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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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21 看病



「ふっふ〜んふふ〜」


 鼻歌を廊下に響かるほどご機嫌な少女は、二つのトレーを魔術で追従させながらスタスタと歩く。

 ここは王宮の王族居住区だ。リンクスは迷いのない足取りで目当ての部屋にたどり着くと、ノックをして返事を待ってから入室した。

 中は白と青を基調にした家具と、可愛らしい小物に包まれた部屋だ。だが、リンクスはそれらに見向きもせず部屋の主へ一直線に近づいた。

 魔術で適度な温度に保たれたチーズリゾットの乗ったトレーをベッドの隅に乗せ、自分も腰掛ける。

 もう一つのトレーは、ハチミツのかかったヨーグルトやクルミの菓子だ。これらはサイドテーブルに。

 いい匂いのするリゾットを匙に少量取り、ベッドの背もたれに寄りかかるシンシアの口元に運んだ。


「シンシア見てみて〜昨日までのガチ病人食より絶対美味しいよ! はい、あ〜ん」

「この歳で、それは、恥ずかしいのだけど……」

「え〜普通じゃない? みんなにも好評なのにな」

「………………その『みんな』が誰なのか聞くのは、恐ろしいから辞めておくわ……少なくとも、今後異性にはやらないこと。はぁ……本当魔性の人ね」


 悪態をつきながらパクッと咥えた。咀嚼し終えると「美味しい……」と、小さく呟く。

 リンクスの持ってきた料理はシンシアの好物ばかり。疲労から昨日まで寝込んでいたシンシアを思って、王宮の料理人達がせっせと作っていたものだ。この一言で泣いて喜ぶだろう。


 新年のパレードでの誘拐事件は、リンクスの活躍もあり事件が表沙汰になる前に装束した。

 それをいいことに、誘拐事件そのものを無かったことにしたのだ。

 体調を崩したシンシアの為、転移魔術を使用したところ、護衛ごと移動する筈が取り残された……ということにした。師団のしくじりをあえて残し、シンシアの名誉を優先したのだ。

 幸いにも連れ去られた瞬間や、リンクスに連れられて戻ったシンシアの姿も目撃されていない。そのまま受け入れられている。

 国外からの招待客に無様な姿を披露することなく、アルカディア王国の威厳は一応保たれた。


(でも身内には何人かバレてそうだけどね)


 リンクスは昨日たまたま顔を合わせた男を思い出す。

 食事の終わったシンシアは、そのなんとも言えないリンクスの微妙な表情を不思議そうに見た。


「どうしたの?」

「あ〜……今日あたりからの賑わいも毎年すごいよね。買い物袋をいくつも抱えてる人がうようよしてる」


 この部屋の窓からは街の様子は見えないが、今日は多くの隊員が街へと駆り出されることは知っていた。


「多くの店が通常営業に戻るのと、新年セールをするからだと思うわ」

「あぁそれが目当てか。安いからって余計なものを買い込んで『え? これいつ買ったやつ? 何に使うの?』ってなるんだよね。うちのところも、アディとかプルクラとかが要らない物まで買ってきて部屋に積んでるよ」


 滅多に買い物をしないリンクスは、人混みの多い日にわざわざ出かけることは少ない。

 ただ、食の情報に関しては敏感に察知して休日に食べ歩きをしたり、買い物好きな仲間達に誘われて出かけることだってある。


「――でね、東裏通りにあるお店の、一日十個しか作らない冬限定のチョコケーキがすっごく美味しいの! 予約も持ち帰りもできない幻のケーキだから、私もなかなか食べられないんだけどめっちゃオススメ」

「……リンさんは、この街のことをよく知ってるのね。そのお菓子もいつか食べてみたいわ……パティシエの方を王宮に呼べたりしないかしら?」


 困ったような残念そうな顔で弱々と呟いた。


「わざわざ招かなくても、お店に食べに行けばいいじゃん。……ん? もしかして、街に行ったことないの?」


 シンシアの反応から推測を立てたが、どうやら当たったらしい。


「…………馬車から見たことならあるわ」

「うん。それ行ったうちに入らないね!」

「だって、賑やかな王都を実際に見てまわりたいと言っても、王宮から見渡すことしか許されなかったの。王族が自由に街を歩くのは難しいわ」


 国によって違うだろうが、アルカディア王家の者は魔術師団による厳重な警備の中過ごす。

 奔放なクロエやゼノンですら単独行動は滅多にしないのだ。


「うん。特に今の時期は普段出入りしないようなやつもいる。連れ出すのは難易度高めかもね」

「えぇ、だから学園では比較的自由に過ごすことが出来て嬉しかったわ。これ以上はわがままというもの」

  

 無理して笑って諦めている。

 リンクスはその顔を見て、身を乗り出し尋ねた。


「うん。だから、私と観に行く?」

「…………えっ?」


 シンシアが驚きで目を大きくする。


「私と一緒なら危なくないでしょ。なんなら第四部隊総出で街の見回りとか護衛させる。そこまですれば陛下の許可も降りるはず。その日は世界一安全な観光になることを約束するよ」


 リンクスは頬杖をつき、一人慌てるシンシアの様子を眺める。


「えっえっ、……その、いいの? ……いえ、実際には難しいでしょうし、そう言ってくれるだけで嬉しいわ」

「もっと甘えていいのに……そうだ、()()をしよう。今すぐとはいかなくても絶対叶うように。大丈夫、みんな優しいからね〜『お願い♡』ってしたら、なんでも言うこと聞いてくれるよ」

「こ、これが小悪魔テクね……!? 不意打ちでカッコよさと愛らしさの連続攻撃を浴びせてくるなんてずるい! 少しドキッとしてしまったわ! そうやって、勘違いしてしまった犠牲者を何人出したのかしら!?」


 またシンシアの口から訳の分からない単語が出てきた。文句を言いながらも嬉しそうだ。


「……姫様が楽しいならいっか」




 その後もほのぼのと過ごす二人の元へ、嵐は突然やって来た。


「ごきげんよう! 可愛い子猫ちゃん達〜!」

「姫様、一緒に逃げよっか」

「ちょっとちょっと、待ってよリンちゃ〜ん! お姉さんは、貴女に伝言を伝えて交代する為に来たのよ」

「伝言〜?」

「耳を貸して……」


 クロエはシンシアに聞かれないよう耳打ちで伝える。言伝を聞いたリンクスは渋面を作った。


「……あ〜それは私が行くしかないやつ。姫様、少し席外すね」

「えぇ、お気をつけて」

「すぐ戻るから」


 シンシアを気遣ってなのか、お行儀よく扉から出て行く。相変わらず猫のような俊敏さだ。

 クロエは魔法で椅子を作ると優雅に腰掛けた。


「シンシアちゃん、調子はどうかしら?」

「もうすっかり良くなりました。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「謝らないで。貴女は何も悪くないのだから。まだ数日は、大人しくリンちゃんに看病されてなさいな」

「ですが、明日は顔合わせの予定があったはず」

「それは延期になったの。事情を少しだけ話したら、先方は快諾してくれたわ。まぁ、ここで駄々を捏ねてアルカディアの不評を買い、話自体を反故にされるのが一番悪手でしょうし当然ね」


 まだ極秘に進めていることだったのも助かった。

 だが、正式な婚約とはなっていないだけで、ほとんど既定路線なのだろう。シンシアはクロエの言葉からそう推察した。


「延期とのことですが、次の機会はいつに?」

「半年後……正確には、夏季休暇で貴女が王宮に戻った時になりそうよ」

「……」

「やっぱり不安かしら?」

「お相手の方に関してであれば違います。人格に大きな問題も無さそうですし。それに、どのような方であっても寄り添う覚悟は決めていますので。ただ……」


 どうにも引っかかるのだ。


「エナルガルア殿下……お名前に覚えがあるような気がするのです。でもお会いした記憶はなく……」


 ――エナルガルア・アクアリウス・ポタミア。

 シンシアの暫定婚約者である男の名前だ。


「シンシアちゃんは勤勉だもの。他国の王族について、以前にお勉強してたのではなくて?」

「……そう、なのでしょうか。なにか……忘れているような気がしてしょうがないのです」


 この名前を口にすると、焦燥感のようなものが生まれる。だが、どんなに考えても王子本人と接点などなかった。

 クロエは否定することなく、俯く姪に優しく声をかけた。


「閉じ込めてしまった大切な記憶があるのかもね。彼の名前が蓋をしてしまった記憶への鍵ってところかしら。それがどのような記憶なのか気になるでしょうけど、今思い出せないということは、まだその時ではないということよ。然るべき時になれば思い出せるわ」

「しかるべき、とき……」


 美しく柔らかい手がシンシアの頭をそっと撫でる。


(……他人の記憶を操作するような魔術もあるのかしら。いえ、まさかね)


 そんな馬鹿な考えを頭の片隅にやり、ほんの数分の間だけと、その温かさに身を委ねたのだった。



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