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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
72/82

4 壁○ンとは(説教回避の)必殺技である

名前だけ登場していたあの人がついに出ます


「結局大した情報持ってなかったし、尋問は時間の無駄だったね」


 リンクスとテレーゼ、そしてアウルムは今、昼間に起きた誘拐事件の犯人達を地下牢獄へと輸送した帰り道だ。

 全ての処理を終え寮に戻る頃には、水色の空は茜色へと変わっていた。


「冬の牢獄は最悪ですから、あれらも反省するでしょう」

「……というより、あれだけ怯えていれば悪さをしようと考えることもできないでしょ。精神干渉魔術だけは、どんな人間も屈服します」


 この牢獄は、禁術に分類される精神干渉魔術を使える数少ない場所なのである。

 今回は現行犯だった為、地下牢獄でのみ使用を許可されるこの上級魔術が素早く許可された。どんなに屈強な男でも一日で根を上げる精神汚染の魔術は凄まじかった。

 その結果、祭りが近づき浮かれて調子付いた市民による未成年強姦未遂と確定した。しばらく牢から出ることはない。

 これで少女も少しは安心できるだろう。

 少女に地獄のような怖い思いをさせようとしていたのだから、その報いだ。


「未遂で助けられたとしても、あの女の子にはずっと今日という恐怖がまとわりつくんだろうね。そして未遂で終わらなかった被害者達は今頃……」

「隊長……」


 基本的に明るく自分たちの前では常に笑っている隊長の曇った顔に、隊員二人も悲痛な面持ちだ。


「はぁ〜〜最悪な日だったね。もう今日は家に帰ってふて寝する! 業務終了お疲れ様! あとのことは全部、明日の私が頑張って!」

「師匠ぉ……」


 リンクスの明日に丸投げ宣言を聞いたテレーゼが悲壮な声を出す。

 一応王への報告は、牢を出る前に携帯魔道通信機で済ましてある。だが、リンクスにはもう一つ連絡すべき場所があった。


「ラーヴァに会いに行くの……めんどくさい」


 第二部隊の隊長は、通信機ではなく直接報告を好むのだ。事が起きればすぐ報告を……と、言われてはいる。だがリンクスにはもうあの男の所へ行く元気はなかった。

 リンクスは通信機の手紙ボタンを押すと、「誘拐事件解決。任務と関連はなさそう」とだけ打ち送信した。


「師匠、それはダメです。絶対後々面倒なことになります」


 テレーゼが忠告したが、リンクスは聞き入れず帰宅した。

 そしてテレーゼの言う通り、面倒なことが起きたのだった。





「リンクス!! 何故報告に来ないのだ!!!」


 玄関が開いて早々、大声が響き渡る。

 広間にある大きなソファで横になっていたリンクスは、文字通り飛び起きた。いい気持ちで微睡んでいたところを起こされ、不機嫌なままホールへ赴く。


「うっさいな〜いつから人辞めてクジラになったん?」

「謝罪の言葉もなく暴言を吐くとは何事だ!」


 階段の上から玄関ホールを見下ろせば、見知った顔が仁王立ちしていた。

 目を引く赤毛に気の強そうな青色の瞳、見るからに高貴な出だと分かる風貌の長身の男。

 もう夜中だと言うのに一切隊服の乱れがないこの男こそ、八法士で魔術士団の第二部隊隊長のラーヴァ・デルフィニスである。


「そもそも貴様が来ないから、わざわざ私の方から赴いたと言うのに!」


 うるさいと言われたからか声が少し小さくなっている。素直に聞き入れはするのだ、少しお堅いだけで。

 夜にわざわざ第四の寮に訪れたのも、リンクスが報告を怠ったからだろう。


「いや別に明日でも良くない? てかラーヴァはパレードの準備で手が離せないんでしょ〜? ならもう完全事後報告でいいじゃん。陛下には報告してるし」

「今日王都で起きていたと言う事件の報告がアレなのもあり得ない。まぁ、百歩譲ってよしとしても……ここ数日、一切連絡がないことには弁解の余地もないぞ」

「えぇ〜そっち? 連絡がないってことは、何もなかったってことだよ」


 毎日報告するなんて面倒だ。


「そうはいかない。魔術師団規則において、『部隊間の任務移譲が起きた場合、該当の部隊長は定期的に連絡を取らなければならない』とある。規律は遵守すべきだ」

「いや、共有するような新情報無いなら別に良くない? 定期的、っていう言葉の解釈違いだよ」

「貴様の持つ魔道通信機はお飾りなのか? 貴様がいちいち会いに行くのは面倒だ、と駄々を捏ねたから魔道通信機での報告を許可したのだぞ! 他にもいくつも譲歩したというのに……っ」


 お説教が本格的に始まった。こういったダル絡みをしてくる所がラーヴァの最大の欠点だ、とリンクスは思っている。


「ラーヴァ様のお説教を受けてる隊長可愛いっ」

「まぁ隊長も少しは反省した方がいいんじゃない」


 部下達は皆物陰からこちらを覗き見ているだけで助ける気は無さそうだ。こういう時だけ薄情である。

 リンクスは大きなため息を吐いた。


「はぁ〜はいはい、じゃあいいよ。そこまで言うなら聞かせてあげる」

「ふん、やっと――」

「ただし、膝枕で」

「…………………………は?」


 物の見事に硬直した。


「私、さっきまでアウラの膝枕で寝てたの」

「……そ、それになんの関係が、ある?」


 リンクスが一歩踏み出すと、ラーヴァが一歩下がる。その繰り返しでラーヴァは壁際まで追い込まれた。


「ラーヴァは私の至福の時間を邪魔したんだよ? 相応の対価が必要だ」

「つまりっ……その対価に、私がリンクスに膝枕をする、ということか!? ふっ不埒だぞ!?」


 ひどく上擦った声だ。混乱してるのが丸分かりである。


(よし、このままいけば勝てる)


 リンクスは確信し猛攻に出た。


「うん、そう。疲れた心を癒すのには、他者との密接な触れ合いが必要だもん。そもそも本来なら第二の仕事だった案件を肩代わりしてるわけだし、ラーヴァがこのくらいのサービスをしてくれてもいいんじゃない?」

「お、おお大人を揶揄うな!」

「私達の間に、年齢なんて関係ないよ」


 リンクスはラーヴァとの距離をさらに縮めた。目を合わせようとすると、必然的に上目遣いになる。


『あの男をぎゃふんと言わせたい? もぉ〜また愉しそうなことを考えてるのねっ。いいわ、わたくしにとびきりの策があるの! ではまず、身体がくっ付かないギリギリの距離まで詰めて。そして目を合わせて首を少し斜めに……そうそう! ついでに後ろが壁だったら――』

(たしか、こうだ)


 リンクスはいつぞかにクロエから教わった技を実践した。ラーヴァの脇から腕を伸ばし壁に触れる。男の身体の厚さもあり、二人の隙間はほとんど空いていない。


「――っ!」


 これは対ラーヴァ用秘技だ。

 昔、ラーヴァの小言ばかりで鬱陶しいところに苛々したリンクスは、魔術士らしいやり方で憂さ晴らしを行おうと……はできなかった。魔術師団では原則私闘禁止なのである。

 そこで、説教のお礼参りに良い案がないかクロエに聞き、伝授してもらったのがこの技だ。

 ラーヴァとしては親切心で、リンクスの世話を焼こうとしただけだろう。彼の中では、出会った頃の幼い少女の認識が消えてなかったのかもしれない。

 だが、その態度や行動が、リンクスを苛つかせた。そしてこの技が生まれたというわけだ。


(もう何回か使ったけど、毎度毎度よく引っかかるよね〜ロティオンなんて一回しか効かなかったのに)


 八法士一純情な男は、此度もまたすっかりリンクス(というよりクロエ)の術中にハマってしまった。

 リンクスは追い打ちをかけるように、苺のように色付いた頬に手を沿わせようと――


「うわああああっ――!!」


 ……する前にラーヴァの限界が来たようだ。凄まじい速さで逃げ出した。完全なる敵前逃亡、リンクスの完全勝利。


「あははははっ」


 ラーヴァが玄関ドアを壊しそうな勢いで開けるとはらしくない。それだけ動揺したようだ。

 爽快な気分になったリンクスは盛大に笑う。


「うっわ……第二の隊長様かわいそー」

「意外と純情って噂、ホントだったんすね」

「きゃあ〜っ私も隊長に壁ドンされた〜い!」


 翌日。二人は改めて話し合いの場を設け、二日に一回は必ず連絡するということでこの件は落ち着いたのだった。



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