8 王家主催のお茶会
一波乱の後はつつがなく会議は進行し、無事大幅な遅れもなく終了した。
軽く腹ごしらえをし、ロティオンと共に王宮の西側に位置する広間に向かう。
午後の仕事は、この一室で行われる茶会の警備だ。
茶会は冬ということもあり室内で行われる。会場であるアイリスの間には、警備の者が監視出来る隠し部屋がついているのだ。
会場に近づくと喧騒が耳に届く。リンクスは人の気配にげんなりした。
「なにこれ。ウキウキとバチバチとギスギスで温度差すご」
「この国の貴族にとっての最重要事項ともなれば、招待客も騒がしくなるだろう。今日の茶会は男女関係なく招待されているが……主目的は、将来の王妃選びとされているんだ」
リンクスの言いたいことを察したロティオンから解説が入る。
この国は第五次魔法大戦の影響で、大陸の中でも優位に立っている。国王と魔術師団の尽力もあり、戦後一番安定している国と言っても過言ではない。
諸外国との政略結婚の必要性は低いと言っていい。
それならば、次は内部の結びつきを強めることに注力するのは自然なこと。
先王の件以降、王宮内では外からの王妃は忌避されている。そのため、他国からの輿入れを王家は望んでいない――少なくとも王子妃は、国内から選ぶ可能性が高いだろうと、貴族達は考えた。
「別に今日決めるわけではない。だが、有力視される者は全員参加しているはずだ」
「実際に相性見てみよう……ってことか。でも王子だって、学園で親しい女の子ぐらい作ってるんじゃないの?」
「……アレクシオスは、異性とは距離を置いている」
「あ〜……じゃああちらさんにとって、逃げられることのない絶好の機会ってことだね。う〜ん、どんまい王子っ」
「おい」
友から不敬な物言いを注意されても華麗にスルーしたリンクスは、たどり着いた警護用の監視部屋から招待客を見下ろす。
「うわぁ……飢えたケモノたちがひしめき合ってる〜」
失礼な表現ではあるが言い得て妙。
将来の王妃の座がかかっているかもしれない場に招待を受けたのだ。王子はさながら最高ランクのお肉、あるいは最高級のケーキと言ったところか。
リンクスは高みの見物をしているのみだが、その座を望む者達の意気込みは、着飾った姿や魔力の揺れからも伺える。
「赤、青、黄色……色んな花が咲いてて、ここから見る分には綺麗だね〜」
厳重な警備のもと開催されたこの茶会には、この国の貴族の子供達が多く呼ばれているようだ。学園で見知った顔をちらほらと発見する。
「ロティは行かなくていいの? 綺麗に着飾ったお嬢さん達とお話出来るかもよ〜」
「そんなことに興味はない。分かってて言ってるだろ」
「てへっ……そんなことよりロティ、今日は王子の側にいなくていいの?」
「冬休みの間の護衛は第一に任せている。まぁ、戻ったとも言うな」
基本的に王族の警護は第一部隊の役目だ。同じ歳に八法士であり第三部隊隊長のロティオンが居たことから、学友として学園にいる間は王子の護衛役なだけで。
なので、ロティオンは自分の部隊の仕事に集中していたのだが、今日は八法士として王から指示がありリンクスと同じく会場警備に駆り出されている。
そして参加者の身体検査を第二部隊が担当し、その他の出入りも詳しく検分されている。
リンクスがいなくとも充分な程安全だが、念には念をだ。
「ふわぁ、眠い……八法士の私じゃ姫様達とお喋り出来ないしつまらな〜い。この仕事終わったらビオン達と飲みに行く予定だし、早く終わって欲しいな」
緊張感のないリンクスに、ロティオンは眉をひそめる。
「まだ始まってもいないのに馬鹿なことを言うな。そしてやる気のないアホ面をやめろ。三割り増しで間抜けに見えるぞ」
「前から思ってたんだけど〜最近私にだけ辛辣じゃない?」
ロティオンは、リンクス以外の人間には基本的に丁寧な口調で話す。慇懃無礼感は多少あるが粗雑な扱いはしないのに、リンクスにはズケズケ度合いが跳ね上がる。
幼少期の影響から人間不信気味なところがあるロティオン。リンクスだけに辛辣なことは、裏を返せば安心と信頼なのだ。
ただその表現が、たまに鋭利な刃物のように鋭いだけで……。
「はぁ〜、ロティの愛情が重たいね〜やれやれだぜっ」
「気持ち悪いことを言うな」
ジト目でリンクスを睨むロティオンをスルーして、会場の入り口を見る。すると丁度、入場してきたシンシア達が見えた。
青と水色を中心とした配色の、終業パーティーとはまた別のドレスがこの上なく似合っている。
王子と王女が席に着き、茶会は本格的に始まりを迎えた。
「ん〜? シメオンは居ないんだね?」
「はぁ……一応は婚約者のいない準成人王族なのだから、参加すべきだろうに。またサボりか」
本来なら、シメオンもこの場にいることが望ましいのだろう。
だが、シメオンの結婚への想いを知っているリンクスは、不満げなロティオンを取り成した。
「まぁ、いいんじゃない? シメオンの好きにさせてあげようよ。どう生きるかはシメオンの自由。他人に生き方を決められるべきではないでしょ」
「お前があいつに甘いから、あいつはつけあがるんだ」
またしても盛大にため息を吐きながら頭に手を当てた。眉間に皺がよっている。
リンクスはたしかに、シメオンに対し寛容過ぎるところがある。
それがロティオンには気に食わないのだ。
これ以上シメオンの話を続けても機嫌を損ねるだけ。リンクスは別の友人の話題にすり替える。
「そう言えば〜ネストルがまたお見合い失敗したの聞いた?」
「聞いた。掘り返してやるなよ」
「無理だよ〜恒例の反省会しようねぇ〜」
「やめろ。大の男が号泣しながらヤケ酒する様を、俺はもう見たくない。そっとしておけ」
リンクス達は楽しく雑談しながらも、警備という本来の役割を忘れてはいない。視線は常に会場を向いていた。
だからこそ気づく。会場の空気の変容に。リンクスは詳細を知るため、魔術を使い会場内の声を正確に拾う。
「えっ嘘! <華燭>が会場に来ているの?」
「本当よっ! さっき殿下方が話していたもの!」
いくつもの話し声から自身の話題をキャッチしたリンクスは眉を顰めた。
「げ〜」
何故かリンクスの話題で盛り上がっていた。嫌な予感を感じるリンクスだったが、その予感は直ぐに的中する。
護衛担当である隊員に詳しく事情を聞こうと呼び出すと、呼び出された彼は申し訳なさそうに頭を下げ入室してきた。
「<深潭>様、<華燭>様、誠に申し訳ありません! 本日の護衛にお二人が加わっている話が参加者に漏れてしまい、会場が騒然としてきまして……」
第一の隊員が言うには、<華燭>が一目見れるかもしれないという期待に満ちた感じになってしまっているらしい。どういう流れでそうなった……。
若さ故か、純粋に招待客達は幻の<華燭>の登場を純粋に期待しているようで、王子も無下に出来ず困っているようだ。
「珍獣が見たいと?」
「ちょっとあっちで話そっかロティ!」
「わざわざ人目のつかない場所で話すことなんてない。それより早く事態の解決をするべきだ」
挑発するだけして、ロティオンはプイッと顔を背けた。まだ機嫌が良くないらしい。
「行った方がいいやつ?」
「その方がさっさと事態は収まるな」
ロティオンに問うと肯定が返ってきた。
王子には八法士を動かす権限は無い。
その為この騒ぎを無視することも可能だが、ここで見放しては寝覚めも悪いだろう。
(うん、寝覚め悪いだけだし)
リンクスは八法士の証である帽子を被った。
「我が国の王族は頼りないなぁしょ〜がないな〜」
「何ニヤニヤしてるんだ……あぁ、そうかよかったな。綺麗に着飾った者達と話せるぞ」
「ぐぬぬ〜違うし!」
思わぬ仕返しをくらい乱雑に席を立つ。ロティオンも立ち上がったので共に行く気のようだ。
こうなったらやけである。部屋に来た師団員に監視を任せると魔術を展開した。
会場への入り口となる門を魔術で作り、潜るとアイリスの間の上空部分に出る。そこから伸びる半透明な階段で悠々と地上まで降りた。
ついでに階段を踏むたびに波紋が広がり、幻影の花を出現させる演出も追加したことで、会場の一部に幻想的な空間が生まれていた。
リンクスが指を振るごとに、追加で多種多様な花が咲き乱れる。
その光景を見た誰かが言った。
「綺麗……まるで花の魔法使いみたい」
とてつもなく目立つ方法で出現した二人に、会場中の視線が集中していた。
その視線を気にもせず、二人の王族が座る席までリンクス達は辿り着く。
「本日の会場警備担当である八法士<華燭>で御座います」
「同じく、八法士<深潭>で御座います」
二人の簡素な挨拶が終わった途端、押し寄せる声の波。
特に幻と言われるほど遭遇率の低いリンクスの登場に、会場の視線が釘付けだ。
「ほっ……本当にあの<華燭>が、茶会の警護を!? 公式の場で『王族のお守りなんて面倒』だと言ったあの方が!?」
「わたくし初めて見ましたわ! 王宮にお勤めする父ですら滅多に姿を見ないというリンクス・アーストロ様。噂通りの灯火頭に、男性か女性か判別できないお声」
「年齢もとても若いことしか公表されていないから、身長などでは判断つかないな。そもそも身長すら魔術で欺いているかもしれない」
帽子に付属する幻影は今日も完璧なようだ。ローブで隠した中性的な服装も、リンクスの霊びさに貢献している。
惑う声に気分が良くなったリンクスの耳に、一風変わった話題も聞こえてくる。
「歳の近いループス様と仲が良いのかしら。それともアウリガ様と仲がよろしいのでしょうか? 夜会ではいつも二人で、何処かへ行ってしまうらしいし」
「夜会を二人で抜け出すなんてっ……なんてロマンチックなの!」
「私はアタナシア様と仲がよろしいと聞いたことがあるけれど。希少な光属性同士であれば、親しい間柄でもおかしくないわ」
「専属護衛のいないシメオン殿下が、唯一ご指名すると聞いたことがあるわよ。そしてアーストロ魔法伯の方も断らない、と」
「それもロマンチック〜っ!」
(ロマンチックなんかーい!)
謎に包まれた魔法士について白熱な議論をする子息子女。鬱陶しいほどの視線。それらを気にすることなくスタスタと目的のテーブルへと辿り着く。
二人が出てきた理由を察した王子は、小声で話しかけてくる。
「こちらの不手際で呼び出す事態になって申し訳ない。そしてアーストロ魔法伯……貴殿とは顔を合わせたことはあっても、こうして話す機会は初めてだったな」
「えぇ、初めまして。殿下と言葉を交わす機会を頂けたこと光栄の至りです。姫殿下もご機嫌麗しく」
「ご機嫌よう、偉大なる魔法士様。お噂は予々、あなたの隊にいる方には学園でもお世話になっているわ」
シンシアはそう言って少し頭を下げた。
王子の方はリンクスを前にしても恐縮はしていないようだが、シンシアはことさら丁寧な対応だ。
「貴殿は仕事熱心でなかなか語らう機会が訪れなかったが、こうして相見えることができ嬉しく思う」
「ありがたいお言葉で。長いこと王国にいるけれど、たしかにこのような機会は無かったかもしれないですね」
リンクスのあまりに簡素な挨拶にも、王子は人形のように完璧な微笑を崩さない。
あまり表情に変化がない王子の笑みと、表面的には丁寧に接しているリンクスの態度から、一見和やかな場面にも見えているのが幸いだ。
(こういうタイプとは合わないな)
内実は違い、王子の探るような目がリンクスの警戒心を刺激している。
そして自分が警戒されていることを感じ取った王子はというと……よくよく見ると、目が笑っていない。
兄の不穏な様子を悟ってしまった妹は、顔を少しばかり青くしている。
その負の連鎖に呆れたような顔を向けてから、ロティオンはリンクス達に助け舟を出した。
「はぁ……王子殿下、今は茶会の時間です。積もる話はまたの機会にお願いします」
「……残念だがそうしよう。貴殿達の助力があることで安心して茶会を開催することが出来る……また、新年のパレードで」
「親愛なる陛下からの要請ですから、お気になさらず。それでは我々はここで。御前を失礼します」
流れのまま場を辞そうとしたロティオンをリンクスが止めた。
「普通に扉から帰るわけ?」
幻覚魔術が効いていないロティオンには、リンクスの表情が生き生きとしているのが丸見えなのだろう。とても嫌な顔をしている。
「むしろ普通に出ないのはお前ぐらいだろ……常習犯」
リンクスがよく窓から出入りすることは、もちろんバレている。
だが、安直にこの部屋の窓から出るわけがない。分かりきったことを行うなんて、リンクスのサプライズ精神に反するのだ。
空中に魔力の花を散らすと風で操る。多種多様な花を踊らせた後、それらを会場にいる一人一人に向かって飛ばした。
「このよき日に、<華燭>より少しばかりの贈り物を」
粋なプレゼントと、あまりに緻密な操作技術に感嘆の声が上がる。
観客達が贈り物に釘付けになっている間に、リンクスは次の魔術を使った。
「それでは皆様、ご機嫌よう」
その言葉と共に杖を床に突くと、リンクスとロティオンの足元から煙が立ち上る。
風によって煙が霧散した時には、既に二人の姿は会場から消え花弁だけが残された。
監視部屋に戻ったリンクスはドヤ顔で言う。
「いや〜我ながらかっこいい退場の仕方じゃなかった? 第四部隊の評判が上がっちゃうね〜」
「はいはい、かっこよかったんじゃないか。やっぱり珍獣を見る目だったけどな」
「ロティ……!」