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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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6 魔術師団と王


 朝の早い時間な為か王宮の人通りは少ない。リンクスは堂々と飛んで近道をする。

 会議の会場はもちろんナスタチウムの間。扉を開けると、話し込む男達の声が聞こえてくる。


「――そう、妻を怒らせて良いことはないんだよ。おやおや、リンクスちゃんおはよう」

「おはよ〜」

「リンクスがこんなに早く来るなんて珍しいね」

「ふっふ〜ん今の私はすこぶるやる気に満ちてるの。世界征服だって出来るんだからっ」

「何恐ろしいこと言ってんだ。シャレにならねぇ」


 リンクスは誰よりも早くこの場に着いたつもりだったが、既に王と王弟、第八の隊長が揃っていた。


「みんなも早くない? 私一番乗りだと思ってたんだけど」


 部屋の中央には大きな円卓がある。この部屋最大のシンボルと言っても過言ではない。

 彼らの近くにある椅子に腰掛けながらリンクスは尋ねた。


「時間を間違えてしまってのぉ」

「あー……俺達は義姉上を怒らせてな。早々に避難してきた」

「ダメじゃん。どんなやらかしをしたの? あはっ、次に二人が子供達に会えるのは何日後かな」

「はは……」


 リンクスからの揶揄に反応が鈍い。日頃よりも王の口数が少ない様子から、今回の夫婦喧嘩は長丁場になりそうだと予測する。


「あー……っさてリンクス、お前の方はどうなんだ? 学園でやらかしたらしいじゃないか。もう正体がバレててもおかしくないし、やっぱり賭けは負けそうだな」


 ゼノンはリンクスが賭けに負けると思っていたらしい。

 心外である。リンクスは頬をむくっと膨らませ反論する。


「あからさまな逸らし方だけど乗ってあげるね。期待に添えず悪いけど、全然バレてないから。そもそも外部に顔を公表してないから分かるわけないんだよね」

「いや全く知られてないわけではないだろ。ヴォーティス夫人とか辺境伯とか、お前がそこそこ気に入ってる者には顔を見せてるはずだ」

「私、人を見る目はあるからね。誰も<華燭>の容姿について風聴してないよ。実際スピサくんも知らないみたいだし」


 スピサの父であるヘルクレス辺境伯は、リンクスの顔を見たことのある数少ない人物だ。それゆえ、スピサには他の者とは少しだけ違った警戒をしていた。


「人が<華燭>を見るときの目は、畏怖と敬意のどちらかあるいは両方。でもスピサくんは少し違って珍しい感じだった。あれは私の正体を知らない人の目だと思う。私の正体を知っていたら絶対に警戒するはず。だってあの<華燭>だよ?」


 一般的な人間は、リンクスに対し抱くのが好意でも悪意でも、要注意人物を見る目をするのだ。

 スピサはただその綺麗な瞳をリンクスに向けるだけだが。


「護衛からの報告では、ここ一月ほどお前を通じてシンシアと行動を共にすることも多かったと聞くが、()()()()()はどうだ?」


 リンクスは首を横に振った。スピサのことは、とっくに犯人候補から外しているからだ。


「ないね。悪人特有の気持ち悪い魔力の揺らぎは感じない。姫様に邪な気持ちはないと見ていいよ」

「リンクスが魔力の揺らぎを見て判断したことは、信用に値するからね。元から辺境伯の子息を疑っていたわけではないが」

「生徒の中に潜んでいるとしたら、やはり留学生の方が怪しいのでは?」

「うーん、変な奴が居るのは確かなんだけど、それが姫様を脅かす手紙の魔術士とは限らないんじゃないかな。ただの勘だけど」


 学園内に手紙の魔術士はいない。これが、この数ヶ月でリンクスの出した結論だ。

 相手が尻尾を出さない現状、手詰まりにも思えた。


「この件に関しては全員揃ってからまた話そう」


 ディミトリアスの鶴の一声で、話題は移り変わった。


「そうそう、リンクス。今年は休暇申請が通らなかった者と代わってあげなくていいからね。休息を取らないと君が疲れてしまうよ」


 労いの籠った優しい瞳がリンクスを見つめる。

 ディミトリオスが話したのは、ここ数年の勤務シフトについてだった。祭りや祝いの日などに、誰かと交代して出勤していたことはお見通しだったようだ。

 自分の部隊員どころか、変われるようであれば他部隊の者とも交代していた。正規で申請して通れば問題はない。

 この辺の権限は魔術師団長のため、ディミトリオスは関与できない。もしかしたらずっと口を出したかったのかもしれない、とリンクスは思った。

 だが、そこはお互い様だ。


「そこは別に納得して代わってあげてるからいい。休みがないのは陛下もでしょ」


 王には一日とて休息などない。

 王の座に着いたその日から……本当の自由なんてない人。


「国王なんて毎日仕事してるようなもんじゃん。私とは比べものにもならない。今の時期なんて外部と接触しやすくて危険だし、いつもより忙しい主を差し置いて休む方が無理」

「ほっほっほ、リンクスちゃんが陛下にそこまで言うとは。先王陛下方やお気に入り以外はどうでもいい……なんて言っていたリンクスちゃんがのぉ。良い臣下に成長したのぉ」


 アルクトゥルスは、リンクスの忠臣ぶりに孫を見るような目をしている。


「それいつの話〜? そもそも今代も八法士として残った時点で、魔道具研究したいから八法士辞める……なんて言ったアルクおじぃより忠誠心高いで〜す」

「おや。わしとリンクスちゃん、どちらが八法士から降りるかで、話し合いまでしたような気がするがのぉ」


 リンクスとアルクトゥルスは、当時魔術師団在籍かつ八法士も兼任していた。権力欲の低い二人は、代替わりの時点で辞めるつもりだったところを引き止められて、リンクスだけ残ったのだ。

 見る人が見れば不敬だと言われかねない会話だが、ディミトリオスは先代の王に伴って辞めようとした二人に悪感情は持っていない。


「王の座ではなく、王自身に誓いを立てていただけだろう。君達二人とも、父上の忠実な臣下だった。それだけのことだ」


 ディミトリオスの言葉で照れ臭くなった二人は、じゃれ合いを止めた。

 ちょうどそのタイミングで、数人の魔法士が到着する。ラーヴァ・デルフィニスを先頭に、ロティオン・ループス。

 そして、第五部隊隊長――アタナシア・オフィウクスが入ってきた。


「シアちゃんおはよ〜」

「リンクスちゃん、ご機嫌よう」


 優しげなタレ目と穏やかな話し方が、彼女をよりお淑やかに見せている。もちろん魔術師団の隊長を長年務める女性が、お淑やかなだけではない。

 今日のアタナシアは、高級な絹糸のごとき銀髪を三つ編みにして背中に垂らし、鮮やかな翠色のリボンで飾っている。

 これは、リンクスが誕生日に贈った草木染めの品だ。


「ねぇねぇ聞いた? ショコランの新店舗の話。また全メニュー制覇しようね」

「聞いたわ。今度のお店も楽しみね」


 当然のように一緒に行くこと前提だ。会話からも二人の仲の良さが伝わってくる。

 そして、少し遅れてネオ・アウリガと第七部隊隊長――ネストル・アルヒミアも到着した。

 次々とやってきた隊長達が、それぞれ挨拶を済ませ席に着くと、王は会議の開始を促した。


「おはよう、みんな。こちらの都合で定例より会議の時間が早まってしまって申し訳ない。ヴロンディとゼフィロスはまだ来ていないが、彼らは使節の対応で少し遅れる……先に会議を始めよう」




 円卓に座すは、魔術士達と一人の王。

 この円卓に王の席の指定はない。


『王は国の守護を魔術師団に託し、一心同体で国を守る』


 だからこそ、身分差はあれどこの部屋の中では全員同列。今日など単純に来た順で奥から座っている。

 これが建国から変わらない――この国の王と魔術士の在り方だ。

 一年の振り返りがメインな為、比較的穏やかに進んでいった師団長会議が終盤へと差しかかってきた頃。

 ディミトリオスの知らせが、この場の全員を揺るがした。


「皆に話しておきたいことがあるんだ。ルシゴロド帝国――いや、ルシゴロド自治州で独立を目指す動きが見られた。各国の王の下に宣戦布告が届いたんだ」


 それは数年前……大陸ほぼ全土を巻き込んだ大規模戦争を起こした国の名前だった。


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