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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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9 魔獣には魔眼を



 アルカディア王国魔術師団――第四部隊。この部隊の役割は主に魔獣退治。

 魔獣とは、遥か昔から存在する多様な魔法生物であり、人を襲う厄介な存在。脅威的な繁殖力があるのかどれだけ討伐しても滅ばない。

 第四部隊は、そんな魔獣という脅威から民を守る為の戦闘特化部隊だ。

 任務は常に死と隣り合わせ。それゆえ感謝はされども入隊を望む者は少ない。


「へ〜ネストルのところは今回も募集定員超えたんだ。毎回そんな数応募してきて一人一人試験してるの? めんど〜」


 リンクスは任務で王都の外にある広大な森に来ていた。眼前には廃墟と化した村がある。

 王都近郊で一番魔獣が蔓延りやすいこの廃村の巡回も、主に第四の仕事だ。

 今日はその業務に無理矢理付き合わせた者がいた。その人物からの返答が聞こえなくなったリンクスは、飛行魔術を解除することにした。


「ぜぇ……はぁ、……もぉ無理ぃ、おえっ」


 リンクスの速度に振り回された彼は、二人乗りしていた箒から降りると、荒い息を整える為木陰に座り込んだ。

 桃色の髪はボサボサになり服もヨレヨレ、メガネも心なしか歪んでるように見える。

 とても地位ある魔法士には見えない情けない姿を晒すこの男の名は、ネストル・アルヒミア。

 リンクスと同時期に入隊し、今では第七部隊長の職につく優秀な魔法士だ。


「おやおや同期くん、死にかけのマンドラゴラみたいに無様だね。箒酔いは運動不足の証拠じゃない? 最近外出てる? それとも老い?」

「この鬼畜魔法士……! おれが陰気な引きこもりじゃなかろうと、このバカみたいな速度ときみの自由過ぎる飛び方には一生慣れない、げほっ」


 魔獣が出没しやすい時期は国内遠征を繰り返す。移動時間の短縮にこれくらい飛ばすのはよくあることだ。

 第四にはリンクスのスピードについてこれる者がうじゃうじゃいた。飛行魔術が苦手な者でも何かしら同行手段を持っている。

 だからこの発言は珍しく煽りのつもりはない。むしろ、自身の隊員達とは違う貧弱さを純粋に心配してる。


「儚い命だったんだね、ネストル。ほい水」

「うっ、……ども。…………そもそもなんでおれは連れてこられたんだ……あぁ、どうせ暇つぶしにちょうどいいとかだろ、オモチャ扱いなんだろ! 貧乏くじ引かされるのはいつもおれ! ほんと可哀想っ」

「そうやってすぐ自己完結して早口で喚くから、お見合いうまく行かないんだよ」

「うっ」


 リンクスの容赦無さすぎる口撃に、ネストルは撃沈した。

 いい年頃だし結婚を……と親戚中に余計な世話を焼かれ渋々見合いやら社交に参加するもあえなく惨敗。

 最近はずっとそんな日々を送る彼に、トドメの一撃だった。


「うううぅぅっ、もうやだ〜〜〜っ」

「あっ泣いた〜」


 大の大人が涙目で喚いている。リンクスはしゃがみ込んでネストルの泣き顔を覗いた。

 メガネは先に取っておこう。サービスでハンカチも渡そう。だって――


「でも泣いてなんていられないよ」

「……はぁ?」

「だって、魔獣に囲まれてるから」


 ネストルは慌てて周囲を観察する。

 ――前方に三、右手に四、左後方には六ほど魔力反応あり。

 そして該当の方角からぐるる、とうねり声がする。これは獣型の魔獣が発する威嚇だ。

 ネストルは、叫びそうになるのをぐっと堪え、リンクスを非難した。


「…………っ、おいおいおいおい。囲まれてるんだが? なんでもっと早く言わない? バカなの!?」

「集まるの待ってただけなのに酷い言い草だな〜。一匹ずつ倒していくより一気にやった方が楽じゃん。頼りにしてるね、()()()

「……そ、それが目的かぁぁぁ! この馬鹿ぁぁぁっ!!」


 今度こそネストルは叫びを上げた。リンクスはネストルの魔法を使って楽をする為だけに連れてきたのだ。

 心からの叫びはよく通り、興奮した魔獣が木々から飛び出してきた。

 鋭い爪を剥き出しにし男を襲う――が、ネストルに狙いを定めた魔獣達は、たちまち物言わぬ石像へと成り変わった。


「――<石化の魔眼>を恐れず利用する鋼メンタルの持ち主は、世界中探してもきみだけだよ」


 先ほどとは打って変わった落ち着いた声が、リンクスの耳に届く。ネストルの翠色の瞳は、魅力的な紅玉に変化していた。


「いつ見ても綺麗な目だね」

「…………そんなこと言うやつも、きみぐらいだ」


 照れ隠しなのか、ネストルはフードを被ってそっぽを向いた。




 石となった魔獣の身体には、一箇所だけ光る部位が残っている。これこそが魔石であり魔獣にとっての核だ。

 魔獣の持つ魔石は、鉱山などで採れる魔石より高価に取引される。急所であるこの部位を残して魔獣を殺すことは難しいからだ。

 だが、ネストルの魔法<石化の魔眼>を使えば、魔石だけを残し魔獣が石化する為、簡単に魔石が取れる。


「先天性の魔法持ちは感情の揺れで魔法が発動しやすい。アルヒミアの長子が受け継ぐこの魔法は、誰彼構わず瞳に映る者を石にする。この呪われた目は畏怖の対象でしかない」


 成長に伴い魔力の制御は自然と身につくし、魔力を制御するメガネもある。

 だが、人々の安心にはそれだけでは足りなかったのだ。実の母親すら少しの怯えを纏っていた。

 幼少期は遠巻きにされ友人などできなかったし、今も少ない。そんな男の最初の友があっけらかんと宣う。


「でも私には効かないからな〜。便利な魔法は有効活用すべきでしょ」

「ほんと……やばい女だよ」


 誰もが恐るこの魔法を「うわ〜魔石掘り楽そ〜!」なんて評すのはリンクスぐらいだ。

 この変人は、呪われた目を綺麗だとか便利だとか言って、一切怯えない。

 認めたくないが、その態度に救われてる。

 だからネストルは、どんなに振り回されても最後は許してしまうのだろう。

 この世で唯一、メガネ越しではなく目を合わせられる彼女のことを。


「ほらほら、もっと奥まで散歩しよ……ん?」


 ネストルを急かしていたリンクスが何かに気づく。


「どうしたんだ?」

「これ……」


 魔道具だ。正確には使用済みの壊れた魔道具。

 この辺り一帯は立入禁止で結界も張っている。わざわざ入り込んで捨てていくわけもなく、偶然落としたなんてことありえはしない。


「ねぇ、前回の見回りはいつ頃だった?」

「えっと〜たしか二週間前。少し魔獣がうろちょろしてた程度でいつもと変わりなし、って聞いたよ」


 いつもなら定期巡回は月一ほどの頻度で行う。今日来たのは、地道な捜査にフラストレーションが溜まったリンクスの気分転換でしかない。

 魔道具を解析中のネストルは、リンクスの話を聞き安堵の息を吐いた。


「……はぁ、きみの気まぐれが功を奏したみたいだ。使用は数日前ってところ。魔道具には魔術式が読み取られないようダミー術式も仕込んでたようだけど……天才の前には無駄な足掻きだったね。はい解析完了完全看破、おれの目を誤魔化すなんて百年早いっすわ。ひひっ」


 調子づき始めたネストルを、リンクスは冷めた目で見る。


「で? どんな魔術が仕組まれてたの?」

「獣を誘う魔術。それに支配系の魔術も組み合わさってるから……目的は、この地に誘き寄せた魔獣を操ってどこかに襲撃するってところかな」

「どこか、ね……そんなの、王都一択でしょ」

「同意」


 誘拐事件が解決する前に、また新たな問題が浮上してしまった。最近寝不足気味なネストルは、憂鬱な気分になってきた。

 一見平和なこの国でも、一歩裏側を覗いて見ればこんなものだ。

 リンクスがべっ、と舌を出して悪態をつく。


「だから祭りは嫌いだよ」


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