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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
70/82

2 熱烈な家族達

しばらく投稿できてなかったのですが、ゴールデンウィーク中に三回くらい投稿予定です。


 魔術師団には部隊ごとに、独身寮が存在している。

 第四部隊の寮は黒を基調としたクールな外観、内装は木造の調度品が多く暖かな印象を受けるギャップのある寮だ。

 もう随分と住み慣れた、リンクスの大事な家でもある。

 

「みんなただいま〜君たちの隊長が帰って来ましたよ〜!」


 玄関の扉を開けながら帰還を大声で知らせる。すると、屋敷全体から慌ただしい足音がし始めた。


「隊長ーっ! おかえりなさいませ!」

「久しぶりの生の隊長だぁ〜〜!」

「もっと遅くなると思って油断してたんすけど!」

「隊長……っこのビオン、お帰りを今か今かと待ち侘びておりました!」


 ビオンの感激する声までは聞き取れた。

 大勢の部下が押し寄せ、視界やら耳やらが塞がれる。

 がやがやと騒がしい家族達による熱い歓迎だ。右からも左からも、前からも後ろからも揉みくちゃにされる。

 ここを離れる前の「ま、隊長が任務で留守にするのは慣れてるし?」みたいな取り繕いが無くなって、リンクスの想像以上に感動の再会となっている。


「うぅ……おっぱいと、雄っぱいに挟まれて、窒息する……ぐっ」

「やめろ馬鹿ども……! 隊長が天に召されてしまうだろう!」


 ビオンの叱責でようやく彼らはリンクスを離す。


「ふぅ〜どんな攻撃魔術よりも凶悪な攻撃だった……さて、みんな良い子にしてた?」

「してましたよっ」

「そりゃもうバッチリ!」

「こちらはつつがなく。もっとも隊長が不在な時点で、恙無いと表現するのは矛盾してるとも言えますが。隊長なくして我々は――」

「副隊長、それ以上はウザいですよ」

「……んんっ、後ほど隊長不在時の遠征や、その他任務の報告書をお持ちいたします」


 ストレートな暴言が響いたのか、ビオンは大人しく引き下がった。……少し不憫だ。


「皆元気そうだね〜ビオンもお疲れ様、良い子良い子」


 リンクスは魔術で浮遊すると、常なら自分よりも高い位置にある頭を撫でた。


「隊長……」


 ビオンは心底嬉しいという顔を隠さず、されるがままだ。

 この数ヶ月、リンクスの代理で隊をまとめていた功労者を労っていると――


「はぁーい副隊長時間切れでーす。後が支えてますので」

「隊長……っ!!」


 ビオンの至福の時間は短かった。両側から掴まれて強制連行されていく。

 そして、いつのまにか撫で撫で希望者が列を成している。

 ワクワクとした皆の表情……リンクスはこの列を捌くまで解放されないことだろう。逃れられない運命を悟った。




「ふぅ〜着いて早々だけど、陛下のところ行ってくるね」

「かしこまりました」

「隊長……普通は王のもとへ行くのが先では?」

「セルジオ、私に普通なんて言葉は似合わない。今頃挨拶に来ない私にロティが怒ってる頃だろうけど、陛下は気にしてないよ」


 撫で撫でタイムも無事終わり、次の目的地を目指す為出掛けようとするリンクスに待ったの声が掛かる。


「ご主人様、陛下の下へ向かわれる前に御髪の乱れを直しますね」


 そう言って背後に立った男が、リンクスの髪をとかし始めた。いつの間に用意していたのか髪染めまで準備してある。

 リンクスをご主人様と呼ぶこの青年の名は――アウルム・グラキエ。艶やかな長髪と少し尖った耳が印象的な長寿族の魔導士だ。


 長寿族とは、十四、五歳ほどから身体の変化が緩やかになり、人の倍ほどの寿命を持つ種族のこと。耳の形や魔力保有量が高いなどの特徴もある。

 何より、幾分少〜青年期が長くコレクションとして愛好された悲惨な過去を持つ希少種族として有名だ。


 彼も例に漏れなく奴隷であった。

 そして、リンクスが奴隷商の一味を討伐するという任務を受けて、客として潜入し買ったのがアウルムだった。

 だがアウルムを買った時に、隷属の魔術が施された首輪は解いてある。

 それなのになぜか、自分の意思で、リンクスに着いて来てしまったのだ。

 おまけに真の忠誠を貴女に見出しました、なんて言ってリンクスのことを「ご主人様」呼びするのである。

 ご主人様呼びをやめないのは……完全に趣味だ。言っても止めやはしない。

 物腰柔らかだが、自分を折らない譲らない長寿族の青年。それがこのアウルムなのだ。


「名残惜しいですが、終わりましたよ」


 リンクスの髪を整え終わったアウルムが、赤く染まった横髪を鏡に映す。

 鮮烈な赤。『死の第四』を統べるのに相応しい鮮血の色。

 リンクスは自分があるべき場所に戻ってきたことを、この時ようやく自覚した。


「ありがと。それから、行ってきます」


 リンクスは彼らに笑顔を向けて寮を後にした。




 飛行魔術を使えるリンクスにとって、目的地はここからそう遠くない。久々に被った帽子の重みを感じつつ、八法士の杖に腰掛け空を駆ける。

 散歩をするような感覚でたどり着いたのは、王の執務室。

 ――全ての発端となった、手紙が送られてきた部屋。

 一時は執務室の場所を変更することも検討されたらしいが、王が断ったらしい。むしろ何事もなかったように過ごしているところを見せつける方がいいと。

 実際怯えるどころか気にする素振りすら見せていないらしい。ディミトリオスの時々見せる豪胆さこそ、リンクスが気に入った部分だ。


「リンクス・アーストロ、ただいま帰還しました」

「あぁ入ってくれ」


 中に入るとロティオンの他に、人の良さそうなまさしく好々爺と言った印象の男性がいた。

 ――第八部隊隊長であり元八法士、アルクトゥルス・ヴォーティス。全ての魔道具士の憧れ。

 この国史上、最優の魔道具士と称される人物だ。

 御仁の手には見覚えのない魔道具があり、どうやら新作のお披露目をしていたらしい。


「姫君の護送も無事終了。怪しげな気配もなくて拍子抜けだったよ」

「ご苦労だった。そしておかえり、リンクス。学園はどうだった?」

「それなり。まぁ、窮屈な鳥籠でも楽しみ方はあるよね」

「ほっほっほ。楽しめたようで何よりじゃ」


 リンクスの返答を好意的に解釈した二人が、微笑ましげに笑っている。我が子を見守るときのような慈愛に満ちた目だ。


「……なんですか、その目」

「ふふっなんでもないよ。それではアルクトゥルス、リンクスに例の件の報告を頼む」

「かしこまりました」


 ――先々週、一つの事件が王都で起きた。

 婦女誘拐事件だ。たまたま見回りをしていた際に遭遇し、現行犯で捕まえることができた。

 問題はその後。この誘拐犯は、他にもいくつかの失踪事件に関与してることがわかった。

 今は拠点を探り、被害者の救出や共犯者の確保をしている真っ最中とのことだ。


「これだから祭りはきら〜い。祭りの時期は、絶っ対犯罪が増すんだもん」


 春は変態が出没し、魔獣騒動が秋頃やってくる、犯罪は祭りの時期に爆増。

 リンクスが唱える三大異常期間だ。


「魔獣ならまだしも、手加減しないとすぐ壊れちゃう人間の相手はめんどくさい。ほんと嫌」

「リンクスちゃんは元気過ぎてのぉ……まぁ最初の頃に比べれば、やり過ぎることも無くなってきた」

「歯向かってくる人間の生け捕りって難しい。去年も足止めしようとしてつい、あんよないない状態にしちゃった。すぐ治したけどね」


 あまりにも物騒だ。

 元気なんて言葉じゃ足りない。

 その行動が、二大治癒士の物騒担当と言われる所以なのだ……と思ったが、大人な二人はそれを口にしなかった。


「話を戻そう。この誘拐事件の被害者に、数年前の大規模闇マーケットで摘発された奴隷商人が持っていた物と同じ隷属の首輪が着けられていた」

「っ! あの魔道具、結局製造者はとっくの昔に行方不明になって捕まえられなかったんだよね。まさか今回の件……そいつが関わってるの?」


 それならばリンクスにとって、この事件は他人事ではなくなる。瞳孔は開き、魔力の花が勝手に自生する。

 過剰に魔力を含み制御が効いてないせいか、いつもより歪な花だ。リンクスの心の内を表すような花だった。

 そう。リンクスには――大切な家族を苦しめた道具を作った者を許すことなど、到底出来ない。


「アルクトゥルスが、首輪は比較的最近作られた物だと断言した。状態や流通具合から、私は製造者が関わってる可能性が高いと思っている。だが、未だこれ以上のハッキリとした証拠は出ていない。そこそこ実力のある魔術士のようで、捕獲には至っていないんだ」


 王は変化したリンクスの様子に怯えることもなく、淡々と現状を話し調査書を手渡す。

 軽く流し読みをすると、事件の始まりから現在に至るまでを細かに記しているようだった。


「つまり、この案件を私が引き継げってことか。でも姫様の護衛の方はどうするの?」

「そちらは第一で行う。手紙の魔術士の件は第一部隊全員に通達済みで、あの子には通常時の三倍の護衛が控えているよ」


 第一部隊の仕事は王族並びに要人を守護すること。

 シンシアの件が問題無ければ、リンクスは王の采配に異論はなかった。


「じゃあいっか。それにどうせ学園の私(リン・メルクーリ)としては会えないもんね。第四部隊隊長の私(リンクス・アーストロ)に会っても怖がらせるだけだし」


 断定する言い種に、王は否定の言葉を紡げなかった。


「……助かるよ。第二がパレードの最終準備に入ってしまうから人手が少なくてね」


 本来王都内で事件が起きれば第二の管轄であり、魔術絡みであれば第六が出る。今回のような案件は、そうそうリンクスのところまで回ってこない。

 リンクスは調査任務よりも、暴れられる外勤の方が得意なのだが仕方ない。どこも手一杯ということだ。

 アルクトゥルスが執務室に居たのも偶然ではなく、団長の名代だったのだろう。既に彼らの中で決定事項だったのだ。


「では、第四部隊にこの件は一任する」

「御意……ってね。まぁ大船に乗った気持ちでいてよ」



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