12 新しい魔術
「ビオン、状況は!」
王都南東の文字通り飛んできたリンクスは、ビオンに状況説明を促した。
「隊長! はい、実は……迷子が大量に出たんです」
「……迷子か〜〜い!」
「それがですね、事態は少し深刻でして――」
例年たくさんの人で賑わう新年初日の王都。迷子は必ず出るが、迷子の数が明らかに異常なのだと言う。
何より……魔術で簡単に見つけられるだろう師団の魔術士達がどれだけ探知しても、ほとんど見つかっていないときた。
「子供って魔力がか弱くて見つけづらいもんね。探知タグは持ってなかったの?」
探知タグとは、簡易的に追跡魔術が行える魔道具のこと。対になっているタグに魔力を登録する必要はあるが、子どもと逸れた時などに有用な魔道具であり、最低限安価なものを子どもに持たせることはこの国では常識になっている。
「いえ、今どきタグを持っていない子どもの方が珍しいですし、迷子になった子ども達も皆持っていたようですが……」
「それはもう……事件の匂いしかしないやつだ」
事件の不可解さはさらに増した。
魔術師団は国でも実力のある者しか入れない。そのような者が、探知タグ付きの迷子を探すなんてことを失敗するだろうか。
「手掛かりになる品を」
その短い言葉で、ビオンは全ての意図を察す。迷子の子どもが所持していたハンカチ、髪飾りなどの魔術媒介を手渡し一歩下がる。
『――迷子の子猫よ、尻尾を出して――』
リンクスは、自身が一番得意な探索用の魔術を詠唱する。だが――
「うん。見つかんないね」
「そんな……隊長の力を持っても見つけられないなんて」
「ビオン、私を誰だと思ってるの? 結論を出すには早いから」
詠唱後、大きな魔術陣が展開されリンクス達を淡く照らす。魔術の解析はネオやネストルの得意分野だが、リンクスにだって出来なくはないのだ。
「どうやら今この一帯には、探知タグや魔術の追跡を躱わす為の妨害がされているみたい。恐らく魔法だね。これを壊せばいいわけだけど……魔法の範囲が絞れないし容易に壊せないな」
魔法に強制介入も出来なくはないが、別の被害を出してしまいそうだ。リンクスは自身の力を分かっていた為軽率に壊すことを躊躇した。
「魔法士の人為的な犯行ということですね。であれば、第六や第七も捜査に加えますか? 我々の部隊は魔術解析方面に明るい者は少数ですし」
「うん、呼んだほうが早いかも。私もどこを壊せばいいかまでは判断出来なかったからね。こっちは任せといて、ビオンは予定通り城壁に行ってもらえる?」
「かしこまりました」
そもそも本来の予定では、ビオンと東の大広場で落ち合い魔獣避けの魔術が正常に掛かってるか確認する手筈だった。
だが、彼なら一人で行えるだろう。確認はビオンに任せ、携帯魔道通信機を操作し耳に当てる。
「あっもしも〜し。私のところまで十分で来て。そう今すぐに」
* * *
「またおれか……っ!」
巻き込まれてしまった男ネストル・アルヒミアは憎々しげな表情を見せる。
ぜぇはぁ、とひどく息を乱している様子から、急いで駆けつけたのは明確だ。
「だってネオは持ち場を離れられないでしょ。その点ネストルなら問題なし」
他の隊長クラスは、軒並み王族の護衛という重大な仕事に就いている。今身動きが比較的自由なのはリンクスとネストルぐらいなのだ。
「おれだって忙しいんだわ! このところ例の魔術にばかり時間取られて自分の研究我慢してるし、今日は夕方から見回りの仕事もある! しかも最近は毎日外出してるんだ! うん、おれ偉すぎる〜!」
絶対参加の式典も終わり、夕方まで寝ようとしていたネストルは「おれ世界で一番可哀想です!」と主張してくる。
「はいはい無駄口叩く前にこっち。早期解決が大事でしょ。ちゃちゃっと調べて」
「わ、わかったよ! くっ……」
急かされたネストルはようやく、身の丈ほどの杖を振り複数の魔術陣が展開した。
魔術の解析を始めれば、あっという間に半泣きの情けない顔が締まり研究者としての鋭い顔が覗く。
「あー……痕跡を完璧に消すなんて、既存の魔術じゃ無理。確実に魔法が使われてるなこれ……うん、恐らく特殊広域結界を生み出すタイプの魔法。このままじゃ被害者を見つけることは不可能だ」
魔術解析を終え結論を出した。
「でも魔法さえ消してしまえば見つかるよね?」
「はいはい、きみの言いたいことはわかった。確かにあれを使えば、特殊広域結界は複数重ね出来ない性質が作用し、たとえ魔法であっても打ち消しあえるだろうね。だけどこの魔術は魔力一気にを持っていかれる……魔術師団は全員大事な任務中ってこと、分かってます?」
パレードの準備とは別に、魔術師団はもっと大きな事態――王族の誘拐――を想定して動いている。そんな中で、証拠不十分な迷子事件に隊長クラスを消耗させられないのだ。
リンクスが望んだこと、それはネストルが創り出した魔術――広域魔術戦結界<アタランテ>の使用だった。
この魔術は、事前準備も結界の維持も必要はなく、瞬時に魔術戦用の特殊結界を構築する。効果時間は他の魔術戦の結界より短いが、即時展開可能な部分が強みだ。
従来のものより高性能。ただし、瞬時に膨大な魔力を消費することに使用者が耐えられればだが。
「今すぐこれを発動出来るのはおれくらいだ。だって新作だし、正式お披露目してないし。何よりこの結界、魔力消費量が多過ぎておれも日に二度は使えない。そんな魔術を無駄撃ちなんてありえない。つまり使用不可、以上!」
リンクス達が森で壊れた魔道具を目にした時から、不測の事態への対策が練られていた。そしてこれが対策の一つ。
――王都襲撃時、何より優先すべきは民の命を守ること。
そんなディミトリオスの言葉を忠実に守ろうとした結果……この天才が思いついたのは「魔術戦仕様の結界を適用すれば、とりあえず命だけは助かるな」だった。
だからこそ魔術を使った後のことは重視されていなかった。使用すれば凄まじい倦怠感が襲ってくるはずだ。
ここで消耗していざ襲撃が起きて動けない……なんてことは許されない。
「魔力量の問題もあるけど、急激な魔力の大量消費は身体にデバフかかる、でしょ。そのくらい知ってるよ。そもそも君にやれって言ってないし〜」
「はぁ? 今使えるのおれぐらいって言ったよね? 話聞いてた?」
「君こそもっと頭を柔らかくして考えなよ。これは難しい問いかけじゃない。答えは簡単――私が、今から使えるようになればいい」
したり顔のリンクスに、ネストルは盛大にため息をついた。
「…………はぁぁぁ……そうきたか」
「何のために君を直接呼んだと思ってたの? さぁ早く魔術式教えて」
「さすがのきみでも無理だろ、一発では」
ネストルは、魔術自体を習得不可能とは言わなかった。それだけでリンクスには充分だ。そもそも――
「ネストル……君なら私の軌跡を知ってるでしょ。私に起こせない奇跡は無いんだよ」
<華燭>の魔法使いは、魔術において、不可能を知らなかった。