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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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16 一難去ってまた一難



「私たち、修羅場なんていくつも潜ってきたでしょ? さぁ! 今こそ第四部隊の力を見せる時だよ!」

『はいっっ!!!』

「――多重<加護>、付与!」


 そこからは、圧倒的だった。

 先ほどまでの彼らが手を抜いていたわけではないだろう。だが、素人が見ればそう思ってしまうほどの有様だった。

 リンクスによって上級支援魔術を掛けられた魔法士達は、少しも恐れることなく魔獣へと突っ込んでいく。

 彼らから距離を取り逃げようとする魔獣がいれば、リンクスが空から穿つ。

 魔獣達の悲鳴が轟く。平和を象徴する王都のパレードの裏で、一方的な蹂躙が繰り広げられてるとは誰も思わないだろう。


「さぁブネ、追加の駒は早く出しなよ。この盤上に、私達しか残らなくなるのも時間の問題だからさ」


 魔獣狩りの第四の名は伊達ではないのだ。






 平坦な大地がボコボコに変わりゆく頃。王都内部では、パレードが佳境に入っていた。

 主要路たる大通りを闊歩、あるいは飛行していく隊員達の堂々たる姿が視界に広がる。

 最後の盛り上がりとして、第二部隊の隊長が自身の炎の魔法を披露し、民衆は歓喜に沸いた。

 だがそれを正反対のテンションで見る者が、ここに一人。


「はぁ……午後もリンクスと一緒が良かったな」

「……」


 シメオンはパレードの終着地点の観覧席で、それらをぼんやりと見つめていた。隣には<深潭>の姿と第一王子アレクシオスもいる。


「メンツに作為的なものを感じるよね。はぁ……男三人で見たってなんの面白みもない」

「その発言は王族として許し難いぞ。師団の者達が貴重な時間を捻り出し、睡眠時間を削ってまで取り組んでいたのに対し失礼だ」

「僕はそもそも、パレードを師団任せで行うこと事態反対だけどね。それこそ貴重な時間を奪っていると言えるだろう。彼らにばかりこの国の負担を敷いているとは思わないの? もっと暇そうなやついると思うけど」

「珍しく政治に口出しするとは……()()()にでもなったか?」

「はっ、まさか」


 表情は変わらずに嫌味の応酬が交わされる。

 この場にもしシンシアがいたら、気まずさのあまり失神していたかもしれない。事実、ロティオン以外の護衛は顔を青くしている。

 雨が多くなるアルカディアの冬にしては、雨も降らず暖かな一日を迎えられるはずが、この一帯だけ冷え冷えとしていた。

 バチバチと火花を散らす二人に、傍らの男はこっそりため息をつく。幾度もこういったやり取りを繰り返す二人に呆れているのだ。

 そんなロティオンに対し、思うところがあったシメオンはちょっかいを出した。


「ねぇロティオン。僕の小さくて可愛い王子様は、今どこにいるの?」


 周りの「隊長お願いします! この空気を変えて下さい!」という圧をものともせず、ロティオンは平然と答えた。


「……お答えできかねます。ただ、リンクスは自由にさせておくほうが思わぬ収穫をするやつです、とだけ。むしろ、午前のうちだけでも護衛に就かせていたことをありがたがって下さい」


 ダメだった。ここに救いはない。誰か彼らに胃薬を分けてあげてくれ。

 だが意外にも、争いは続かなかった。


「……そう。なんだか空の様子がおかしいのも、あの子に関係するの?」


 シメオンはその小さな異変に気づいていた。王都を守る結界に、さりげなく手が加えられていることを。


「あれに気付ける才があるのですから、もう少し魔術の道に真摯に取り組むことをお勧めします。あいつも貴方なら歓迎するでしょう」

「いやいやあの部隊にはついていけないよ。僕は兄上ほど強くなれないだろうし、アナほど将来性もない。目立つのも好きじゃないしね。何事もほどほどに、だよ」

「シメオン……お前はまたそのようなことを」


 アレクシオスから、くどくどと小言が飛んできた。シメオンは心底煩わしいという顔を隠さない。


「はいはい。王族として恥ずかしくない程度には学んでる。でも――」


 シメオンは空を見上げて言った。


「弱いままの方が、都合がいいこともあるんだよ」


 



 ロティオンは密かに嘆息した。


(相変わらず無駄に鋭い)


 シメオンの言う通り、第七の魔術士によって結界は中部から外の状況を誤魔化すような細工がされている。

 注目がパレードに集まっているとはいえ、それだけでは流石に外の戦闘を誤魔化せないからだ。

 魔術師団の重役であるロティオンは、耳に引っ掛けた小型通信魔道具から逐一送られてくる外の状況を把握していた。


(今日は蛇のようにしつこく言及されなくてよかった。多少離れてるとはいえ、聞き耳を立てている連中もいる。今の状況が漏れることは少しでも避けたい)


 一年で最も人の多い王都で混乱が起きるのはまずい。足の踏み場もない混雑時真っ只中で、集団パニックが起きれば怪我人は確実だ。下手したら死人が出る。

 その為、現状襲撃の件は一部の者のみが知るところだ。そして対処をリンクス達に一任する、と決まった。

 だからこそ皆、トラブルを気づかせないよう落ち着き払って自分の役目を全うしている。

 心底楽しげにパレードを見ている副団長(ゼノン)などなかなかの演技派だ。内心今すぐにでも飛び出して行きたいだろうに。


(それは俺も同じだ……だが俺も、この場を離れることなど許されない)


 師団内では、新年のパレードの成功は今後一年の運気を左右する……と、される故に失敗は許されない。

 杖を持つ手に力が入る。


(…………っ)


 歯がゆい思いをしていると魔力の揺らぎを感じた。ロティオンは五感を研ぎ澄まし魔力を特定する。

 微弱ではあるが、この精度の結界を通り越して伝わるほどの魔力に、ロティオンは覚えがあった。


「景観が、あまり変わらないといいが……」


 でないと後始末が大変だ。




 * * *




 パレードの終わりは、色鮮やかな花火だった。

 序盤より著しく減った魔獣の姿は、その開花の音が合図だったかのように、ずるずると影に飲み込まれて消えてゆく。


「敵性反応――消失」


 あっけない終わりだった。




「魔獣の出現頻度が遅くなってたし、絶対あとちょっとだった! 途中撤退されて消化不良〜! 全滅するまで出しといてよ!」

「敵にそんな注文をつけるやつ……初めて見た」


 疲労を滲ませたネストルが呟く。

 二人は現在森の中で、倒した魔獣の片付けをしていた。魔石を取りつつ手早く亡骸を処理しないと、王都周辺が腐臭に満ちてしまう。

 戦闘が終わった第四の面々は、死体処理に奮闘していた。


「ビオン、ラウート、そっちはどう?」

『順調です! 既に調査用の状態のいい魔獣数体を、研究施設まで運ばせました』

『同じく。ただ処理が面倒なのが一体いるので、こちらにも早めにお願いしますね』

「りょ〜こっち終わったらすぐいく」


 ネストルの魔法で石にしてしまった魔獣は、魔石以外の部分を素材にすることができない。使い道のない大きな石像が残るだけ。

 だが、そんな面倒になった魔獣の処理も、リンクスにはお手のもの。

 そういった意味でも、二人は相性のいいコンビだった。


「ふぅ〜森の方もすごい数だね」

「うん、最初は魔法使いっぱなしじゃないと間に合わないくらい沢山いたよ……こんなに魔力使ったの久々で疲れた」


 魔力の回復を早めるポーションを飲み干しながらネストルが答える。


「しかもこのあと魔獣の解析があるんだよな……あぁぁっ、今夜は徹夜確定おめでとう! ただでさえ少ない睡眠時間が無いなった! 最悪の新年だ〜!」

「情緒不安定で笑える」


 リンクスは、膝を抱えて喚くネストルを笑って放置した。仕事が修羅場になると、いつもこうなるのだ。毎回構っていられない。


「ここらの魔獣は処理し終わったかな。ネストル次は?」

「うっ……おれはそんなに動いてないから、あとはそこの大樹のところぐらい。視認性の悪い森だし、そんなに遠くまで転がってないと思う」

「ネストルって、ありふれた魔術士の戦い方だもんね」

「普通って言って! 君達のところが特殊なんだよ……槍とか剣は百歩譲って分かるけど、鞭とかキセルとか謎の飛び道具使う人もいるし……それにガンガン前進! な戦い方もおかしい。近づかず倒すスタイルこそ正道」

「おかしくないです〜邪道で結構! 言っとくけど、詠唱の時間突っ立ってるのと動いてるのじゃ、攻撃を受ける確率だいぶ違うんだから」


 この国の栄えある魔術師団の隊長二人は、「魔術の構築が疎かになるだろ!」「棒立ちの魔術士なんて的だから!」と、子供みたいに言い争いを始めた。

 疲れ切っていた丸まっていたネストルは、魔術の話で元気を取り戻したようだ。単純である。

 魔術バカにつける魔法薬はない。


『そこのバカ二人。遊んでるなら暇があるなら、今すぐ帰還しろ』

「――! その声はロティオン!」


 魔術を使っているのか、姿は近くにないようだが、二人の様子を見られているようだ。通信機越しに呆れを滲ませたロティオンの声は、いつもより硬かった。

 そして、ロティオンから発せられた知らせによって、状況は一瞬で緊迫する。


『緊急事態だ。シンシア第二王女を乗せた馬車が行方不明になった』

 


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