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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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17 救いを求め


明日も投稿できるかも……?



 ――シンシアが王宮へ戻って三日目のこと。


「――と、言うわけだ。これで、外出を控えるよう言ったことや君の護衛の数が多いことには、納得頂けたかな?」

「…………はい」


 シンシアは呆然とした様子でどうにか返事をした。顔色は青白く怯えの色が伺える。

 今日シンシアは、魔術師団の使う棟へ伺う為――正確には、リンクスに会いにいく為にディミトリオスから許可を取りに来たのだ。

 最初はわざわざ許可など得ず、軽く護衛に声をかけて赴こうとしていた。行ってみて不在ならまた後日にすればいいと気軽に考えていたのだ。

 だが、朝食の席を共にしていた家族に、魔術塔に行くと話の流れで言えば強く止められた。理由を聞けば、外出を控えるようお達しがあったという。

 少し距離はあるが、師団の管理する魔術塔は王宮にある建物の一つ。入室禁止の部屋はあるかもしれないが、王女であるシンシアが訪れても問題はないはず。

 腑に落ちないシンシアはすぐさま食堂を後にした。

 すでに書類仕事に精を出すディミトリオスに問えば、「連日君の心を騒がすようで申し訳ないのだが……」と珍しく言い淀みながら話し始めた。

 その内容を、シンシアはすぐに理解ができなかった。手紙の件も、国外のきな臭い現状も、どちらも受け入れがたかったが、王女としての返答は一つしかない。


「…………そういった理由ですのね。たしかに王女が捕まった……なんてことになれば、様々な不利益が生まれますもの……かしこまりました」

「……早ければこの冬に決着をつけられるだろう。それまでは、いい子で待っていてくれ」


 申し訳なさそうな表情を浮かべてはいるが、譲る気は一切なさそうだ。

 そもそもこの件は、シンシアの耳に入れたくはなかったのだろう。

 常であれば、シンシアが知らぬうちに全て終わらせてしまうような人なのだ。それが王の守り方だった。


(私……危険な状態なのね)


 わざわざ言葉にしたということは……そういうことなのだろう。

 シンシアの出番など必要ない。むしろ、大人しく安全な鳥籠の中にいることこそ必要とされている。

 だからシンシアはこの冬、父の言いつけを頑なに守り、公務以外で王族の居住エリアから出ることはなかった。



 * * *



(でも結局、囚われの身になってしまったわ。護衛をしていた方達が重い罰を受けないといいけれど……)


 シンシアは現在、馬車の内部に一人ポツンと座っていた。

 ことが起きたのはパレードからの帰り道だ。一人馬車に揺られていたら突如暗闇に襲われ、周りを囲んでいた護衛の魔術士達は全員姿を消していた。

 一瞬のことだった。素人の警戒など何の足しにもならない。


(事態を把握しなくては……私の方が消えたのかしら? もしかして、馬車ごと転移の魔術で運ばれたの?)


 この馬車には魔術を跳ね返す術式が組み込まれている。易々と突破できるものではない。

 相当強い魔法士の仕業だろうか。不安からベールを掴む手に力が入る。


「どう、すれば……」


 対抗しても敗北は必定。逃げるにも、窓から見える景色だけでは、ここがどこなのか見当もつかない。

 それならば見つけてもらうしかない。

 シンシアが救援を呼ぶための魔術を行使しようとすると、突如馬車の扉が開かれた。


「――ふふふ、お初にお目にかかります。麗しの姫君」

「っ!? 貴方は誰!! 貴方が、私を攫ったの?」

「そうです……と、言ったら?」


 扉が開かれた先にいたのは、一人の男だった。灰色の髪に灰色の隊服のようなものを着て、黒いローブを肩にかけている。


「僕はシャック。貴女に焦がれるしがない魔法士です」

「――っ! もしかしてあの手紙の……っ」


 このタイミングで、シンシアを誘拐するような者の心当たりは、一つしかない。

 シンシアは背中に硬い感触を感じた。いつでも反対側から抜け出せるようにと、無意識に距離を取っていたようだ。


「ええ、そうです。フフフ……」


 薄いベールでは、シンシアの強張った表情が隠せなかったのだろう。満足したように男の口角が上がる。

 その笑みに狂気が伺えた。シンシアはどうにか悲鳴をこらえる。


「……なにが、おかしいの」

「これは失礼。なにぶん貧しい出なもので、高貴な姫君の気に触ったのなら謝罪しよう。ただとても嬉しくてね」

「嬉しい……?」

「ええ、ええ! だってあの<アルカディアの秘宝>が、我が手に落ちたのですから!」


 アルカディアの秘宝――それは、シンシアを指す呼称である。

 シンシアがこの国を出たのは、幼少期の一度きり。だがその一度で、同年代の中でも目を惹く美貌は諸外国に知れ渡った。

 これは、その日以来国外に出てこないシンシアを惜しんでつけられた呼び名だった。


「王は抜け目がない。姫君を王宮の外に出しても、警備は万全、人目につかないよう認識阻害の魔術まで掛けて……あぁ! 本当に憎たらしい!」

「きゃ……っ!」


 比較的丁寧な口調が荒くなる。変化は振る舞いにも現れ、シンシアの手を強引に取って馬車から引っ張り出す。その間も男の愚痴は止まらない。


「だから今日に全てを賭けた。それでも成功する可能性は低くてね……あちこちで事件を起こして意識を逸らしたとて、成功確率は五分五分だった」

「事件……?」

「ええ、そうです。パレードと独立を企むルシゴロドのせいで忙しい中……今この王都では、誘拐、強盗、魔獣の襲撃と様々な事件が起きている。これは全部――貴女を攫うための揺動なのです」

「…………っ!」


 ベールが取り払われ無様に落ちてゆく。男は動揺するシンシアの顔を見下ろしほくそ笑む。


「予行練習として少し前から色々と仕掛けて疲労させてたんですけどね、存外魔術師団の連中は元気なやつらばかりで困った。すぐ対処してくる」

「…………我が国の魔術師団は優秀なの。貴方も無事でいられると思わないで」

「ええ、確かにこの国の魔術師団は優秀と言わざるをえない。特に、第四部隊の戦闘力は噂に違わぬ凄まじさだ。魔獣の減りが尋常じゃないほど早く、今使える手札の残りが少ないから……と、こちらは撤退したほどです。間に合わないところだった」

「……っ!」


 パレードの時間は比較的手が空いてるはずの第四部隊まで駆り出されたということは、助けはまだしばらく来ないだろう。


(今回に限っては、リンさんでも来れないわね)


 早期的な救出の望みが薄く絶望的であっても、シンシアは思考を止めず解決策を探し続ける。


(でもここは王都の中のはずよ。王都の結界を超えて転移は出来ない。ならば師団の者が必ず見つけてくれるわ)


 頭の中で自分を鼓舞する。

 その間も男の話は続いているが、聞く価値もない戯言ばかり。にも関わらず逃げ出す隙はない。


(誘拐犯を刺激してはダメ。時間さえ稼げれば助けに来てくれる。落ち着くのよシンシア)

「ふふふ。それに引き換え国民の方は呑気な者ばかりで、簡単に術中に嵌められました」


 シンシアは、ペラペラと罪を告白する軽薄な姿に嫌悪感を抱いた。そして同時に、自分に対しても。


(この男は罪のない人々を傷つけ、そして今も傷つけている――こんな、大した力のない王女を拉致するために? そんなことのために?)


 ……慕情とは、このような醜いものだったのか?

 頭が疑問に埋め尽くされたところで、シンシアを谷底へと落とす回答が出された。


「本命である貴女に辿り着く為、随分と頑張ったんですよ? 全部ぜーんぶ、君のため」


 ――すべてが、私のせいだった。


「あ、ああああ……っ! 申し訳ありませんっお父様、デメテル様! 全て、わたくしのせいで……っ!」

「その顔、……フフフっ最高だ! 美しいその顔が、悲痛に歪む様が何よりも僕を悦ばせる!」


 悲嘆に暮れるシンシアには、男の悦楽に満ちた声は届かない。その美しい水色のドレスが、土に塗れるのを構う余裕などはなく呆然と崩れ落ちた。


(……こんな、見かけだけの王女の為に、どれほどの方に迷惑をかけたのでしょう。大精霊デメテルよ……どうかこれ以上、わたくしの所為で罪の無い人々に被害が出ませんように――)


 気を緩めれば泣いてしまいそうだった。

 救いを求めてしまいそうだった。

 だが、シンシアにその資格はない。

 シンシアは目をぎゅっと閉じ、精霊への祈りを心の中で無我夢中に唱える。

 そこへ一陣の風が吹く。


「――その薄汚い口を閉じなよ……! 変態ストーカー男!!」


 罵倒の声はそう遠くないところから聞こえた。

 それは、つい先日までよく聞いていた……可愛らしい少女の声だった。



王都がデカければ王宮もデカいので、王族エリアから魔術塔(一話の隊長室や魔術研究室とか色々な部屋がある)まで歩くと結構かかります。その為団員は箒移動多め。

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