを照らしているのである。そんなミュアナを、明かりの落ちた工房が見ているのだった。
するとその時、ミュアナの背後で、ガチャ、と鍵のかかる音が鳴った。
「ミュアナ、緊張してる?」
そう言って、家の扉から歩いてきたのはアリリヤであった。
アリリヤの服装は黒一色だ。全身をフード付きの黒いローブで纏っているが、いまは顔を晒していて、腕には固そうな外套を二人分ひっ掛けている。そしてブーツで土を踏み鳴らして歩いてくると、ミュアナの隣に並び立つのだった。
「そりゃあね緊張するよ」
そう言うミュアナの顔は硬い、硬いを通り越して無表情である。すると、アリリヤがミュアナの横顔を見たあと、ミュアナの全身に視線を回したのちに、柔らかく微笑んで言う。
「でも、ちゃんと似合ってるよ」
「そうかな……、ありがとう」
ミュアナもアリリヤの笑顔を見て、無表情を笑顔に変える。
ミュアナの全身は月に照らされて、服装の色彩を明らかにしていたのだ。ミュアナの服装は、アリリヤとは反対に華やかで色も映えている。
するとアリリヤがお願いを口にするのである。
「ミュアナ、ちょっと回ってみて?」
「えぇ、うーん……、こう?」
困惑しながらもミュアナは、一歩下がってくるりと回るのであった。
ミュアナの服装はドレスのように絢爛な作りだが、それでいて動きを阻害しておらず、ミュアナがくるりと容易く回転すると、腰のベルトから吊り下がる二本の杖鞘がついてくるように回って、同時に幾重にも重なった服地が空に舞うのだった。その時月明かりがミュアナの全身を照らして、ドレスの鮮やかな紫色とともに、薄黒の髪と青い瞳が夜に表れるのであった。
それを見て、アリリヤは安心したように頷くのである。
「うん、よかった。ミュアナに祭服の着付けをしたのは初めてだったけど、ちゃんとできてるね。動きにくい部分とかない?」
「全然ないよ、ありがとうお姉ちゃん」
そう言って、ミュアナはアリリヤに笑顔を向けるが、しかしすぐに不安そうな顔を街に向けた。
アリリヤもそれに気付いて、気遣うように声をかけるのであった。
「ミュアナ、外に出るの不安?」
「うん……不安だよ」
一気にミュアナの声が衰える。
「十年、降りなかったもんね」
「うん……それに街に降りたらどうなるかわからないから。葬儀もうまくできるか不安だし。そもそも——」
「平静を保てるか心配?」
「うん」
頷くミュアナの青い目が頼りなげに垂れる。
「街に降りたら……自分が保てるかわからないから……」
「うん」
アリリヤが単に相槌を打つ。何も言わない。
すると、ミュアナは視線を真っ直ぐ地平線に伸ばして、大きな杖を握り直したのだ。
「でも外に出たい。おじいちゃんの葬儀をしたいから」
「うん」
「これからも必要だから」
「うん」
「だから行こう」
「わかった」
そして冷たい風がミュアナたちを吹いて、街の方へ通り過ぎるのであった。
のち、風が止むと、ミュアナがアリリヤの方を向いて不思議そうに訊くのだ。
「それでご飯の時に言ってたけど、乗合の浮遊車じゃなくて、うちの浮遊車で行こうって言ってたのはどういうこと?」
するとアリリヤが真面目な顔を返すのである。
「ミュアナには人がたくさん乗ってる乗合の浮遊車より、家の浮遊車で行く方が楽かもしれないと思って」
「確かに乗合だと辛いかもしれないけど、でも自家用車って……、私、街じゃ運転できないよ?」
すると、アリリヤがにやりと笑ってみせるのだ。
「大丈夫、ちゃーんと対策してあるから」
「た、たいさく……?」
「とにかくお店の方に行こう」
言ってアリリヤは踵を返すとスタスタと歩いていくので、ミュアナもすぐについていくのだった。
サナガミ家の敷地は二つの区画に分かれており、二つの間は小ぶりな柵で区切られているのである。いまミュアナたちが居た方には家と工房が立地しており、もう片方に店が立地しているのだ。どれもそれほど離れているわけではなく、家と店の間は渡り廊下で繋がるほどしか開いていない。それゆえに柵はすぐそこにあるのだ。
アリリヤはミュアナを連れて柵まで来ると、開閉柵を開いて、店の方の敷地に入るのだった。
するとそこには、年季漂う店が建っているのである。風化して灰色に近付いた木材によって、家よりは小さい小屋のような建物が形作られているのだ。そして、こちらの区画も店だけではない。
アリリヤたちがさらに店の前まで歩いていくと、店と接続された車庫が見えてくるのである。
併設された車庫は屋根付きで同じく木造だ。だが、店よりはよほど新しい木材の質感を表している。
そして屋根の下、地面に降りて休んでいる浮遊車の前に、二人は立ち並ぶのだった。途端ミュアナが気付いたように言うのである。
「あれ……? 形が……」
「そう、分かる?」
ミュアナは言ってしゃがみ込むと、浮遊車の、特に底面の膨らみを見る。
すると、アリリヤが得意げな顔で言うのである。
「実はねミュアナ、この浮遊車シェキナ様が改造してくれたの」
途端、弾かれたようにアリリヤを見上げるミュアナ。その顔は驚愕と、喜びが半々だ。
「おじいちゃんが⁉」
すると、アリリヤが浮遊車の底部を指差して言うのだ。
「ミュアナが今見てたそこ、膨らんでるでしょ。そこを改造したんだよ。それが対策」
「そうなんだ……」
ミュアナはそれを聞いて再び底部のふくらみを見て、すると和やかな笑顔になって膨らみを撫でるのだったが、しかしすぐに立ち上がって、考え込むように握った杖を指でたたくのだった。
「お姉ちゃん、ちょっと見てみていい?」
「時間はまだあるし、いいよ」
すると、ミュアナが車庫の中に立ち入って、浮遊車をあらゆる方向から眺め始めるのであった。
浮遊車は白い革靴のような形をしていた。車体全体は真っ白に塗装されているが、しかし元が金属であるために光沢を表している。そして車体の側面が、屋根から底面にかけて末広がりで広がっている上に、前面から後部にかけては先細りしているため、靴のように見えるのである。
しかし、ミュアナが最後に見た浮遊車は、底面に膨らみなどなかったが、いまは、底面に一回り大きい底面を重ねたような姿になっていたのだった。
ミュアナは浮遊車をぐるっと一周眺めるなか、変化した底面の膨らみを主に検分していたが、しかしついに一周してしまったのち、わからないと言わんばかりに眉間に皺を寄せてアリリヤを見るのであった。
「全然わからないよ。どんな改造したの?」
「それはね……、乗ってみてから」
「お姉ちゃん……、もしかして具体的なことは知らない?」
「うっ……、さ、さあ、灰壺と杖は預かるから、早く乗って乗って」
「お姉ちゃん……」
ミュアナがじとっと見るなか、アリリヤはミュアナから灰壺と杖を受け取るとそそくさと車体の右側に回ったので、ミュアナも反対に回ると、扉を開けて一段二段と、祭服を引っ掛けないように段差を昇って乗り込むのだった。
車内の内装は簡素だ。豪華に設えられているわけではなく金属板がそのまま露わになっているところが多い。所々革や布が使われていて、足元にも絨毯のようなものが敷かれているが、しかし内装といえばそれくらいである。
席は三席分、三脚の椅子だ。それぞれ独立した一人用の椅子が、前に二脚、後ろに一脚、床面に固定されていて、いまは、アリリヤが後ろの席に大きい杖と灰壺を縛って固定しているところであった。
また、後席よりさらに後ろは先すぼみしており、後席から最後尾までの三角の空間には荷物がかなり置かれていて、特に杖を何本も収納できる専用のコンテナが積まれていた。
そしてミュアナはそんな車内の様子を眺めたあと、横から入り直してきたアリリヤを見るのだった。
「それでお姉ちゃん、どうするの?」
「まずミュアナにはこれを使ってもらいます」
席に座ったアリリヤはそう言いつつ、ローブの前を開けて、腰に吊り下げていた杖鞘から杖を抜くと、ミュアナに手渡したのである。
「これは……」
受け取ってすぐにミュアナは杖をくるくる回しながら全体的に眺め始める。その杖は長さが30センチほどしかない木杖であった。柄という柄は作られておらず、尾部の膨らみからただ真っ直ぐに伸びた杖だ。しかし先端だけ少し違う。先端が凸凹としていて、鍵のような形になっているのである。
すると、ミュアナが先端を触りながら言う。
「鍵型杖の一種だね。これはこの浮遊車のものっていうこと?」
「そうだよ、そこに挿してね」
そう言ってアリリヤが指差したのは、ミュアナの座席の前に屹立した差込口である。座ったミュアナの膝よりも高さがあり、口を開いていた。
しかし、ミュアナが不安げに言うのである。
「え、私が運転するの? ダメだよお姉ちゃん。私は浮遊車の運転自体はできるかもしれないけど、前を向くのが……」
不安げな声は尻すぼみに消える。だがアリリヤはミュアナを見つめて安心させるように言うのだ。
「大丈夫、シェキナ様の改造で、この車はミュアナが前を見なくても運転できるようになってるから」
途端ミュアナはきょとんと表情を飛ばすのである。
「ええ…………? どういうこと…………?」
するとアリリヤが得意げに自分の前を指差すのだ。
「これ見て」
「それ……なに? すごい大仰っていうか、いろんなレバーが付いてるけど……。前のガラスとの間にもカバーが増えてるし」
ミュアナの前に差込口があるのに対し、アリリヤの前には様々なレバーが付いていて、そのレバーを覆う様に金属が被さっているのだ。カバーはミュアナの前も同じで、前面ガラスとミュアナたちの間に金属が挟まる形だ。
「これで操縦できるの」
「ますますわかんない……。レバーで魔法が使えるわけでもないだろうし……どういうこと?」
ミュアナは困惑しきりであるが、するとそこでアリリヤが提案するのだった。
「とりあえずミュアナが浮遊車を浮かせられないと操縦もできないから、一旦ミュアナが運転の魔法を使えるか確かめてみよう?」
「うーん、あんまり納得いかないけど分かった」
「じゃあ、座席の紐で自分を縛っておいてね」
「うん」
言って二人は、太い紐で腰を椅子に括りつけるのである。
のちミュアナは、差込口の穴と鍵型杖の形を合わせて挿し込んだ。
それを見てアリリヤが言うのだ。
「とりあえず浮かせて前にお願い」
「うんわかった」
ミュアナは頷いて差込口に挿した杖を握る手に少し力を籠める。その途端、差込口と杖の隙間から光が漏れ始めて、そして次の瞬間一気に浮遊車が浮いた。急激な浮遊感がミュアナたちを襲って、同時、前面ガラスから見える景色が天井すれすれまで上がって、途端二人が同時に思いっきり狼狽える。
「ミュ、ミュアナ‼ 下げて下げて‼」「強すぎた‼ ちょっと待って——」
ミュアナがすぐさま手に力を籠めると、差込口から漏れる光がゆらゆらと変化して、するとほぼ同時に前面ガラスに見える地面が近付いてくるのだった。
そしてようやく浮遊車の姿勢が安定すると、二人で息を吐くのであった。
「ふー危なかったあ」
「怖かったあ……」
二人して安堵の息を吐いて、しかしすぐにはっとする。
「あ、おじいちゃん!」「あ、シェキナ様!」
バッと後ろを振り返ると、席に縛られて微動だにしてない灰壺が二人と顔を合わせたのである。二人は灰壺の無事を確認すると、顔を見合わせて少しだけ笑うのだった。
「おじいちゃんに叱られてる気がする」
「私たち二人とも小突かれてるよ」
そう言ってもう一度笑い合ったのち、二人は前に向き直るのである。
するとアリリヤが今度は前を指差して、言うのだ。
「じゃあ今度は前に出してくれる?」
「うんわかった。今度はゆっくりね」
そしてミュアナが杖を握り直すと差込口から漏れる光が強くなって、同時にガラス越しの景色がゆっくりと寄ってくるのである。
そうして浮遊車は、車庫の屋根から月明かりの下へ徐々に現れ出るのである。車庫から出るたびに地面に影を落として、白の塗装がさらに光沢を露わにする。やがて、浮遊車が全て車庫から出ると、車内の二人も月明かりに照らされるのであった。
すると、アリリヤが尋ねるのだが。
「どう? 運転自体はできそう?」
「運転はできるけど……」
「街中ではできない?」
「うん……、街中で運転するには、運転の魔法を前を見ながらしなくちゃいけないけど、前を向いたらこの眼がね……。正直、運転みたいな複雑な魔法を人の感情を写し取りながらするのは無理だと思う」
言いつつ徐々に不安そうな表情をするミュアナ。しかしアリリヤは言うのだ。
「要は前を見なければ進ませることはできるんだよね? できるんだよこの浮遊車なら」
言ってアリリヤはミュアナを見つめて、真剣な表情を見せながらさらに続ける。
「シェキナ様がそうできるように改造してくれたの、ミュアナのために」
アリリヤのその真剣な表情を見て、ミュアナはたじろぐように言葉を詰まらせる。
「で、でも、どうやって? 操縦って言ってたけど、そのレバーでお姉ちゃんが浮遊車を運転できるようになるの?」
するとアリリヤが言い切るのである。
「ううん、運転はできない。あくまでも操縦」
「そうじゅう……?」
ミュアナの疑問符に、アリリヤが思い出すように言うのだ。
「えっとねシェキナ様が言うには……、ミュアナが昔言ってた自動車っていうものを再現することで——」
「自動車を再現⁉」
途端一気に大きくなったミュアナの声が車内に響いて、アリリヤは体を跳ねさせた。
「びっくりした……」
「お姉ちゃん! どうやって⁉ どうやって再現したの⁉」
ミュアナが席から乗り出して一気に横の席のアリリヤに詰める。元からそれほど遠くないために、顔が至近距離まで近付く。
するとアリリヤも一瞬得意げな顔をするが、すぐに思い出すような表情へと変える。
「確か……ミュアナを動力の役割に充てて私がそれを……、えーととにかく役割を分けて……それから極黒石で……」
「そうか! なるほど!」
アリリヤがうっつらうっつら言う間に、ミュアナは勝手に理解したような表情で感嘆符を口にするのだった。
するとアリリヤが驚いたようにミュアナを見るのである。
「えっ、ミュアナわかったの?」
「うん! わかった! すごいねおじいちゃんは!」
それを聞いて、アリリヤが少し柔らかく笑って、そして真剣に尋ねるのだ。
「じゃあミュアナ、今日はこれで行ってみない?」
するとミュアナも真剣に答えるのである。
「そうだね……行こう」
そして二人で前を見据えるのであった。
のち、二人揃ってガラス越しに敷地の端を見やる。端の先は空中だが、にもかかわらず安全柵はない。そこが浮遊車と客の出入り口であるためだ。
アリリヤがその端を指差して言うのである。
「じゃあミュアナひとまず街に降りよう」
「うん、やってみる」
意を決したようにミュアナが頷いて、杖を握り直すと、浮遊車が前に進み出した。
敷地の土の上をゆっくりと進んでいくと、やがて、土と金属の境界に差し掛かる。
ミュアナはそこで浮遊車を一度止めた。
「ふーーー」
浮遊車を浮かせたままミュアナは深呼吸して、杖を握り直して、その時、アリリヤからの視線に気付いた。
ちら、とミュアナはアリリヤの方を見て、するとアリリヤは気遣うような顔を見せていたが、しかしすぐに強い表情に代えて言うのだ。
「大丈夫」
ミュアナも頷くのである。
「うん」
そしてミュアナは、杖を音が鳴りそうなほど握って、次の瞬間、浮遊車がグンと進んで空中に躍り出た。
「ふーーーー」
そして停まる。杖を握るミュアナの手は震えていた。
下は地上だがまだかなりの高度があり、前面ガラスに見える純エーテル網と外界の景色が高さを表現していた。
するとその時、手を震わせるミュアナを見ていたアリリヤが言う。
「下は何もないよ。何も見なくて大丈夫。外界の方を見ながら真っ直ぐ下ろせばそれだけで着く。怖くないよ、私もいるから」
それを聞いたミュアナはこくこくと頷いて、そして震える声で言うのだった。
「下ろしてくね」
途端、今度は浮遊車の前面ガラスから見える景色が上へ過ぎ始めた。徐々に徐々に、景色の高度が下がっていく。車体が真っ直ぐ下へ降りているのだ。
さらに下へ下へ降り続けていると、前面ガラスが切り取る景色のなかで、純エーテル網の縦横で繋がった十字路が二個三個と通り過ぎていく。その間ミュアナは、純エーテル網から向こうの外界を見ていた。瞳の色は変わっていない。
するとアリリヤが、
「その調子、私の方は見ちゃだめだよ。そのまま真っ直ぐ降ろしていけば着くからね」
アリリヤ側の側面窓の向こうに立ち並ぶ、高層住居の街並みを気にしながらそう言うのだ。
ミュアナはそれを聞きながらしかし返事をすることもなく、ひたすら外界を見つめて、ゆっくりゆっくり浮遊車を降ろしていく。
そうして、車体がようやく高層住居の屋根を通り過ぎた。アリリヤも住居側を見ながら言うのである。
「いま屋根を過ぎたよ。地面まであと半分だからね」
言いつつ、アリリヤは窓から下を覗いて、地面との距離を測るように見て続ける。
「地面に近くなったら一度合図するから、合図したらとめ——」
その時、強烈な風が吹いた。外界から純エーテル網を吹き抜けてきた冷たく強い風が浮遊車を叩いたのだ。
「んっ」
瞬間、ミュアナが声を漏らした。吹き飛ばされることはなかったが、しかし、突然の強い風に姿勢を崩して、車内も揺れて、途端下を覗いていたアリリヤの体が曲がる。
「きゃあっ!」
刹那、ミュアナは杖を握りこむと、アリリヤの体を掬い上げるように浮遊車の姿勢を戻して、すぐさまアリリヤの方に振り向いてしまったのだった。
「あっ」
今度はミュアナが声を漏らす。その時ミュアナが見てしまったのは高層住居が立ち並ぶ街の方。しかしそこに見える住居の屋根をすでに過ぎているために、奥へ立ち並ぶ住居は、普通、人には見えない。
しかしミュアナの眼にははっきりと映った。大量に存在する光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光、光。
その瞬間、ミュアナの瞳全てが極彩色に染まる。
「ミュアナ!」
次の瞬間、アリリヤが横の席から腕を伸ばしてミュアナの顎をぐいと上げて、真上を向かせたが、しかしミュアナは、瞳の焦点が全く合わないまま、意識が飛んだようにうわごとばかりを口から出す。
「うあぁぁあああぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁぁあ」
その間、瞳には赤、青、緑、あらゆる色が入り乱れて、虹彩も瞳孔も鮮やかに支配されて、同時に体もがくがくと痙攣を起こしていた。
「ミュアナ! ミュアナ!」
アリリヤの悲痛な叫びがミュアナに向くが、しかしその間にも浮遊車はどんどん姿勢を崩して、上下が左右に変わっていきながら、さらにぐるぐると円回転し始める。
「ミュアナっ! ミュアナっ‼」
回転する車内では、ミュアナもアリリヤも体を揺さぶられていた。だが、アリリヤはミュアナを離さず、何度も舌を嚙みながら、ミュアナを呼び続けるのだ。
しかしついにミュアナが杖から手を離して、直後、浮遊車は回転しながら落下を始めるのであった。
「うッくうッ、ミュアナ‼」
途端二人の体が浮いて、紐でがくんと引き留められて、直後アリリヤはミュアナの頭を横から抱き込んで、
「ごめんね」
掠れた声でそう呟いて、目を閉じたのだった。
その直後――
「だ、だいじょう……ぶ」
ミュアナの声が車内に響いたのである。そしてミュアナはアリリヤに抱かれつつもすぐさま杖を掴んだ。
途端、差込口から再び光が漏れ始めて、同時、浮遊車の回転も落下も徐々に減衰して、やがて安定した姿勢で止まるのだった。
「ミュアナ!」
途端、アリリヤが安堵を滲ませた声でミュアナの顔を覗き込むと、ミュアナも、白まで含んだ極彩色の瞳でアリリヤを見つめ返した。
「このままおろす……から……」
ミュアナはそう言いつつ体を起こそうとして、しかし力が入らずアリリヤの腕にへたり込んだ。
「私が起こすから……」
アリリヤがミュアナの体を手で支えながら起こすと、ミュアナが杖を握り直して、すると浮遊車が再び降下を開始するのだった。
しかし、その後もミュアナの体は傾いて、アリリヤの手にずっと体重をかけたままであった。そのうえ、ミュアナの杖を握る手はぶるぶると、アリリヤに振動すら伝えそうなほど震えていた。
「おねえちゃん、しんぱいしないで……」
それでも前面ガラスの向こうを見据えてミュアナはそう言うが、アリリヤはその時、ミュアナを支えながらミュアナに見えない角度で、声もなく泣いていたのだった。
やがて、地上が近付いて来る。土の地面だ。そこまで来ると、前面ガラスからでも草むらや土に埋まる石まではっきりと見て取れた。
そうしてついに、浮遊車はズンと重さを地面に載せて、地上へ降り立ったのだった。
するとアリリヤが涙の痕跡すら見せずにミュアナへ顔を向けた。
「ミュアナ」「ごめん」
しかし同時、ミュアナはアリリヤの呼び掛けに構わず、バッと扉を開けてすぐさま走っていくと、道端の草むらまでたどり着いた瞬間、胃の内容物をぶちまけたのだった。




