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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
四章
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1 冬休み

 

 魔術対抗戦を終え、一学期最後の夜が来た。

 休みに入るからだろうか。寮内はどこか浮き足だった雰囲気に包まれている。

 友人同士で集まって夜更かしをしているみたいだ。リンクスがシンシアの部屋に居るように。

 そう、二人は今日という夜も変わらず、本の感想を語り合う為に集っていたのだ。


「みんな元気過ぎだよね。子供は早く寝なって感じぃ〜」

「貴女も歳はそう変わらないでしょうが……」


 リンクスの言葉に呆れた声が返ってきた。

 空色の可愛らしい部屋着姿のシンシアも、目が冴えている様子だ。……まあ、彼女がこの感想会で生き生きとした目でなかったことなど一度もないが。


「今回の本は随分と甘々だったね。砂糖吐けそう」

「ロマンス小説の中でも糖度の高さが売りなの。私としては彼が魔法を発現するシーンで――」


 始まってしまったシンシアの熱弁を、本をめくりながら聞く。キスをする寸前の挿絵が見えたところで手を止めた。


「このシーンか」

「何事にも本気になれなかった天才魔術士が、真実の愛に目覚めたことによって生きる目標を持ち、ヒロインを助けるために魔法を会得。最後は幸せな二人のキスで物語を締める。女性なら一度は憧れた展開よね」

「憧れね〜うん、分かんない」


 乙女心難しいな、なんてぼやく。


「物語の最後、キスで締めがちなのもな〜作者も読者も飽きないのかな?」

「飽きたなんて言ってはダメ。これは約束された幸せの記号のようなものよ。このシーンがあれば、わざわざ二人は末長く幸せに暮らしましたとさ、なんて書かなくとも伝わるものなの。それに乙女心をくすぐる展開は、恋愛小説に必要不可欠だわ」

「ん〜? そんなこと言って〜要は姫様、単にこの展開が好きなんじゃない?」

「ひ、否定はしないわっ。でもね、お話というのは最後だけでなく過程も重要よ」

「前に言ってた上げ下げ、緩急が大事ってやつ? まぁ確かに、どん底から這い上がる展開は読み応えあるかも」

「そう。途中でどれほどの絶望に落ちても、最後はめでたしめでたしで終わる物語が嫌いな人はいないわ。むしろ求めているの」


 多くの人が心のどこかで、いつか自分にも……という願望を抱いている。自己投影に小説は最適だった。

 ヒロイン(じぶん)を救ってくれるヒーローは、物語の中だけの存在としても……。

 そう言ってシンシアは紅茶を一口含む。


「最後、か」


 ――絶望を抱いて死んだものは、人生の幕を閉じるその瞬間、何を思ったのだろう。救いはどこに――


「……リンさん?」

「ううん、なんでもない。いや〜なんだかんだ、あっという間の数ヶ月だったね〜試験も姫様のおかげでどうにかなったし」


 リンクスは、ここ数ヶ月のドタバタを振り返る。

 シンシアに声をかけられ一緒にオリエンテーションに参加したり、不穏な可能性を発見したり、何故か精霊界に片足突っ込んだり……。

 つい先日の魔術対抗戦では、久々に戦いの場に立ち言いたいことも言ってスッキリだ。

 そう――喧嘩上等発言のせいか、リンクスの件は大分改善されていた。

 強い魔術士とは、それだけで尊敬の念を抱かれるもの。

 今までとは違う種類の視線が向けられているのがわかる。純粋に一人の強い魔術士として見直されているようだ。実力は示せたと見ていいだろう。

 まだ相談者はいないが、恋愛相談所は学園の淑女達に注目されているようだった。こちらも良い反応だ。

 あの宣言がこれからさらに良い方向へ導くと、リンクスは予感している。

 

「姫様とこうやって集まるのもしばらく先か〜」

「……そうね」


 リンクスの発言に、シンシアの眉尻が下がる。

 休暇の間、この集いが行われることもなければ会うこともない。休暇であるはずなのに、お互い忙しくなることは既に決まっているからだ。

 アルカディア王国では、新年に魔術師団によるパレードが開催される。内容はホストとなる部隊に一任されるが、師団は総力を上げて準備に取り掛かるのだ。

 リンクスは少なくともパレードが終わるまで多忙の身。シンシアも各種式典への参加が既に決定されている。予定を合わせることなど不可能に近い。


「本を、渡さないとね。冬季休暇の間読めそうなら読んで。……この本は貴女へのオススメで、こちらが隊員の皆さんへの布教用。これとこれ、それからこっちも……」


 足元にあるバスケットに被せてあった布を取る。その中から取り出され、次々とテーブルの上に積まれていく本の数々。……いや、多過ぎないか?


「待って待って。さっきから気になってたその籠の中身、全部本だったの!? そ、そんなに読めないよ〜〜っ!」






 翌朝。寮に程近い空き地には、生徒たちを送り出す馬車がずらりと並んでいる。

 今にも雪が降り出しそうな雲。肌を刺すような寒さの中、帰省の為多くの生徒が屯している。

 その中にはシンシアの姿もあった。

 ほんの少し重そうな足取りで馬車へ辿り着くと、御者はタイミングよく扉を開けた。

 だがシンシアはすぐに乗り込まず、誰にも拾えない程の声量で呟く。


「自分の家に帰ることを、こんなにも億劫に思うなんて……初めてだわ」


 泊まりがけの地方視察の夜にすらここまで思わない。

 昨日のうちに別れを済ませた少女のことを頭に浮かべながら、豪華な馬車に乗り込む。

 馬車内を注視していなかったシンシアは、そこでやっと気づく。中に先客がいたことを。


「……ふわぁ。姫様、もう来たの?」


 寝ぼけ眼のリンクスがいた。


「あっ……あなた、どうして!?」

「護衛だよ。ついでに言うと、王子の馬車には第四の隊長が乗ってて、御者や周りの護衛は第一部隊から引っ張り出されてる。王弟殿下に関しては明後日にお帰りの予定だよ」

「昨日は一言も言ってなかったじゃない!」

「そうだっけ? まぁそんなことよりさ、カードゲームでもしようよ〜馬車移動といえばこれだよね」


 リンクスが懐からカードケースを取り出した。

 シャッフルしつつ「空中だとなかなか難しいんだよね〜」なんて間抜けたことを言ってのける。


「……っもう! 私の感傷を返してっ!」


 防音のしっかりした馬車でよかった。そうでなかったら、王女殿下のご乱心だ……と、外にいる者たちを心配させてしまう。

 そして聴取の末にリンクスが怒られるであろう。


「〜っお覚悟を!」


 拗ねた姫君は配られたカードを手にやる気満々である。なかなか楽しい戦いが始まりそうだ。


 かくして白熱した勝負は始まった。

 王宮へ辿り着く頃には、どこか疲れた様子の王女がいたそうだ。


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