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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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3 街に潜む悪


「失礼致します」


 シンシアは、帰還の挨拶を兼ねた昼食会を後にする。


「…………」


 そこで聞かされた話の衝撃は、今のシンシアを見れば一目瞭然だ。どこか気の抜けた姿は、幸いにも王族専用の廊下にいる為誰にも見られていない。

 そんなシンシアの耳に、中庭で談笑する男性達の声が聞こえてきた。


「第一王子は文武両道で次期王に相応しい人格者だ、と市井にもその評判は届いているようです」

「我が国もまだまだ安泰でしょうな。他の王子方の評判も良いものばかり聞きますしね。例えば、第一王女の美しさはまさに精霊の如く、だとか」

「それはたしかに。第二王子は籠りがちですが、魔道具分野において実に優秀である、と第八部隊でも話題に上がったそうです」

「お転婆なところがたまに傷ですが、第二王女は魔術への適性がご兄弟の中でも一番だとか」

「まだ幼い下のご子息達も将来が楽しみですな!」


 楽しげに話す貴族たちの声が遠ざかる。シンシアは深く息を吐いた。


(また私だけ見た目の評価……)


 自身を見てくれない不満。でも中身を知られていない安堵。二つの相反する思いはシンシアの中にあり続ける。

 先ほど王と話した影響からか、また心が弱くなっているなとシンシアは自身に呆れた。

 アルカディア王家は、建国王の血筋だ。数百年と続く由緒正しき王家。

 この身に流れる高貴な血は、シンシアに利用価値をくれたが恐ろしく感じる時もある。


(久々に、あの本を読もうかしら)


 シンシアの魔法使いには会えない。その代わり、彼女によく似た魔法使いの出てくる御伽話を読もう。

 気休めを求め、早速部屋に帰り厳重に保管してある本を書庫から取り出す。


(この物語の舞台は暗黒の時代より前。精霊が当たり前のようにこの世に存在し、人と共に在った時代。どこまで本当なのか分からない御伽話)


 そっと頁をめくる。シンシアは幼少期から、御伽話が好きだった。ワクワクする物語、人と精霊が手を取り合う暖かな絵に魅了されたのだ。

 この絵本に夢中になっていた頃は、誰とだって分かり合えると思っていた。世界には悪意なんて存在せず、優しさにだけ包まれていた。


「今はそんなこと無理だって分かってる。それでも――」


 理想を捨てられないのだ。



 * * *



 新たな任務が降り、リンクスは毎日街に出て見廻りをしていた。ただの見廻りも魔術師団の制服を着て行えば、抑止力として充分効力を発揮する。

 いくつかの班に分かれ、普段の街と相違ないかチェックしていく。市内にそれほど詳しくないリンクスは、街暮らしの経験のある者と組んでいた。


「寮に入って一年近く経ちましたが、案外覚えてるものですね。あっ師匠、あそこが母の仕事先です」


 第四部隊所属のテレーゼ・ヒルトは、昨年まで王都で母親と暮らしていた為、たまにお出掛けするぐらいのリンクスとは比べ物にならないほど街を把握していた。

 リンクスの知らない裏通りや安価な店、魔道具店から最近流行りのスイーツ店まで知ってる彼女を褒めちぎる。

 賞賛を受けてはにかむテレーゼは、いつもより幼く見えて可愛らしい。


「あっ丁度出てきた。ふふっ、テレーゼのお母さんとはしばらく会ってなかったけど、元気そうで何よりだよ」

「母共々本当にお世話になりました。おかげさまで母は職も夫も得てとても幸せそうです。もちろん、わたしも」


 出会った時とは、比べられないほど穏やかに笑うテレーゼを見てリンクスまで笑顔になってしまう。

 だが、そんなほわほわした空間に影が刺す。


「貴女の忠実な下僕も大変幸福ですよ」


 話に割り込んできたのはアウルムだ。話どころか身体も滑り込ませてくる姿は、まるで主人に構って欲しい犬そのものだった。

 そう。リンクスは現在、三人でチームを組み見廻りをしていたのだ。


「鬱陶しいですね。今師匠はわたしと話していたんです。少しの待ても出来ない駄犬は嫌われますよ」

「はぁ……ご主人様が、わたくしめを、嫌うと? 天変地異が起きてもあり得ません。その目は節穴か?」

「うっわ自信過剰過ぎる……キモい」


 自信満々ドヤ顔長寿族に、苛立ち今にも舌打ちしそうな少女。

 だが、このぐらいは日常茶飯事。リンクスは二人を放置して歩いた。口論しながらも着いてくるので大丈夫だ。


「あ〜串焼きの屋台発見。ねぇ、そろそろお昼休憩にしよ。お腹空いちゃった」


 広場に辿り着くと、二人の喧嘩を物ともせず空腹を訴える。

 すぐ近くに市場があるこの大広場は、格好の昼食スポットで多種多様な屋台が出店している。カラフルな屋根や多彩な看板を眺めるだけで楽しい。

 興味を引いた屋台に近づいてみると、よく知る魔力の気配があった。


「お〜とっと〜奇遇だね、お二人さん。もしやデート中かい?」

「なんだその、親戚の中年男性のようなからかいは……」

「やだやだ失礼しちゃうよ。こちとら可憐な少女だと言うのにっ。ペトラちゃ〜ん、男見る目無いんじゃない?」

「お前のほうこそ失礼だろっ!!」

「ふふっ」


 ペトラにはリンクスが本気で言ってないことが伝わっているのか、二人の子供じみたやり取りを微笑ましく見ている。


「そもそもお前はなぜここに?」

「あー……昼食も兼ねて第四のみんなで年越しパーティする為の買い出しをしてるんだよ。日持ちするやつは今のうちに買わないと無くなっちゃうからね〜あはは〜……二人こそ、なんで市場に?」

「視察を兼ねている息抜きだ。モノケロス家とエラフィ家の合同事業による商品がこの近くで先行販売されていてな。様子を見に行くところだった」

「えっらぁ〜い! 自ら進んで市場の様子を見にくる貴族なんてなかなかいないよ〜」

「別に大したことではない、……? どうしたペトラ」


 ロギアは、会話に入ることなく真剣な顔で耳を澄ませているペトラに素早く気づく。


「なにか……言い争う声が、聞こえて…………子どもの悲鳴、です! 家に、連れ込まれてます!」

「……っ、どっち?」

「そこの道を右に曲がって、三軒目の家、です!」


 リンクスはペトラが指し示した方へと瞬時に走り出す。追随する足音が聞こえるが、一切振り向かず誰よりも早く目的地へと辿り着いた。

 そこには必死に抵抗する幼い女の子と、少女を押さえつけて今にも家に連れ込もうとする男の姿があった。


「誘拐犯は、さっさとお縄につけ」


 考えるよりも早く身体は動いていた。接近しながら魔術を起動する。

 少女に被害が及ばぬよう威力も勢いも落とした氷の魔術で男だけを凍りつかせた。

 家の中に複数の気配を感じた為、ついでに扉や窓も氷で塞ぐ。


(絶対に、一人たりとも逃さない)


「ひっ……う、あ……」


 怯えている少女に気付いたリンクスは魔術を止め、そっと少女の様子を伺う。震えの止まらない痛ましい姿に眉を顰めた。


「隊長、中にもう三人いるようです」


 テレーゼが中の様子を探った結果をリンクスに報告する。


「では、ここは私が参ります。一番穏便に済ませられるでしょうから。その子にとっても良いでしょうし」

「うん、ありがと。お願い」


 気遣いに感謝しアウルムの申し出を承諾すると、彼は足早に中へと入っていく。

 騒ぐ男の声が聞こえて来たため、リンクスは少女の耳を塞いだ。

 間もなく誘うような呪文が聞こえてきた。

 次に響いたのは小さなベルの音。あまりにも静かな制圧が完了した合図。

 適材適所。リンクスではむしろやり過ぎてしまうかもしれないが、彼ならそんな事態にはならないだろう。


「メルクーリ、様子はどうだ?」

「あらら、追いかけて来ちゃったの? ダメだよ〜市民が事件に首を突っ込んじゃ」

「す、すみません」


 リンクスが少女を保護している間に、テレーゼ達が認識阻害の魔術を施していたせいか騒ぎにはなっていない。

 だが、テレーゼが魔術を行使するよりも早く、二人は追いついてしまっていたようだ。あるいは――真実を嗅ぎ分けたか。


「情報提供ありがとう。それから……せっかくのデートを邪魔して悪いけど、今日のところは帰ったほうがいい。そしてこの場であった事は忘れて」

「な、何故ですか……?」

「鉢合わせたのが第四でよかったね。他の隊だったら……ペトラちゃん、目を付けられてたよ」


 ペトラは、魔術師団に入る気は今のところ無いらしい。

 ――だが、多少強引な手を使ってでも、高性能な獣人を手元に置いておきたいと思う者もいるだろう。

 彼女の意思なんて関係ない。魔術師団も一枚岩とは言えないのだ。

 アルカディア王国で発見された獣人は皆、魔術師団に所属している。婚約を結んだ相手が高位の伯爵家でなければ、その事実を逆手にとって強制する者がいただろう。


「……感謝する。行くぞペトラ」

「あ、はっはい! リンさん、また……っ」


 意味は伝わったようだ。ロギアは礼を述べるとペトラの手を取り踵を返す。

 リンクスは足早に去る二人の姿が完全に見えなくなると、散らばっている部下に連絡をとった。


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