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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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20 在りし日を思う



 夜も更けた頃、リンクスは数時間振りに第一王女の部屋から姿を現した。

 防犯の仕掛けをすると、飛行魔術で目的地まで風のように駆け出す。

 何故リンクスがシンシアの部屋から出てきたのかというと、数日間の護衛の座を強引にもぎ取ったからだ。


「疲れたな〜最後のお仕事は、団長に変わって貰えばよかった〜」

 

 ぼやきながら魔術塔の中庭で佇んでいたロティオンの横に舞い降りる。

 急な来訪者にも関わらず、耳をぴくっと動かすだけのほぼ無反応だった。まるで、初めからこの場所に降り立つと分かっていたように。


「団長は去年担当されただろ。それに、昼のパレードが魔術師団の役目なら、夜の儀式が八法士の役目。疲れたから免除なんてことはありえない」

「はいはい分かってますぅ〜ロティオンよりも歴は長いのでねっ」


 すぐさま踵を返し魔術塔の中に入っていくロティオンに、リンクスは文句も言わず後に続いた。

 ロティオンは既に身支度を済ませていたが、リンクスは着替えていない為、時間があまりないのだ。

 だが魔術で補助してしまえばそう時間は掛からない。リンクスの準備を終えると、二人は魔術儀式を執り行う部屋へと急ぐ。

 この儀式はパレードとは違い、世間に秘匿された新年行事であり、代々の八法士と王にのみ口伝されてきた数百年続く伝統を持つ。

 毎年二人一組で行い、今年はリンクスとロティオンが担当することに決まっていた。


「私、あの後ずっとシンシアについてたから何も聞いてないんだけど、捕らえた魔法士はどうしたの?」

「地下牢に繋いだ。傷は治っているみたいだが、出血が多かったせいかまだ目覚めていない。取り調べ後は離島の監獄行きだろうな」


 離島の監獄は、一度入ったら出られない魔術士にとって最悪の流刑の地。大罪人は魔封じの枷を付けられ、そこで寂しく一生を終えるのだ。

 未遂とはなったが、王族を害す者の当然の末路と言える。


「珍しいな、そんなこと気にするなんて……何か気掛かりがあるのか?」

「ん〜……ま、私の領分じゃないことには口を出さないよ。素人が口出して混乱させたくないし。ただ、地下牢の警備や移送準備は万全にしておくべきだと思うな。主に魔法干渉対策を」

「……伝えておく」

「ちなみに、間抜けな第一部隊の護衛どもに関して、陛下は何か言ってた?」

「処分は団長任せになった。明日には処罰の内容が決まるだろう。何かする気なら、団長に許可を得てからにしろ」

「あははっバレてる〜……ま、ここ最近の王都のゴタゴタは一旦片付きそうで良かったじゃん。そこそこ良い結末なんじゃない?」


 二人は今日の出来事を振り返りながら目的地を目指す。

 王宮に幾つか存在する中庭に出ると、ベンチで酒を飲みながらくつろいでいる人物を見つけた。

 燃え尽きた灰のような髪、炎の色をした目が闇世に映えている壮年の男だ。男はすぐこちらの存在に気がつくと、親しげに声をかけてきた。


「月を肴に酒を飲んでいれば……思わぬ人物に遭遇したな」

「それはこっちの台詞だよ」

「実に喜ばしい再会だ、友よ」


 北の二大貴族ヘルクレス家の当主であり、引退した前八法士――ゼスト・ヘルクレス。

 リンクスにとっては元同僚であり、スピサの父に当たる。


「ご無沙汰しております」

「あぁ、君ともこうして話すのは久しいな……ん? よく見ればその服……あの儀式用か。夜遅くまで出歩いてる悪い子どもがいると思ったら、アレなら仕方ない」

「別に子どもじゃないけどね! ゼストには特別に、この素敵な衣装をよ〜く見せてあげる」


 そう言って腕を広げ衣装のアピールをし始めた。

 今夜のリンクス達は八法士の正装に身を包んでいるが、衣装には普段より華美な儀式用のアレンジが施されていた。

 月をモチーフにした羽織ものは月光に照らされキラキラと輝き、魔術式が描かれた布がひらひらと舞う。帽子にはリンクスが生み出した花が添えられて、いつもより華やかだ。


「この繊細で美しい刺繍はアクィラ作だな。衣装が一段と輝いて見える」

「でしょ〜アクィラねぇが新しく作ってくれたの! この辺りに、それぞれの目の色で刺繍が施されてて最高でしょ。あっ、杖だってピカピカに磨いたんだから!」


 いつもより輝きを放っている杖を、見てみてと前に掲げる。子どものような仕草だ。


「おぉ、リンクスがちゃんと杖を持つなんて珍しい。装飾過多で重いとか言って置物にしてるだろうに。明日は槍が降るな」

「そこまで珍しくないし、昼の式典でも持ってましたが〜!? その目は節穴ですかね!」


 ビシッと指を突きつける。その仕草に「失礼だ」と叱ってロティオンが手を下ろさせた。

 そのやり取りによって、ゼストの眼前に興味深いものが映った。それは、二人の指に光る揃いの指輪。


「揃いの魔石の指輪なんて……仲良しだな」

「これ? これはね〜二人で初めて、上位種を倒したときの魔石で作った指輪だよ。普段はしないけど、式典に出る時はこういうの着けて、強さアピールしとかないとね」


 琥珀色の美しい魔石は、地龍の上位種からしか取れない希少な魔石だ。

 まず市場に出回らないが、売れば相当な値段がつくとされる。実際に目にしたことはないが。

 理由はいくつかある。まず上位種は、害獣と認定され討伐命令が出なければ手を出さない決まりだからだ。こちらから仕掛けることは許されていない。

 そして上位種の魔獣には、圧倒的な強さと頑丈さ、知性があり、戦いは壮絶なものになる。魔獣の弱点たる魔石を狙うのが戦闘の定石で、魔石が残ることは珍しい。


「いやはや、いいものを見せてもらった。一時しか見れぬとは実に惜しい。……アピールとして、ずっと着けていればいいのに……ロティオン殿もそう思うだろう?」

「…………」


 ニヤッと笑うゼストに、少し機嫌が悪そうなロティオン。先達の揶揄いにロティオンが噛み付く前に、リンクスの空気を読まない発言が挟まる。


「え〜指輪って窮屈だからずっとは着けたくない」

「そういうところは変わらないな……」


 呟くような声には、鈍感、残念な人と言外に含まれていたのだが、リンクスはそのことに気づかなかった。


「はぁ?」

「いや、なんでもない。私はそろそろ行くよ。この後前八法士組で宴会でな。リンクスはまだ引退してないが、儀式が終わったらどうだ? <残星>のが喜ぶぞ」

「行くわけないじゃん。お酒はほどほどにしなよ。みんなによろしく」

「残念だ。それではな二人とも」

 

 背を向けたゼストは、背後のリンクス達に手をひらひらと降り去っていく。


「私達も行こっか」

「あぁ」


 気を取り直し、目と鼻の先の建物に入り最上階を目指す。王宮の建物にしては、人気のない静謐な場所だ。最奥まで辿り着くと、そこには一つの絵画が飾られていた。リンクスは花の蕾ばかりの不思議な絵に向かって呪文を唱える。


「開け、花」


 リンクスの言葉に従うように絵が動き花が咲いた。大きな絵画は見る見るうちに扉へと変わり、ゆっくりと開かれる。


「はい、入って入って。勝手にすぐ閉まっちゃうから」

「自動で閉まるのか。他の仕掛け扉より厳重だな」


 中は天井がガラスに覆われた占星術にピッタリの部屋だ。それもそのはず、この部屋は天体観測の為に作られたらしく、多種多様な観測道具が保管されている。


「懐かしいな……と言っても、あまりこの部屋の中に入ったことは無いんだけどね〜」


 普段、カランコエの間と呼ばれるこの部屋に出入りすることは少ない。昔は定期的に使っていたが、王の代替わり以降訪れることはほとんどなかった。

 

「前に言っていた秘密基地か?」

「そう。ここにあの人達を連れてきて、無理やり休憩させてたの。私はその間シメオンの相手をしてあげたり……楽しかったぁ〜」

「野放しの犬だな」

「『護衛であるお前が陛下達を連れ去るなど言語道断だ!!』……ってよくラーヴァに怒られたっけ。アルタイア様を箒の後ろに乗せて飛んだときの、皆んなの驚いた顔面白かったな〜あっ、その本に自分の名前を書いて」

「周りの心労が目に浮かぶ」


 当時第一部隊にいたラーヴァを筆頭に、色んな人に追いかけられたものだ。

 リンクスはとんでもない昔話を嬉々として語る。一応手順の説明も忘れない。


「先に名前書かないと魔術の上書きとか一切できないから順序注意。そしたら最初は結界の一時的な書き換えね。効果は弄らず範囲だけを広げるの」

「あぁ……なるほど、認識阻害と人払い用の結界が常に展開されていたのか……随分難解な術式だな」

「魔術自体古いものだからややこしいよね。でもコツがあって――」


 儀式の準備は着々と進み、部屋の中央に浮かんだ陣に向かい合って立つ。


「さて、お供えしたし香も焚いたから下準備は完了。ロティはこのまま空間維持担当して。私はこっちを担当するから」

「最後に何をするんだ?」


 質問に対し、リンクスは意気揚々と返答した。


「なんと…………歌を歌います!」


「……………………はぁ?」


 ロティオンの声が一段低くなった。怒った時のやつである。

 リンクスは至極真面目な態度を装い、先ほどのトンチキな発言について説明する。


「待って落ち着いてっ……正確には、初代王妃スー・アルカディアが喜びそうなことであれば、なんでもいいの。贈り物に()()()使()()()()……この決まりさえ守ればね。夜の儀式はスー・アルカディアの為にあるのだから」


 昼の儀式も夜の儀式も本質は変わらない。

 王と王妃への感謝の贈り物。これに尽きる。

 最初は臣下から彼らへ感謝を捧げる日だったものが、形を変え現代にまで残ったのだ。

 今では八法士得意芸披露の場となっている。


「魔術を使わない理由は……?」

「王の方は魔術を好んでいたから、王への贈り物は魔術パレードという形になった。でも王妃の方は魔術を見ることを好まなかった。その為太陽の出るうちは王へ、月の出るうちは王妃への贈り物を、と分けられたのでした……どう? 納得した?」


 探究心の強いロティオンはさらに問いかける。


「王妃自身も魔術に長けていたというのに、魔術を好まなかったのか?」


 その問いには明確な答えを持ち合わせていなかった。

 リンクスが初代王妃に関する書物を読み漁っていた時期にも、その理由までは見つからなかったのだ。


「別に疑問に思うところでもなくない? ……魔術に関する悲しい思い出の一つや二つあったんじゃないの? 知らないけど」

「リンクス……?」


 無意識に出てしまったいつもより硬い声に、ロティオンが反応してしまった。

 天気よりもコロコロと変わりやすいリンクスの機嫌なんて、いつもなら一々気にかけてこないのに。

 

(……さっきから懐かしむことばかりだ)

 

 結局、リンクスは有耶無耶にすることを選んだ。


「さ、早く終わらせよ。片付けるまでが儀式だからね」


 儀式への疑問も、この歌声も、彼女には届かないだろうけど。喜んでくれるように心を込めて。


「――親愛なる王妃へ」


 大きく息を吸い込み、リンクスは歌い出す。

 そのどこか懐かしく感じる歌で、儀式に幕を閉じたのだった。



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