19 恋の可能性
三章最終話です
リンクス達は記念の一曲の後、二人の様子を見ていた他の生徒達からダンスを誘われ踊り続けていた。
シンシアは体力的にそろそろキツそうな様子だが、リンクスはまだまだ体力が有り余っていた。今もペトラとロギアの三人で楽しく踊っている。
「メルクーリっ即興で踊らせるな!」
「え〜そう言ってちゃんとついてこれてるくせに〜」
「め、目がまわるぅ」
魔術対抗戦があっても三人の関係性は変わらず、実に平和(?)だ。
友人達と踊ったリンクスは、再度シンシアとゆったりとした時間を過ごしていた。
「流石に疲れたわね」
「私はまだまだ踊れるよ。具体的に言うと日付が変わるぐらいまで」
「貴女体力無尽蔵なの……?」
リンクスは油断しきっていた。背後に迫る人物に気がつかぬほどには。
「――では、俺とも踊ってくれるな」
「ロ、ロティオン隊長……」
リンクスは、ぎぎぎ……と動作の悪くなった魔道具のようになりながら声の発信源を振り向いた。
八法士、第三部隊隊長――ロティオン・ループス。
華麗に着こなすネイビーの礼服には様々な勲章が付いており、彼の功績を物語っている。
「王女殿下、メルクーリを借りていきます」
「……ちゃんと、返して下さいね」
「承知しました。……まぁ、彼女は誰のものでもないですが」
「ちょっと私の意思決定権どこ!?」
とんでもない会話がリンクスを置いて繰り広げられた。
(そもそもなんで話しかけてくるの!?)
「ほら、行くぞ」
ロティオンに連れられダンスエリアに向かう。
「嘘でしょ……!? あの不動の貴公子が!」
「どんな美女に誘われても、絶対踊らないことで有名なループス侯爵令息が!」
多くの視線がリンクス達に集まっている。興味津々のようだが、何故か距離を取られ中央には見事に二人だけとなる。まるで本日の主役のようだ。
「ねぇなんで急にダンスしようなんて? 別に踊るの好きとかじゃなかったよね?」
「殿下に誰か一人だけでも誘ってこいと言われたんでな」
「巻き込まないでくれるかなぁ〜!」
リンクスは理不尽な巻き込まれに怒りを露わにした。周りに聞こえないギリギリの声に抑えつつ、感情を込めて抗議する。
(ダンスが終わったら、絶対女の子達からの質問攻めだ。どうすれば回避――)
「無理だろ」
「心の中を読まないでっ」
リンクスは心中でロティオンに悪態をつき、自身を落ち着かせ今後について思いを巡らす。
とりあえず読唇術防止は行っておく。
「それにしてもよかったのか? あんなに目立つことをして。賭け事してただろ」
「あっ……」
リンクスは今の今まで、完全に賭けの存在を忘れていた。勝つ気満々だったリンクスは「この臨時収入でロティオンにアイス奢ってあげるね」なんて彼に言っていたことも忘れていた。
「賭けに負ける可能性を自分から上げてしまった……!」
「俺が気をつけろと言った者達がいるクラブに入った挙句、今までさっぱり興味の無かった姫と親しくなり、対抗戦を引っ掻き回して優勝。おまけに最後の宣言」
「くぅ……でも顔バレしてないから」
「お前の魔術は完璧だが、危機管理の無さは致命的だ。ビオンが側に居ない以上、お前がうっかりをする可能性は高い」
「でも冬休み入るじゃん」
「その冬休みが、お前を調べる絶好の機会だろう」
まもなく始まる冬季休暇の間は、帰宅申請が簡単に降りる。
新年を家族と過ごす風習がある為、寮を出て家族と過ごす者が多い。貴族であれば新年の祝賀会に参加する可能性が高くなおさらだ。
間違いなくリンクスについて話すだろう。そして、話を聞いた家族は「リン・メルクーリ」という少女について探るだろうと、ロティオンは忠告してきた。
……一応、帽子は常に身に付けておこう。
「そもそもお前が目立たず過ごせるわけがない。人を巻き込み惹きつける性があるんだからな。あの御方たちだって期待はしていないだろう」
「喧嘩売ってる?? 買うよ、明後日ぐらいに」
師団の本部に帰った瞬間魔術戦を仕掛けても構わない。そう言外に滲ませるリンクスに、ロティオンは小さく嘆息した。
「遊んでいる暇なんてないぞ。パレードの準備、各種式典の警護、本格的な降雪の前の魔獣狩りと、やるべきことが山積みだ」
「うへぇ〜私達はいつも通り外回りでいいよ。拒否するやつなんて居ないだろうし。当日はシメオンの護衛で」
「言っておくが、パレード当日の市中警護は全員参加だ。サボるなよ」
不満げな顔でロティオンを見つめるリンクスに、そっぽを向いて気づかないふりをするロティオン。
二人の攻防戦はいつものことである。
「それにしてもロティと踊るの久しぶりだね。変わってないね〜型通りの生真面目な感じ」
「お前が気分や踊る相手ごとに変え過ぎなんだよ……」
ロティオンは至極呆れた声をこぼす。
「だって色んな踊り方した方が楽しいじゃん。あっ、くるくる〜ってするの昔よくやったよね〜」
「散々付き合わされたな。最悪だった」
リンクスがどれだけハマっていたかというと、ロティオンが回したり、回されたりで頭がおかしくなりそうなほどだ。ロティオンの三半規管は、さぞ強靭になったことだろう。
「私のおかげでロティのダンス技術は爆上がりじゃん。飛行魔術使っても酔わないしさ。褒めてほしいぐらいだよ」
「どうやらお互いの認識に隔たりがあるようだ」
話しながら息のあったダンスを踊るリンクス達。二人でくたくたになるほど練習した成果を身体が覚えている。
「昔みたいにくるくるしてあげよっか」
「要らん」
気分などのノリで踊りをアレンジするリンクスと、型通り踊りたがるロティオンのダンスでの攻防も昔からだ。あの頃から変わってしまったのは背丈の差だけ。
そして意外なことに、結局はリンクスが折れてロティオンの希望通りに踊るのだ。
息のあったダンスで薄紫のドレスと濃紺の礼服が混ざり合う様に、周囲の人々は目を奪われている。
「あ〜姫様が心配そうにこっちを見てる。ウインクでもしとくか」
「意味が分からん。そんなことより、随分王女と仲良くなったな。意外……でもないか。お前は好かれるか嫌われるかハッキリ分かれるタイプだが、人見知りしないから誰とでも話せるし、最終的に仲良くなってることが多い」
「あはは〜ロティは人見知りだもんね。仲良くなるのに絶対半年以上かかる」
昔から対照的なことが多かった。だからこそ、二人の関係は続いているのかもしれない。
「俺は正直……お前がここまで、王女に心を砕くとは思わなかった」
「自分でもそう思う」
主人の孫や子であれど、リンクスの興味関心を惹きつけるとは限らない。
リンクスの興味を惹いたのは――少女がみせた輝きの一片。
「姫様を気に入った理由はいくつかあるよ。そのうちの一つが恋のこと。そもそも恋とはなにか、みたいな哲学じみた話から恋愛小説の感想を語るのも面白い。話す時の姫様の表情も好きだし。姫様はああ見えて、私に興味を持たせるのが上手いんだ」
「考えてみれば……恋愛嫌いで知られてるお前に、面と向かって恋の話をする猛者はいなかったな。それで? 王女はお前に変化をもたらせたか?」
「変わった部分もあれば変えれなかったところもあるね。そうそう、一ついい事を学んだよロティ」
話の続きを促してくるロティオンに笑顔で答えた。大切な友に、現時点でリンクスの知り得たことを共有する。
「良い意味で……この世には、人生を変えてしまうような恋がある」
「…………」
「私の中ではね、『愛する』って……『護る』ってことなの。精一杯大切にするって意味なんだ」
「そうだな。お前の愛する第四部隊に手を出されたら機嫌がすこぶる悪くなるし、ゼノン副団長やアクィラさん達を不快にさせた貴族に威嚇で雷を放ってた」
「うっわ〜私の愛はずいぶん攻撃的だね」
リンクスは、自分の凶暴性を「あはは」と笑って済ます。
「それでね、私は『恋をする』って『愚かになる』ことだと思っていたんだよ。恋という感情を抱けば、一方的な欲に塗れた思考に囚われる。その感情を利用され、最後には捨てられるだけなのに、なんで人は恋をするのか理解不能だった。でも、恋にも色々あるって単純なこと、姫様と会ってからやっと分かったよ」
今思うと、身近な人達も恋をしているのかもしれない。リンクスに気を遣って、優しい愛だけの世界を見せてくれていたのかもしれない。
そう気づけただけでも学園に来てよかったと、リンクスは心から思っている。
「いや〜もしかしたら、私が誰かに恋をする可能性も〜……なんちゃって!」
「…………そうか」
パチクリと瞬きする幼い表情。そして、ワンテンポ遅く返事をしたかと思えば難しい顔になった。
リンクスの発言に考え込むロティオンなど、とても珍しい。先回りして反論してくることだってあるのに。
「え? どうしたん?」
「別に。何も」
「……はっ、この顔はもしかして……拗ねてるの?」
まだ出会って間もない頃のこと。リンクスとロティオンは常に行動を共にしている時期があった。
あるとき、リンクスは一人でゼノンに会いに行き帰ってくると、ロティオンの様子がおかしかった。
その後も何回かそういうことが起き、ようやくリンクスは自分と離れたことが原因ではないかと気づく。
そこでリンクスは、不満な顔をしているロティオンに直球で尋ねたのだ。するとロティオンは涙目で「リンクスがいないとやだ。一人はさみしい」なんて口にした。
この時からリンクスの中で、ロティオンは寂しいと弱ってしまう生き物なのだ。
「拗ねてない。いつまで昔を引きずる気だ」
「あの頃が一番可愛かったね〜それで? 私が成長したから怖くなっちゃったの? ロティが拗ねるのは寂しいときだもんね。大丈夫、内面の成長に置いてけぼりなんてないから」
「……いや、お前といると孤独なんて感じる暇がない。それに、俺はもう独りじゃないって……リンクスが、教えてくれたから」
少し辿々しい小さな呟き。久しぶりの素直なロティオンに、リンクスが気遣わしげな顔をする。
「なにか変なもの食べた? 素直過ぎて変」
「…………」
「あっちょ、何怒ってるの!」
珍しく教科書通りのダンスではなく、少し荒く踊り出したロティオンに慌てて合わせる。腰に添えられた手のせいで逃げられそうもない。
「そっちがその気なら……!」
リンクスは笑みを見せると、自分からさらにスピードを上げた。髪やドレスの裾が大きく翻る。
何故か競い合いを始めた二人に観客の目はさらに釘付けだ。その中でも「わたくしとも踊って!!」と言いたげなクロエの視線を強く感じる。
いつもなら鬱陶しいと逃げるが、今日のリンクスは気分が良かった。クロエの誘いにも乗って、新しい友人達とも踊り明かそう。
だって、楽しい宴はまだまだ終わらない。
もちろん、リンクスの笑顔もだ。
王子が踊ってこいと言ったのはリンクスの件での八つ当たりに近いので、巡り巡ってリンクスの自業自得です……
ロティオンが踊らないのは有名なので、王子もまさかロティオンが本当に踊るとは思わずびっくりしてます。