3 学生寮
シンシアのせいかその後はあまり印象に残る者はいなかったのだが、三人ほど気になる人間がいた。
一人目は留学生の、ヘレネ・ウェヌス。土属性で樹木系統が得意な隣国の侯爵令嬢らしい。
女子留学生の留学理由は、結婚相手探しと自分の箔付けと相場は決まっているらしいので、将来有望な男でも探しに来たのかもしれない。
彼女も美女ではあるが、王女と同じクラスだと比較されてしまい相手探しは大変だろうな、とリンクスは彼女を不憫に思った。
二人目も留学生でエア・アプスー。魔術属性は水で、趣味は古代建築巡りだそうだ。
王女の自己紹介のときに強い視線を感じた気がするが、単に初めて王女を見たのでじっくり観察したというオチかもしれないので様子見。
眉目麗しい優等生の雰囲気だが、眉や口角の上げ方すら洗練されているその姿は逆に怪しいとリンクスは思った。
三人目は、自己紹介に終始興味のなさそうにしていた彼だ。名前はスピサ・ヘルクレス。
彼はクラスメイトに興味がないようで終始外を見ていたのだが、何故かリンクスの自己紹介の時に初めて前を向いた。すぐ机に突っ伏してしまったので、気のせいかもしれないが……。
魔術属性は火と氷の二つ持ちという珍しさに辺境伯の子息だったので、恐らくラーヴァが言ってた見所ありそうな子息の一人だろう。
あの辺境伯の子供を疑いたくはないので、彼が手紙の魔術士ではないことを願うばかりだ。
(まあ、他の二人でも嫌だけどさ)
「今日はもう解散だ。明日以降は部屋に配布されている冊子を見て行動しろ、以上だ」
リンクスが脳内で違和感を感じた三人のことを考えていると、イアトから解散の声がかかった。その声を皮切りに生徒達がシンシアのところにどんどん集まっていく。
あんなに囲まれては王女はしばらく動けないだろう、と考えたリンクスは隣の少女に話しかけた。
「ねぇ、良かったら一緒に寮まで行かない?」
「え! いいんですか!? ぜひ行きましょう!」
リンクスが声をかけると、彼女は勢いよく立ち上がり瞳をキラキラさせた。思ったより良い食いつきにリンクスは少したじろぐ。
「このクラス平民の女の子が居なそうで、ずっと不安だったんです!」
想像よりも元気そうな彼女の名前はエレナ・コーディ。属性は火で、お家が王都の西地区にあるパン屋さんだという。
髪の色や瞳の色も丁度良い焼き色のパンのようで、リンクスは彼女の実家の話も相まってお腹が減ってきそうだった。
エレナは知り合いと違うクラスになってしまったようで、リンクスが話しかけるまで心細い思いをしていたようだ。
寮にたどり着くまでに仲良くなった二人は、敬語もなくなり互いの呼び方も気安くなっていた。
「そういえばリンちゃんは昨日まで学園には来てなかったよね?」
「うん、用事があって今日から来たんだ。やっぱりみんな早めに学園来てた?」
「早い人だと六日くらい前には来てたっぽいよ! あたしは一昨日の夜来たんだけど、その時点で半分以上は来てたかな」
「え〜もしかして今日来たの、私とお姫様だけか」
前日に宴会をして、朝から飛行魔術でやって来たのはリンクスだけなのかも知れない。
「あ、そう言えば! リンちゃんお姫様と一緒に教室来たでしょ? だから最初はリンちゃんもお貴族様かと思ったんだよっあの時の絶望感ったら!!」
(ごめんね、エレナちゃん。私も平民だったとはいえ今は魔法伯だから本当は貴族側なんだ……)
リンクスは勿論そんなことは言えなかったので、エレナに同意するように頷く。
「やっぱり貴族ばっかだから平民は肩身狭いよね〜」
「だよね〜お姫様とクラスが一緒なんて毎日緊張しちゃうかも……あっ寮が見えてきたよ!」
エレナが指を刺した方向へ顔を向けると、――そこには城が建っていた。
「でっか……外観力入れすぎでしょ……」
朝は寮まで見れずに講堂まで行ったので寮を見上げたリンクスは、建物を間近で見て絶句した。
この学園の校舎や他の施設も作りに凝っていて、留学生も多いせいか異国情緒を感じられる凝った施設も多い。
だが、その中でも寮の力の入れ方は尋常じゃなかった。これは城だろう。
「百年以上前のお城を現代に復元しました、とでも言いたげな外観だね……」
「だよねだよねっ、あたしも最初に見た時は驚いて腰が抜けるかと思ったよ」
この国で一番有名な白い塗料をふんだんに使いそびえ立つ白亜の城は、まず城壁に囲まれていて(防御結界が張ってあるのだから要らなくない?)、しかも立派な門や塔が付いている(守護の魔道具を付けるにしてもそんな作り込む必要ある?)。
学生寮という名の壮麗なお城を前に、リンクスはボソッと呟いた。
「壊したら罰金いくらだろう……まぁあの人がいるから大丈夫か」
城門を潜ると広々とした前庭があり、通路を挟むように大精霊達の像が並んでいる。
様々な精霊信仰の根付いたこの大陸で、すべての国に信仰者がいるだろう八つの属性を司る精霊達。
他にも多くの精霊が存在しているが、基本的に人間界へ現れないので顔すら分からない精霊は多い。
その為、これらも伝説を元に想像で造られたものだろう。
その八体の像はリンクスが首を痛くするぐらい見上げるような高さがある。
「お金かけまくってるなぁ」
リンクスの小さな呟きは、風に飲み込まれて消えてった。
そのまま精霊像エリアを抜けるとやっと寮の玄関扉が現れる。
エレナが扉を開くと、だだっ広いロビーが見えた。座り心地の良さそうなソファが並び、所々に設置された植物が寛げる空間演出に一役買っている。
「やっと寮の本館に入れた……すご」
リンクスは思わず感嘆をこぼす。第四部隊の寮もそこそこ広く立派だが生活感が滲み出ているのだ。
自身の寮と同じようなものを想像していたリンクスは、急激な場違い感に襲われた。
受付の寮監に部屋の鍵を貰いエレナのところに戻った時点で心の疲労が凄いリンクスは、無駄に豪華で人の多い所で過ごせるのか割と不安になってきている。
寮は内装もとても凝っており、リンクスが一度だけ任務の報酬として泊まった王都一番のホテルのようだ。ピカピカに磨かれた床とシャンデリアが眩しい。
男子側の寮監が、用心棒みたいな厳つい男だったことで尚更高級ホテルと錯覚する。
また、特殊な魔術が掛かっており生徒が帰寮の時間までに帰らなかった場合、すぐ寮監に察知され怒られるそうだ。反省室で何枚もの反省文も書かされるらしい。
(昔ラーヴァに書かされたなぁ、反省文)
リンクスが苦い思い出を振り返っていると、アウラが元気よく寮内の案内を始めた。
「じゃあ、あたしが簡単に案内するね! 入ってすぐのここは男女共用ロビーだよ! 奥にはサロンが開ける場所があるのでお貴族様はたまに開いてるね。右側の廊下を行くと女子寮、左が男子寮なんだけど、もしこっそり逆側に行ったことがバレたら……問答無用で警備員さんに捕まります!」
「会うなら真ん中のここでってことか〜不純異性交遊禁止ってやつだね」
ラーヴァに散々言われたことを思い出したリンクスは、わざわざ馬鹿なことはしないと改めて誓った。
「それからここの二階が食堂! 朝の利用率は高いけど広いから安心してっそれに部屋でも食べられるよ」
「師団の専用食堂より広くて綺麗……」
「あ、リンちゃん師団の関係者だったね! 師団の人って独身の人は寮暮らし、って聞いたけど本当? それなら寮暮らしは慣れてるかな?」
「うん、何年も前から寮暮らし」
エレナが感心したようにそれなら平民でスカウト組でも納得、と呟く。ついでに昼食も済ませてから食堂を出た。
「じゃあ住居練の方に行こっか。あたし達一年はここの練を使うよ。三年間変わらないって! 一階は大浴場と購買、それから女子だけの談話室と個室がいくつかあるよ」
「ほぉ〜」
「二階がお金がない人向けの安めの二人部屋で、三階から個室で学園への寄付金を払えば払うほど質の良い部屋が手に入ります!」
エレナの話を聞いたリンクスは眉をひそめて階段を見つめた。
「やっぱり世の中金だね……」
身も蓋もない言い方にエレナは肩を震わせて笑いながら同意する。
「まあ確かにお金は大事だよねー、あとは魔術の腕! 両方揃ってるのが望ましい!」
エレナが杖を振るような動作をしながら悪戯っ子のような笑みを作る。二人で笑い合いながら寮の部屋を目指しリンクスの部屋まで辿り着いた。部屋は角部屋のようで、どうやらリンクスはこの階で一番良い部屋を割り当てられたらしい。
「さて! これで一応案内終了かな? あ、夕食時の食堂の詳しい使い方教えるから夕食も一緒に食べようよ!」
「ありがとう! じゃあ荷解きしてくるね。集合は――」