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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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5 私で争わないで!


 第二部隊長の訪れから数日。相変わらず魔術師団の者達は忙しい日々を送っている。

 リンクスは連日の激務から、ビオンに「朝起こして〜」なんてお願いをしていた。寝坊して会議に遅刻する自信しかなかったからだ。

 「部下に起こして貰うなど軟弱だ」と言ってきた者には深い眠りにつく魔術を施してやった。これは危機管理というやつなのだ。

 ちなみに、ビオンの返事はもちろん「はいっ!」である。リンクスのお願いはホイホイ受けてしまう男だった。

 隊長至上主義の彼は、きちんと指定の時間にリンクスの部屋の前に居た。


「隊長、起床のお時間です」


 呼びかけても返事がない。

 隊長であるリンクスは、第四部隊の寮で一番大きい部屋に住んでいる。だが、ドアの向こうからかけられた声に反応できないほどではない。

 入室の許可は得ている。ビオンは主人を起こす為、意気揚々と扉を開けた。

 リンクスはやはりまだ、ベッドで眠りについていた。そして――本来そこに居ないはずの人物もいた。


「失礼します…………おい、プルクラ。今すぐ隊長から離れろ」

「いーじゃない。この数ヶ月、ずっと我慢してたの。こうしてぎゅっとくっついて、わたしを温めて欲しいって」


 文句を発したのは、寝起きで気怠げだが艶のある声の女性。その反抗の言葉はリンクスのとても近くから聞こえた。

 そう、女はリンクスを抱きしめて、共に眠っていたのだ。

 名をプルクラ・アウローラ。彼女も第四所属の魔法士だ。


「剥ぐ」

「いやーやめてー」


 薄ら意識が浮上していたリンクスは、ドスの効いたビオンの声を久々に聞いて覚醒した。

 言い争う声が途絶えない。これは割と本気で怒っていそうだ。


(……というか、やめて欲しい。これを朝から聞かされるこっちの身になって)


 流石のリンクスも「お〜い、朝から私の部屋でいがみ合うの、どうかと思うよ〜……」と、呆れて止めに入った。


「申し訳ありません。早急に処理……黙らせます」

「隊長助けてぇ。副隊長がぁ〜」


 リンクスの首元に顔を埋め、弱々しく甘える。

 そんなプルクラの姿に、ビオンの堪忍袋の尾は完全に切れた。ぶちぶちとする筈のない炸裂音が聞こえた気さえする。


「ふざけるな。誰もがこの数ヶ月を耐えていたのに、こんな大胆な抜け駆けをして――許されると思うなよ」

「副隊長ぉこわーい」


 口論が長引きそうな予感がしたリンクスは、二人の会話に割って入った。


「はいはい私で争わないで〜……ビオン、そんな怖い顔しないで。それと起こしに来てくれてありがと。すぐ着替えて広間に行くから先行ってて〜プルクラも着替えてきな」

「かしこまりました」

「はぁい」


 二人はリンクスに従い部屋を出ていく。リンクスも手早く身支度を済ませ食堂に向かった。




 第四部隊の寮では、とある古参隊員による食事が振る舞われる。

 彼は今はほぼ前線に出ておらず、専ら料理人として所属している。厳つい髭面の大男だが、パイ料理が得意で子供好きな優しい男なのだ。

 そんな男が嫁と一緒に作った今日の朝食は、寮定番メニューのパンケーキとカリカリベーコン、魚のフライ、ホウレンソウとチーズのパイ、などなどリンクスの好きな料理ばかりだ。

 もちろんデザートも用意されている。かの料理人はリンクスの好みを熟知していた。

 これは恐らく、日頃任務を頑張るリンクスへの贈り物なのだ。

 最高の気分で食事をするリンクスの隣に当然のように座るビオンから、今日の予定を告げられる。


「隊長、本日はティーパーティの警護のお仕事がありますので、いつもより部隊長会議のお時間が早まっています。ですがお茶会さえ終われば本日の業務は終了です」

「おっ、今日は少し早く帰れそうっすね」

「うん。今回の会議は例の事件と年末恒例行事の話だけだろうから早く終わりそう。どうせ年始にも会議やるし、後に回して良い話はやらないだろうね」


 無駄に時間がかかるのは予算会議くらいのものだ。午後のお茶の時間には間に合うはず。


「はぁ〜護衛計画の予行、街の見回り、増えてきた犯罪者の取り締まり、王都近郊の魔獣狩り。なんで毎日毎日こんなに忙しいの〜……って、愚問だったね」


 リンクスはふわふわのパンケーキをシロップに浸しながら唸る。

 師走の忙しさはいつものことだ。だが、今年は例年よりも多忙なスケジュールな為、愚痴をこぼしたくもなるというもの。


「確かに去年より騒がしい気がしますね」

「でしょ〜? それに来年か再来年も絶対忙しいよ。第四主導のパレード、まだ私たちの隊が始まってからしてないし順番回ってくるの確定じゃん? ……ムリ」

「もう次のパレードの話してんすか。気が早いっすよ隊長」


 ラディの言葉に、リンクスはすぐさま反論した。


「パレードの次の日にある部隊長会議では、もう次のパレードの話が出てくるんだよ。ちっとも早くないから」


 リンクスの率いる第四部隊は、わずか七名で始まった。

 とてもパレードのメイン運営を行えるほどの人数ではなく、当番を決めるくじ引きも免除されていた。

 だが、順番は必ず巡ってくる。


「はぁ〜ホスト側になったらこれ以上めんどいってことでしょ? もう既に疲れてるのに……うん、許容量越しま〜す」

「そんなお疲れの隊長に、サプライズです。隊長がお好きなデザートショップのオーナーが新しい店を出すそうで、プレオープンの招待を受けています」

「やった〜っ!」


 今にも舌打ちをしそうな顔からニコニコの笑顔に早変わりした。

 リンクスお気に入りの店が、どうやら新しくカフェを開くとのこと。ラウートの伝手で獲得したこの素晴らしい招待を受けないわけにはいかない。


「最高に気分が良いから、夜はいつもの酒場に行こう! 私が奢ってあげる! アウルムは大部屋の予約とっておいて」

「かしこまりました」

「やっりー! 隊長の奢りだ」

「めんどくさい会議もなんのその! 私には、最高のお菓子タイムが約束されている!」


 珍しく溌剌として仕事に出たリンクスの後ろ姿を、隊員達は温かい眼差しで見送った。


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