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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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11 恐ろしい魔法士と策士な王


 カルデア王国の魔術士であるルガルは、憂鬱そうに空を見上げる。天気は雲一つない晴れ、絶好のパレード日和だ。


「あ〜嫌だ嫌だ。最悪なお仕事だ。あいつが呼ばなければアルカディアには一生来なかったのに」

「そうか? アルカディア王国は美味しいものいっぱい、遊ぶところもいっぱいで最高じゃないか!」


 同じくカルデア王国から来た二ヌルは、呑気に街で買ってきた菓子を食べながら答えた。

 正反対の二人である。


「あ〜これだから観光楽しんじゃってる脳筋くんはお気楽でいいね。あんな怖い魔法士のいる国に滞在してるなんて気が気じゃないよ」

「会いたくないやつがいるのか。<雷帝>とか?」

「あの人も恐ろしいけど、怒らせるようなことしなければ問題ない。理性的だし穏やかに振る舞ってるからな」

「じゃあ誰?」


「<華燭>だよ。国際会議の場に乱入して、休憩時間に対抗戦しようなんて提案してきた戦闘狂。おまけに国の代表方や、自分の国の次期王様にまで喧嘩売るとか狂ってる。気分屋災厄魔法士、それがあいつだ」





「アルカディア王国は、凶暴な猫を飼っている」


 その格言がリンクス・アーストロを示すことは、魔術師団及び国際会議の場にいた各国代表の共通認識だ。

 強さは間違いなく英雄クラス。

 性格は精霊のように自由気儘で、人を堕落へと誘う悪魔のような発言をする。

 厄災の種となる可能性を秘めた恐ろしい魔法士。

 だが、彼の国の王はリンクスを指してこう言ったのだ。


『猫みたいで可愛い子だろう?』


 持ち主を選ぶ曰く付きの武器を懐に入れ、呑気に笑う。あれを愛玩動物に例えられる図太さに正気を疑った。

 ――せめて怪獣だろ。

 各国の考えが、完璧に揃った瞬間であった。






「あぁ……本当に恐ろしかった。また世界大戦始まるかと思った」

「会議中も大変だったんだな。菓子食うか?」


 雑な慰めに苛つくが、幾分こちらが年上な為我慢してやろう、と寛大なルガルは我慢した。何より他国の王宮で喧嘩など出来ない。


「はぁ……大変なんて言葉で済ますな。他国の大臣脅し始めた時は魔力の圧で屋根吹き飛ぶかと思ったんだぞ」

「――は? 何オマエ死にたいの?」

「あぁそうそう、こんな感じの……っっ! ぎゃあぁぁっ本物ぉぉ!」


 声のする方を振り向けば、ドスを効かせた声でどこかの貴族を恐喝している魔法士の姿があった。


「何? うるさ……うんん〜? どっかで見たことある顔だ」

「ひぃぃターゲットがこっちに!」


 <華燭>がこちらに歩いてくる。

 どこかの失言貴族は標的が変わった瞬間逃げ出したようだ。

 ある意味人助けだったが、あそこで逃げるような奴に恩を売っても得などないだろう。最悪に尽きる。


「お初にお目にかかる! 自分はカルデア王国から参りました、名をニヌルと言います。以後お見知りおきを!」

「カルデアから来たんだ〜私はリンクス、ようこそアルカディア王国へ……んで、そっちの人は魔術戦不参加だった護衛くんでしょ」

「ひぃ覚えてた! お久しぶりですっ」


 愛想よく丁寧に挨拶したニヌルと違い、ルガルは簡素な挨拶とともに反射で頭を下げてしまった。


「普段だったら君みたいな軟弱な男のことは忘れてるだろうけど、君の魔法は良かったからね」

「嬉しいけど嬉しくない!」


 リンクスは「反応がネストルくんみたいで面白いね〜」なんてケラケラ笑っている。

 ……が、次の瞬間冷ややかな目を二人に向けた。


「……で。こんなところで何してんの? 悪さしてんなら牢にぶち込むけど?」

「物騒ぉ!」

「一応新年の祝いの招待客です。ほら、これ」


 そう言って胸元のピンバッチをアピールする。

 リンクスは真贋を見極めるとあっさり警戒を解いた。


「本物だね。警戒して損した」

「あなたこそ何をしていたのですか?」

「う〜ん、君達なら言ってもいいか。式典終わったから、丁度空いてる人達で見回りしようってなったんだ。そしたら下等生物が姫様に近づこうとしてたんだよ。だから思わずシメた」

「ひぃ」


 怖い。恐ろしすぎる。ルガルは思わず隣にいた男の背後に回った。


「アーストロ殿、その姫様とはシンシア第一王女のことだろうか?」

「正解。なんで分かったの?」

「だって、今王女殿下は重要な時期でしょう? このタイミングで男を近くに寄らせたくないはずだ」

「……どういうこと? そりゃ悪い虫は追い払うに限るけどさ」


 まさか手紙の魔術士のことまで知ってるのか? と訝しむリンクスに衝撃が落とされる。


「知らないのですか? うちの第二王子とそちらの第一王女で婚姻の話が持ち上がってるんですよ。しかもほぼほぼ既定路線で。そのような話がある中で、嫁入り前の姫君に不名誉な噂が広まるのはよくないことですから」


 寝耳に水とはこのことか。リンクスは虚をつかれた顔のまま固まる。


「ニヌルお前な……ここから合意に至らない可能性もあるだろう。過去にも――」

「……ごめん、私仲間達と合流しなきゃ。じゃあね、お兄さん達〜」


 不自然な別れ方。顔が見えてなくとも驚愕していたのは、ルガル達からも分かった。

 もしや――


「あの反応……か、華燭はもしかして男で、シンシア姫に惚れてるんじゃ……! そしてこの婚約話を知らなかったとしたら! や、やっちゃったかもしれない……! 破談になったらごめん従兄弟殿! 破談どころか命危ないかも……!」





 * * *





「私には大抵の人間が弱者に見えるんだけど、その弱者の中には二種類いる。何がなんでも救いたいと思わせる弱者と、あまりにも醜くて救いたくないと思わせる弱者。王は前者」


 かつてリンクスはディミトリオスの父をそう評した。


「その点、君は王の器として成熟してしまった。そういう強者は……つまらないんだよね」


 そして、ディミトリオスへの言葉も一緒に思い出す。

 なかなかに不敬で真っ直ぐな悪口だ。即位直前の男に言う発言ではない。


「浮気した挙句、最悪の捨て台詞を吐く男みたいな罵倒だね」

「はあぁ? 最悪な例えしないで。私のは不変の事実を述べただけ。自分の罪を認められない傲慢男と一緒にしないで。例えまでセンスが無い」


 リンクスは、心底嫌そうな顔をディミトリオスに向ける。


「だって君は、他人を好きなように動かして操って、他人の生殺与奪の権をにぎっても……罪悪感なんて杖の先ほども無いんでしょ」




 目を閉じ過去を振り返っていたディミトリオスは、小休止から復帰する。


「ふふ……」

「いい夢でも見たのか?」

「あぁ、かわいい野良猫の夢だ」


 ゼノンの言葉に肯定を示すと、仕事に取り掛かる。


「現実にいる猫も、そろそろ会いに来てくれる頃かもね」


 例の話はもう表沙汰になっている。彼女の耳にも入る頃だろう。


「これをラーヴァに届けてくれ。こちらの使用許可証はネストルとアルクトゥルスに」

「はっ」


 伝令係に書類を渡し、為すべき事前準備は全て終わった。

 少し早いが劇場に足を運んでもいい頃合いだろう。そう判断したディミトリオスは、ゼノンに護衛の交代人員を呼ぶよう告げた。

 ゼノンが通信機を取り出したその時、部屋の窓ガラスは粉々に砕け散った。


「ちょっとどういうこと。姫様が結婚なんて」


 窓にはリンクスが足を掛けていた。また魔術で壊したのだろう。


「誰に聞いたのかは知らないが……シンシアの結婚に君は関係ないだろう」

「いや、あるね。関係ありまくりだね!」

「まず窓を壊したことに言及しろよ……」


 そう言うゼノンも気にせず通信機を弄り続けている。似たもの兄弟だった。


「ディミトリオス、君の性格の悪さとセンスの無さはどうしようもないね」

「久々に聞いたね、リンクスの罵倒」

「茶化さないで! どうせ君には全部バレてるんでしょ、姫様の……私達がやりたいこと。なのに、このタイミングで結婚して追い出そうなんて……っ」


 護衛の魔術士達が、リンクスに杖を向ける。それは正しい行いだ。

 先に武器を向けたのはリンクスの方なのだから。

 でも時既に遅し。護衛達は膝をつき、武器は手からこぼれ落ちていく。


「戦闘用意が遅い。私がこの部屋に入る前から杖を掲げな、三流ども」

「おやおや、君は元第一部隊だろ? 後輩を無闇矢鱈に攻撃すると、またラーヴァやゼフィロスに怒られるよ」

「シメオン達を守る立場でいる為の、名前だけの在籍だったって知ってるくせに……そんなことよりさっさと答えなよ、ディミトリアス。私を怒らせてでも欲しいものを」


 リンクスの叱責は鋭く、苛立ちが感じられる。ディミトリオスが即位してからはしてない懐かしい呼び方を使ってるあたり相当だ。


「ふっ、ははははは!」


 だが、ディミトリオスは笑った。怒れる魔法士を前に嬉しそうに笑ったのだ。

 日頃の様子からは想像がつかないほどの大笑いに、周囲は目を丸くした。


「いや、ごめん、シンシアは良き友に恵まれたな、と。――確かに私は、王族は国益を優先すべきと考え、その決断に対し感情は含めない。世間の評価とは違う冷たくつまらない男だ。だが、今回に関しては君の早とちりだ」

「……は?」

「それに婚姻は今すぐの話ではないんだよ。王族同士の婚姻には時間がかかるし、シンシアは今学園に通っているだろう? あの子が花嫁となるのは、早くても四年後くらいだ。そして本人も婚約の件は承諾してる」

「え、……あっ」


 カルデアの魔術士達は確かに、決まったともすぐに結婚だとも言っていなかった。

 リンクスはこの時点で武器を下げた。半強制であったとしても、シンシアが頷いたことならリンクスから物申すことなどない。

 何より、ディミトリオスはシンシアに猶予を与えている。王からの最大限の慈悲だろう。

 ディミトリオスは、穏やかな声に嬉しさを隠しきれてない声音で話す。


「シンシアは言っていたよ。君と成し遂げたいことがある。だから婚姻は待って欲しい、必ずやり遂げて見せるから……とね」

「姫様……」

「私としても急いでいない。そもそも国外に出すとは、一言も言っていないよ」

「……え?」


 疑問符で埋め尽くされたリンクスに、一から丁寧に説明する。


「実は各国から要望もあり、使節団の受け入れを考えていてね。カルデアは最初にその権利を獲得したんだ。そこで交渉役だったのが、あちらの第二王子だったのだが……なかなか将来に期待できるような若者でね」

「うわ〜どうせ同族でしょ」

「さぁどうかな? だが、今回は単に私が彼の情熱に負けただけさ。第二王子は使節としてだけでなく、結婚後もしばらく我が国に滞在したいと考えてるようで長期滞在となるだろう。良い事尽くしだね」


 ディミトリオスは、シンシアのことを王子共々手元に置いておくつもりらしい。

 あまりにも全方位に完璧な結末かつディミトリオスの思い通りで、リンクスは若干引いた。

 そんなタイミングで、通信機からメッセージが届く音が響く。


「おっと、ビオンから連絡が……街中で事件発生してるみたい。行ってくるね」


 リンクスにはまだ話したいことがあったが、ビオンからの連絡の方が優先であった。

 範囲治癒魔術を使うと、身軽に飛び跳ねて窓枠に足を掛ける。やはり窓から帰るようだ。

 そのまま飛んでいくかと思えば、くるっと首だけ振り返る。


「……君、思ってたよりも家族のことが大切だったんだね。疑ってごめんだけど、ある意味勘違いして良かったよ」


 そのまま身を投げ出す。飛行魔術は間に合っただろうが、危ない落ち方だ。

 窓を見ていたディミトリオスの背後から、ゼノンの呆れた声が聞こえる。


「リンクスが暴れることまで想定内だったろ」

「ふっどうかな? さて、野良猫を手懐けたところで我々も行こうか。事件はリンクス達が解決してくれるだろう」

「おーこっわ。結局兄上の思うがままってか? リンクスも可哀想に」


 今日のディミトリオスは、親愛なる者達から非難の目を向けられる日かもしれない。

 そして、同時によき日でもある。


「私のしたことなんて……せいぜい一番ロマンチックなタイミングで出会えるようにしたことだけだ」


 そう言って、優しく微笑む王。


「たしかにロマンは大事だな」

「そうだろう? 強制してしまうとリンクスの良さは損なわれる。昔のリンクスは、目にするのも嫌なほど王侯貴族を嫌っていた。だから、シンシアとはあえて接点を作らせなかった」

「シンシアに関しても同様だ。王宮内で会わせれば、仮面を被って接していただろう。そうなればリンクスには裏目に出る。今ほどの良い関係は築けなかったはず。あの箱庭だからこそ生まれた絆だ」

「あいつは変に気にしいだからな。まさか兄上がそこまで考えていたとは……いつから仕組んでいたんだ?」


 楽しそうに聞いてくるゼノンに、心外だと否定する。


「仕組んだなんて人聞きが悪い。だがまぁ……父上に一番似てる我が子はシンシアだ、リンクスが気に入らないはずがない、と思ったのはまだ王太子の頃だったかな」

「……気が長いことで」


 忍耐強く待てる性格ではないゼノンは、呆れ半分感嘆半分だ。


世を統治する者(王族)には、彼女のように率直に意見し、間違いを正そうとしてくれる存在が必要だ。何より彼女に救われた者達が、この国には大勢いる」


 王は従者から杖を受け取り颯爽と歩き出す。


「あの子は、誰を選ぶのかな」



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