18 姫のピンチに駆けつけるのは
「――その汚い口を閉じなよ……! 変態ストーカー男!!」
背後からの攻撃は、すんでのところで躱される。だが、本命は相手を倒すことではない。
リンクスは素早く身を翻し、二人の間に割り込む。その勢いのままシンシアを腕の中へと抱き込むと誘拐犯から距離を取る。
「…………リンさん? 」
「うん、私」
「助けに……来てくれたの? 第四部隊は王都の外にいたのでは?」
「へへっ部隊の方は抜けてきちゃった!」
茶めっ気たっぷりに宣言して片目をつぶって見せる。
そんないつもと変わらぬリンクスに、シンシアは安堵したようだ。首に回された手の震えが落ち着いてきた。
「ふふん! お姫様を助けるのは魔法使いだって、相場は決まってるからね。姫様のピンチに駆けつけるのは当然だよ」
「……っふふ。そこは王子様じゃないのね。でも、どうしてここが分かったの……?」
「私が探しもの得意なの忘れてた? 国外に攫われたって見つけ出してあげるんだから。まぁ、今回は<深潭>が居場所の検討をつけてくれてたんだけどね」
ロティオンは連絡してきた時点で、シンシアの攫われた先を感知済みだった。
この場所は開発中の区画で、既に王宮に戻っているロティオンよりリンクスの方に近い。だからこそ、こうしてすぐさま駆けつけることができたのだ。
「なぜこんなにも早く追いつかれた? 攫ってからそう時間は経ってない、魔法は完璧だったはず……!」
「姫様持ってかれた時点で一部ポンコツがいるのバレちゃったけど、うちは優秀な魔法士も多いからね。これくらい普通だよ」
護衛の者達を庇うようにシンシアが口を出した。
「あれは対処しょうもない状況だと思うわ。本当に一瞬のことだったの」
「庇わなくていいよ〜第一部隊にはキッチリ償わせるから」
「あ、え……その……」
ニッコリと不自然なほど笑ってるリンクスに、シンシアは顔を青くする。
「いつまでそのように、呑気にお話ししているつもりで?」
突如側の馬車が揺れる。どうやら焦れた男の仕業のようだ。
リンクスは馬車が動かないように魔術で固定すると、シンシアを降ろし体を離した。おまけの結界も忘れない。
「姫様はここで待ってて。す〜ぐ片付けてくるから」
「随分余裕そうですねぇ。魔術師団在籍の実力者とはいえ、貴女が一人で来るとは想像もしていませんでした。熱い友情ですね……リン・メルクーリさん?」
挑発するような言い方で癪に障る。ただでさえリンクスは、シンシアの拉致という事件で気が立っていたというのに。
どうにか怒りを抑え余裕そうに見せる。
「へぇ……そっちこそ色々自白してくれてありがとう『手紙の魔法士』さん」
学園でのリンクスの姿をそちらが知ってるように……こちらもお前の正体を知ってるぞ、と言外に匂わせた。
「おや、もしや先ほどの話を盗み聞きしてたのですか? 王女を囮にして情報を得ようとするとは驚きです。普通すぐ助けて差し上げるべきでは?」
「…………はぁ?」
抑えられなかった。
リンクスの怒りを表すように地面が揺れ動く。ひび割れた地面の中に引き摺り込もうとしたが、空中へと回避された。
「とぼけたこと言うな気色悪男。見つけてすぐ割り込みましたが〜? てか普通、雑草がデルフィニウムに根っこを伸ばしちゃいけないって分からない?」
「あなたこそ、どうして綺麗な花を踏み躙りたくなる気持ちが分からないんですかねぇ。この本能的で情熱的な愛が!」
「頭沸いてる? 愛がそんな汚いものなわけない」
「いぃや。相手を汚したい、絶望させたいという欲も立派な愛の一つ。それがどれだけ異常に見えてもね」
「きっっも」
悪趣味だ。リンクスは内心どころか実際に舌を出した。
「話してたら、今すぐ殺したくなってきた」
煽りあっても時間の無駄にしかならない。
リンクスは光を収縮し、槍を手にした。小柄な少女に似つかわしくない壮麗な二又の槍だ。
だが、不思議と馴染んでいた。
「はぁ〜〜私、人の相手はそんなに得意じゃないんだよね……手加減しないとすぐ壊しちゃうから」
凶悪な台詞を吐きながら、槍を持ち替え穂先を相手へと向けた。シャックも短杖を構える。
「とりあえずその腕、貰うね」
言い終わる前に、既に槍は投げられていた。予備動作などほとんど無いにも関わらず、猛スピードで敵へと迫っていく。
シャックは投擲された槍を完全には避けられず、二の腕を掠めた。致命傷になど到底なりそうにない小さな傷だ。……そのはずだった。
「……は?」
何かが落下するような音がした。シャックは音のした場所を見る。
大量の赤色の中に混じるわずかな肌色。
――腕だ。人の腕が落ちている。
魔術士は、地べたにある少し小さくなった自身の腕を呆然と眺める。
そして、叫びを上げた。
「…………っ!? ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!!」




