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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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19 また一つ、ベールが剥がれて



「…………っ!? ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!!」

「壊そうと思えば今の攻撃で全身壊せたんだけどさ。姫様が安心して過ごす為には、『犯人は生きたまま捕らえて、全て吐かせ、根本から解決しないとだよ』……って言われてるの。だからこの程度で終わらせてあげる」

「はっ、何がこの程度だ……杖を持つための腕を壊しておいて」


 魔術士はなにも杖が必須なわけではない。だが、杖以上に魔術の発動を、精度を助けるものはなかった。

 だからこそ、魔術士にとって杖を持つ腕とは重要な部位だ。

 男は残った手に力を込めて杖を握る。戦闘の意思ありだ。


「くらえっっ!」

「……大人しく捕まれば、これ以上はよしてあげたのに」


 シャックが放った大量の水の魔術が、リンクスに当たることはなかった。一つたりとも到達することなく散っていく。

 そして次の瞬間には、男は前後左右、頭上からも白く淡く発光する槍に包囲された。


「光の槍? 複製か、だが――」

「さっきの攻撃で分かったよ。君の魔法は知覚を騙すだけで、事象を改変させてるわけじゃない。別のものに見えてるだけだ。一般人ならともかく、私の目すらも騙せる認識阻害魔術なんて……すごく面白い魔法だね」


 シャックは水で攻撃してきたように見えたが、実際に放っていたのは風の攻撃だった。

 だが、リンクスの目には水の魔術に映っていたし、おそらく風が当たってたとしても水に当たったと認識していたはずだ。

 リンクスが魔素に敏感な魔法士でなければ見抜けなかっただろう。

 リンクスの考察はまだ続く。


「ずっと不思議だった。一方的な魔術便の飛行距離ではあの部屋に届かない。では手紙はどうやって、執務室まで届けられたのか」


 魔術便は大きく分けて二つ。特定の場所に送るか、人に送るかだ。

 特定の場所に送る場合、宛先をある程度把握する必要がある。

 そして、魔術便の郵送は街中からでは遠すぎて届かない。

 何よりあの案外目立つ魔術便が、誰にも気付かれず厳重に警備された部屋までたどり着くのは不可能に近い。

 以上のことから、リンクス達は内通者の可能性を高くみたのだ。


「君はその魔法で、自分を王の執務室に出入りしてもおかしくない人物だと、王宮の人間に認識させたんだ。そうしてただ普通に手紙を置いただけ。その大胆な姿を見ていても、誰も侵入者だと認識が出来なかった。それがあの日の真実だ」


 出入りの出来る人間は王族、魔術師団、それから一部の貴族と使用人だ。出入りを許可された人間の数事態は多い。仕事の為、王の執務室へと一日に何度も訪れる者もいる。

 その為、誰が何回出入りしたかなんて記録まで残していなかった。


「この魔法なら、顔だって印象操作し放題で子供の誘拐も簡単だっただろうね。勝手に親とか兄弟に誤認して、自分からホイホイ着いてきてくれるんだから」


 リンクスが遠くから見た時の印象と相対してからの印象が違うところから察するに、今も魔法は常時発動中だ。

 嘘と本当を混ぜて戦う厄介な戦法は、こちらの疲労が計り知れない。早急に終わらせるに限る。


「でも私、天才なんだよね〜……魔法では、魔力や魔素までは偽れない。違う?」

「…………」


 リンクスは、この魔法の弱点をたった一回の攻撃で見抜いていた。

 当たり前にシャックの返事はない。盾型の結界を発動するのみだ。


「なら、無理やり答えさせるまで――その魔法、()()()()()()


 リンクスは視界に頼らず、魔力を辿った先に槍を何度も叩き込む。

 負けじとシャックが防御結界を重ねるが、展開する複数の盾の維持が間に合わずその数を減らしていく。

 三つ、二つ、一つ。そしてついに、リンクスの槍は最後の防御結界ごと、シャックの魔法を打ち破った。


「そんな……っ!」


 相手が怯んだ好機を見逃さず、リンクスは続けて槍を突き刺す。


「……グハッ!」


 男の身体に痛々しい傷ができていく。失った腕のせいかシャンクの動きは鈍く、一瞬で灰色の服に赤い模様をいくつもつけた。

 致命傷となるような深い傷はないが、出血のせいか立っているのもやっとな様子だ。


「あなたの……まほ、ゲホッゲホッ……っ、……うっ」


 そしてついに男は倒れる。

 何か話そうとしたようだが、シャックは気を失ってしまったようだ。


「あとさ〜……あれ? もう一人魔法士いるでしょ、って聞きたかったんだけど……これ意識ない感じ? 一応治しとくか」


 呆気ない終わりはよくあることだった。

 リンクスは嘆息を漏らすと、シャックの身体の傷を治してから拘束する。そして転移魔術でロティオンの下へ送った。

 一仕事終えると軽い足取りでシンシアの下へ戻る。


「終わったよ〜姫様、大丈夫?」

「……っは! 怪我はない!?」

「怪我? ……あぁ」


 隊服を見て、シンシアの心配の理由を悟った。洗濯係が見たらひどく嘆く有り様だ。

 服についた返り血や砂埃を魔術で取り除く。これで紛らわしさは解消されただろう。


「ないない。あ〜んな魔法頼りの三流に、私が負けるわけないんだから」


 自信満々に胸を張る様子は、いつものリンクスだ。冷酷に敵を追い詰めていた先ほどとは別人のよう。


「……貴女も、魔法が使えるの……? その槍が、リンさんの魔法?」


 おずおずとシンシアが聞いてくる。さすがに気づいたらしい。リンクスが今、魔法を使ったことが。


「うん。学園では見せる必要もなかったから出さなかったけど使えるよ。私の魔法は――破壊の魔法。触れたものは例外なく壊せる。魔法も物も……人もね」


 リンクスは補助向けの魔術が多い光属性でありながら、この攻撃的な魔法を発現させた。

 だが本来、魔法は魔法士にとって重要な切り札である。魔法の種明かしはしないのが魔法士の道理。

 それを世間話のように話すリンクスは、異質としか言えない。

 リンクスはいつもと違う大人びた表情で、シンシアに自身の魔法を解説する。


「どれくらい壊すかも自由自在なんだけど、私の魔法には『触れる』っていう発動条件があるの。この聖槍はその条件を緩和させる為の特別製の槍だよ」


 この槍にはリンクスの魔法が掛けられている。正確には槍の穂に。要は少しでも傷をつければ魔法発動の条件を満たすのだ。

 その為、一見遠戦や複数戦に向いていない魔法だが、遠くの相手なら先ほどのように槍を投げたり、複数戦ならその分身を作ってカバーしている。


「ついでに言うと、私が触れたものはいつでもどこでも破壊可能なわけでして…………さて、お姫様。私が怖くなったかな?」


 座り込んでいたシンシアを見下ろし尋ねる。 

 学園にいた頃のリンクスであれば、このような状況なら手を差し出すか一緒に座り込むだろう。

 それを敢えて、リンクスはしなかった。むしろ脅すような怖がらせるような素振りだ。


「――怖くないわ。貴女は私の魔法使いだもの。さっきだって、私を助けてくれた」


 シンシアの返答は意外にも、恐怖に震えてはいなかった。


「姫様の魔法使いは、あの学園の中にしかいないんだ。君の前に立つ魔法使いは、果たして姫様の魔法使いと言えるかな? 君を害す悪い魔法使いかも」

「それでも……貴女は絶対、私に害をなさないわ」


 真っ直ぐな信頼の言葉に、リンクスは虚を突かれた。

 普段なら、シンシアの美しい青色の目を美しさを見出しても、力強さなどは感じられない。

 それがどうだ。今シンシアは、リンクスを信じきった真っ直ぐな瞳を向けてくる。

 ときどき見れるこの強い煌めきが、リンクスは一等好きなのだ。


「私のあだ名の一つ、二重人格なの。自由気ままの権化、傲慢で慈悲深く、悪辣だが純粋、扱いづらい天才魔法使い……なんて、師団内であまりにも評価がバラバラだからだって。ね、最悪でしょ?」

「散々な言われようね。どう過ごしてたらそんなことに? 今まで表沙汰にならなかったのが奇跡だわ」

「あははっ……好きに過ごしてただけだよ。それと私、かくれんぼは隠れるのも見つけるのも得意だからね」


 先ほどまでの笑みとは違い心底楽しそうに笑う。

 隠し事が減ったからか心が軽く、今にも飛び回ってしまいそうだった。


「だから、君はその問題児から逃げられない。姫様が姫様でいる限り、私と言う厄災が付き纏うよ」


 シンシアを抱き上げて城の方を向く。


覚悟してて(楽しませて)ね、シンシア」





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