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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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13 正義の魔法使い、参上


 王都には観光名所としても有名な、大きな時計台がある。

 その時計台の中には、一般開放されていない特別な部屋があった。この部屋の貸し出しも八法士の特権の一つだ。

 その秘密の部屋から、少女の詠唱が聞こえる。軽やかに口ずさむ姿からは、大規模で難易度の高い魔術を行使するようには見えない。


「――、――♪」


 人目を忍び行われる魔術詠唱は、終盤に差し掛かっている。

 中央の大きな魔術陣が、その上にいる少女と隅に避けている青年を淡く照らす。


「展開せよ――<アタランテ>」


 長い詠唱が終わると、魔力の波が一帯を覆い見えない何かにぶつかり割れた。成功だ。

 リンクスは自身の身体を確認する。怠さはあるが、動けないほどではない。魔力も充分残っていた。


「ふぅ〜……我ながら大天才っ」

「全然大丈夫そうで軽く引くわ。相変わらず魔力量も体力も桁外れなことで……」


 ネストルは外の状況を確認する為、すぐ横にある窓を開け魔術を行使する。


「――魔法反応消滅を確認。追跡魔術は……っと、問題なく使えてる。目標は王都南東区画、商業エリアと住宅街が混ざる場所」

「んじゃ〜この調子でガンガン行こっか。道案内は任せたよ」

「こ、子守りが終わらない〜〜っ!」




 窓一つない薄暗いその部屋には、子ども達が押し詰められていた。

 子どもということ以外何の規則性もなく集められた彼らは、虚な目で虚空を見つめている。

 側には男が二人。髭面で体格のいい男と、軽薄そうなひょろっとした男だ。

 明らかに異様な空間で髭面の男の苛立つ声が響く。


「おい、まだ連絡は来ないのか?」

「侵入自体は成功してるでしょうけど……監視の目が多くて連絡役すら行動に移れてないんかね」


 横柄な態度から上下関係が推測できた。この髭面男の方が上らしい。

 男は焦ったさからか、貧乏ゆすりが止まらない。


「くそっ……ガキどもに使ってる薬だって長くは持たないぞ。見つかるのだって時間の問題だ」


 子ども達の異変は、薬によって引き起こされていたようだ。意識を朦朧とさせる魔法薬でも使ったのかもしれない。


「パレードが終わるまで見つからないような魔法を掛けてるんすよね? じゃあ大丈夫なんじゃ?」

「この国の魔術師団を舐めるなよ。師団には解除術式を使うネオ・アグリガ、魔術解析学の権威ネストル・アルヒミアがいるんだ。この国で魔術を使った犯行はいつか明かされる。だから今日なんだ。師団の部隊長、特に<転変>は王様の警護で離れられないからな。毎年発生する迷子の捜索ごときに出てくるわけがない」

『なるほどね〜』

「俺たちは子ども攫って大金せしめ、国外にさっさとトンズラだ……?」


 男は言葉を止めた。

 相槌を打った高く軽やかな声。これは自分の手下の声ではないと気づいたのだ。


「……っ!」


 男達は背中合わせになり周囲を警戒し始めた。

 アルカディア王国では、住居に対して複雑な防衛魔術が施されており、透視や盗聴が外から行えないようになっている。さらに地下の隠し部屋の存在は、魔術で隠蔽していた。

 ここまで魔術が届くはずがないのだ。

 男達は焦っていた。そして、脳内に直接話しかけてくる女の声は、そんな彼らを小馬鹿にしてるようだ。


『あはっ、まさか勝手に地下室を作ってるとはね。たしか王都って、申告のない住居の改築は許されていないよね〜? ……これは重大な法律違反ってやつだ』

「……っ、誰だ!! どこからしゃべってやがる!!」

「ひっ!」


 部屋全体を覆う魔力の圧が訪れた。底知れない恐怖に男達の背筋が凍る。


『みぃつけた』


 声を合図に、天井が崩壊を迎えた。崩落した瓦礫は子ども達に降り注ぐことなく一箇所に集まっていく。

 そしてその瓦礫の山に、一人の少女が降り立った。


「正義の魔法使い、参上〜。代表して私が来てあげたことを光栄に思いなね」


 仁王立ちでふざけたことを宣う亜麻色の髪の乙女に、下っ端の男が噛みついた。


「お前は誰だ! それにどうしてここを……ふがっ!」


 リンクスは飛び降りながら雷の魔術を使い、まず一人の行動を阻害した。

 意識のない男を人質として扱うか、このままもう一人も倒すか……と、一瞬逡巡したリンクスの視界には背を向けた男の姿。


「チッ……ここまで来てふざけんな!」


 もう一人の男が正規の出入り口から必死に逃げようとするのを、リンクスは一歩も動くことなく制圧する。


「はい、おわり」

「ぐあぁ……!」


 氷の魔術で一気に身体を凍らせれば、容易に逃げることは叶わない。

 ネストルが子どもの様子をみている間に、リンクスは取り調べをする。


「さて、聞きたいことがいっぱいあるんだ。君はどこの誰で、他の仲間たちはどこにいるの? 回答を拒否すれば……わかるよね?」


 リンクスは短剣を作り出すと、それを男の首元に突きつけながら尋ねた。


「それにさ、君はあの邪魔くさい魔法をかけたやつじゃないよね。魔術士のレベルにも達してない一般人だ。まぁとりあえず……魔法士についての情報全部吐け」


 少しでも動けば浅黒い肌が赤く染まるだろう。

 何より怖いのは少女だ。研ぎ澄まされた剣のような魔力の圧からか、男の呼吸は浅く声が出なくなっていた。

 そこに横槍が入ってくる。


「こっわ〜ナイフで脅しつつ詰問とか……百年の恋も冷めるやつでしょ。正義の魔法使いどころか、どう見ても悪の魔法使いの仕草ですね。うん。正義って言葉の意味、辞書で引いた方がいいのでは?」


 ネストルはこの場面では喚くこともなく落ち着いていて……それどころかむしろ煽ってきた。


「はぁ〜? ネストルどっちの味方なの!? てか、子ども達助けに敵のアジトに乗り込む時点で、充分正義遂行してるでしょ。少なくとも相殺してるから〜」

「相殺してたらダメだろ」

「は〜い結婚できない呪いをかけま〜す」

「いやぁー!」


 あっという間にネストルと口論になった。 

 雰囲気は台無しだったが、そのおかげで気配に飲まれていた男は息を吹き返したようだ。


「おっおれの名前は、アントン。あんたの言う通り非魔術士だ。あいつの素性に関しては……よく知らない。あいつの魔法の効果だって詳しく聞かされてないんだ。ただ、魔法を使ってるうちは捕まらないと自信満々に言ってた。俺たちはその間に手分けしてガキ攫ってあいつらの用意した隠れ家で待機、パレードで警備がぬるい間に引き渡すって仕事を受けてたんだ」

「……でもさっき連絡つかないとか言ってなかった? もうすぐパレード始まるのに? まだ王都内部に潜入してないの?」


 リンクスは嘘をついた。この男の仲間は、既に内部に潜んでいると分かっていた。

 王都の外から中に魔力干渉があれば、結界が警報を鳴らすからだ。


「わ、わからない……う、嘘はついてないぞ! 連絡役になってるやつは数人いるはずだが、まだ誰もここに現れてないんだ」

「そもそも君と魔法士はどういう関係なの? 君の話からは、仲間がたくさんいそうに聞こえたけど他にも仲間がいるの?」

「日雇いの仕事で一緒になったあいつに声をかけられたんだ。割りのいい仕事があるぞって。仲間……って表現でいいのか分からないが、パンテオンにあるアジトには俺達みたいなやつがそこそこ出入りしていた!」


 集められた者達はバラバラにこの国に入るよう指示されたという。そして各自仕事を終えた者からパンテオンに戻り報酬を受け取れる……という契約だったらしい。

 集合出来ていないため、実際どれほどの仲間が入国しているのか彼らも把握していなかった。


「……あっそうそう魔法士の名前は?」

「な、名前? ……たしか『フォラス』だ。おっ俺の持ってる情報は全部話したぞ!?」

 

 この男は誘拐事件の実行犯ではあるが、一連の出来事においての重要人物ではないのだろう。

 即席で集められた手駒の一つに、これ以上の収穫を期待できそうにない。まとめて解決とはならなかった。

 さっさと牢屋に送ってしまおうと、リンクスがナイフを振ると――


「…………っそうだ! 俺らとのやりとりが終わったら、街を襲うって言ってたぞ! 魔獣を従える力を使えるやつがいるらしい。そいつは――大戦の生き残りだって噂だ」


 全てが繋がってしまった。


 


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