14 会戦の合図はパレードの開幕と共に
「本当に来てる……」
遠見の魔術で郊外の様子を見たネストルは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
目眩しの魔術を使ったのだろう。既に結界近くまで魔獣が侵攻していたのだ。
魔術師団のお膝元である王都でなければ、総力を持ってして挑まなければならない非常事態である。
「パレードは新年一発目の重大行事。それを邪魔するなんて命知らず」
「ラーヴァ、計画通りにいかないの嫌いだからね」
今年のパレードは街の主要路を真っ直ぐ進み中央広場の奥、森林公園まで続く王道ルートだ。中身も王道で、箒や馬車に乗りながらパフォーマンス性の高い美しく高度な魔術を見せることになっている。
「絶対に、一分だって開始ずらさないよ。これを知らせたところで無駄」
「同意。『パレードは予定通り始める、そっちで対処しろ』……って言われて終わり」
二人は状況共有の時間も惜しいと判断し、二人だけの対策会議を始めた。
王都を守っている結界の要は、八箇所の側防塔。その内部には宝玉の姿をした魔道具が一つずつ配置されており、一つ壊されるたび結界は脆くなる。
全て壊されれば王都の結界が崩壊する仕様だ。これだけは守り抜かねばならない。
「とりあえず、うちの部隊は七割くらいの人員動かせる。君の所に比べたら少ないけど戦力としては充分でしょ」
「むしろ過剰戦力ってやつじゃん。結界補佐として塔に配置されてる第七のやつに、結界を強化するよう伝達しとく。追加の人員はあまり回せないから……その分森がある西方面はおれだけで行く。君以外はどうせ石になるから一人の方が楽だし」
「ま、妥当か。残りの方面と塔の護衛はこっちで対処するってことで――」
方針は決まった。二人は携帯魔導通信機を取り出して、部下達に任務を下す。
「よし、一斉送信完了。ふふっうちの子達既読早〜い」
携帯魔導通信機(製作者アルクトゥルスいわく、略してケーマ)は、様々な伝達の魔術を仕込んだ魔道具だ。先ほどのように文を送るような伝達方法もあれば、声による伝達も行える。
リンクスが携帯魔導通信機の緊急回線を繋ぐ。これで隊長クラスに直接声を届けることが可能だ。
「――あーこちら第四部隊隊長、リンクス・アーストロ。迷子事件の捜索中、容疑者から王都襲撃の情報を確認。緊急事態のため、これより我が第四部隊ならびに第七部隊は応戦に入る。敵はこちらに任せ、各々方は自分の役割を全うせよ」
ネストルはリンクスのいつもとは違う隊長然とした姿に、心底感心してしまう。
「こういうときは、頼もしいんだよな……」
「隊長はいつだって頼りになるわ。でも、あぁ……いつにも増して凛々しいお姿……素敵」
いつのまにか、恍惚とした表情で少女を見つめる女が横に立っていた。
「ひぃぃ! いつからいたのどっから出てきたの!? さささすが偏愛五人衆ですね怖っ」
「もう一人、その五人衆が来ておりますよ」
「ぎゃあああっっ!!」
魅力的な甘い声は、立派な武器である。
ネストルはそんな背後からの襲撃に、思わず叫び声をあげ、リンクスを盾にするような位置についた。
そんな姿に愉快犯アウルムは「ふふふ」と満足そうに笑っている。笑顔の裏で何を考えているのか……恐ろしくて目を背けた。
「ぞわっ……って! ぞわってした! 見てこの鳥肌! そっそもそも、ななななんでここに……!?」
「迎えを頼んだんだよ。こっから森の方まで結構距離あるでしょ? ネストルが飛ぶよりうちの子に送らせた方が早いし、君の魔力も節約出来て一石二鳥じゃん」
「でもでもなんでこの二人!? 他に適任いなかったの!?」
執事然とした男とゆるふわ美女は、一見無害そうでいて……第四部隊の中でも関わってはいけないタイプだと、ネストルは知っていた。
ある一件の後、他部隊から「偏愛五人衆」と命名された五人。
彼らの前でリンクス・アーストロの話題を出すな。それが良い話でも悪い話でも――と、警告が出てる危険人物達なのだ。
そのきっかけとなった事件を、ネストルは忘れられない。
人目を引くところでリンクスの悪口を言っていた男達が、翌朝鍛錬場の前で吊るされていたのだ。さながら蜘蛛の巣に捕まった虫のようだった。
ネストルは、二徹目の頭を少しスッキリさせようと散歩に出たら、運悪く第一発見者になってしまったのだ。本当についてない。
男達は泣くばかりで、何が起きたのかはついぞ話してくれなかった。犯人は明白なのに誰もこの件には触れない。否、怖くて触れられなかった。
そのため、このとき外国へ遠征中だったリンクスはこの件を知らない。優れた情報統制力だ。
だからネストルにとって、これから戦う魔獣や侵入者より、この同行者の方が恐ろしい。
「プルクラはこう見えて、うちでも五本の指に入る走り屋だよ。アウルムには認識阻害の魔術かけてもらおうと思って呼んだの。あれ割と魔力消費多いし。アウルムはうちの隊員の中でも、この手の繊細な魔術が得意な子だから安心して」
(分かってるけどさ……!)
今は移動時間も惜しい。そんな時は、街中を走るより空を駆けるに限る。
だが、街中を第七部隊隊長がかっ飛ばすなんて目立ち過ぎるし、なにかあったのかと勘付かれるだろう。そこをカバーする助っ人として二人を呼んだ。
本命の魔術士を温存する考えは合理的で正統派だが……あまりにも嬉しくない人選だったというだけ。
「二人はネストルを送った後、西の塔まで戻ってこないとなんだから早く乗ってね」
「ぐぬぬ……」
「隊長の采配に……なにか、文句でも?」
「いえっありません!」
「ふふふっ楽しい旅にしましょうね?」
「はぁ……乗せるなら、わたしの隊長が良かった」
「ちょ、待って……いっ、いやだぁーー!!」
ネストルの抵抗を意にも介さず連行していく。
ぎゃあぎゃあと騒ぐネストル達に手を振って見送ると、リンクスも空高くに舞い上がった。
王都を包む結界の外。遠くの獲物まで、全て見渡せるように。
「さて……一発派手なのいってみよっか」
会戦の合図はパレードの開幕と共に。
「我が眼前で、偽ることなかれ――」
光属性のリンクスにとって、魔力で作られた偽りの姿を打ち破ることなど容易い。
そしてそのまま攻撃に転じる。
「落ちよ――<流星群>」
頭上に掲げた手を振り下ろし、大地へと星の光を落とした。