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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
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17 閉幕後の動乱


 決勝戦も無事終わり、休憩室では生徒達の喜びの声が溢れていた。なかには謎の踊りを披露する者もいる。

 今は三年生の対抗戦が行われようとしている直前だが、この盛り上がりからして、まだしばらく試合を見に行けそうにない。


「皆喜びすぎ〜」


 休憩室のソファにゆったりと座りながらぼやく。

 リンクスにとって勝利は当然のことである為、ここまでの嬉しさは湧かない。だが、喜びに笑う彼らを見るのは悪くない気分だ。


「「お疲れ様〜」」

「よくやったぞ。これでカスレフティスとヒーノから、イチジク酒と和酒を頂戴できる」

「生徒を賭けに使うなっ」

「待ち伏せしてた相手の攻撃を結界で防いだらさ、相手は防がれると思ってなかったみたいでめっちゃ動揺してんの。でもたしかに少し前の俺なら対応出来なかったと思う」

「特訓のおかげか、危機察知能力というか反射ですぐ結界貼る早さがぐんと上がってるよな」

「同学年の試合を観戦してみても、我々のクラスが一番対人戦慣れをしていたのは一目瞭然でしたね」


 各々好き勝手に喋っているこの自由な雰囲気が、第四部隊を想起させ郷愁を感じる。

 ふと横を見ると、隣に座っているシンシアは放心しているようだ。


「姫様、魂抜けちゃダメ。私たちの戦いはまだ終わってないよ」

「……はっ、そうだったわ」


 優勝したクラスは閉会式にて表彰がある。代表者が学園長からトロフィーを受け取り、軽く質問されたりするらしい。


「リンさんは大勢の前で話すなんて緊張しないの?」

「べつに〜むしろどこまで印象づけられるかを考え、て……今の流行は悪役令嬢なわけで……うん、閃いた。完璧だ」

「今の発言で急激に不安になってきたわ。少し前までの頼もしい貴女はどこに行ってしまったの」

「ここにいますが??」


 そんなやり取りをする二人に声がかかった。


「シンシア様にリンさん、打ち上げ会を行おうと話していたのですけれど、お二人も参加しませんこと?」

「するする〜」

「私も参加いたします」


 ヘレネからのお誘いに是と答え、打ち上げの打ち合わせをしている者達の輪に入る。


「会場は寮の一番大きい談話室で良いよな!」

「でも他の学年も打ち上げ会場に使うのではありません?」

「その時は相談して日をずらせばいいっしょ」


 対抗戦の後とは思えぬほど元気だ。今日の興奮が収まらないのだろう。


「私も最初に竜討伐したときは興奮したな〜」

「……それ、不意打ちで口に出していい話ではないのだけど!? 竜なんて、魔法士が動くレベルの厄災じゃないっ」

「えっなにその話、詳しく聞きたい!」

「俺も俺も!」

「あっはっは〜今度時間がある時にね。そろそろ最終試合を見に行こうよ」


 対抗戦を観戦したかったリンクスは誘導を成功させ、全員連れ立って特設会場に向かう。もう既に最終戦は始まっているようだ。


「ほんと高性能な魔道具投入してるな〜投影魔術が刻まれた本体が三つに、端末の飛行魔道具がいくつもある」


 ここまで鮮明に映るものはそうそう出回らないはず。それだけクロエの本気度が伺えた。


「最初の一つは、メイガスキオン商会からの提供の品だったそうよ。気に入って学園長が買い足したの」

「たしかにあの人はこういう物好きそうだ。おっ、先輩が映った。がんばれ〜」


 リンクスは全体的にレベルの高い三年の試合は、率先して見に行っていた。と言っても、魔道具を介さずとも投影魔術や遠見の魔術が使える為、この場に足を運んだのは初めてだったが。


(監視の目があまり届いてない生徒を一気に見れる良い機会だったな)


 リンクスはそんな事を考えながら、シンシアの横を陣取り対抗戦の行方を見つめ続けたのだった。



 * * *



 白熱した最終試合も終わり優勝クラスが出揃った。

 少しの休憩時間を入れた後、すぐさま表彰式が始まる。イアトが段取りを説明し出す。


「この後代表二人が前に出て、賞状と優勝トロフィーを受け取る。うちからはエアとリンの二人が出ろ」

「了解で〜す」


 エアは頷き、リンクスはゆるい返事を返した。これから全校生徒の前に出るというのに、二人には緊張する素振りもない。

 イアトは表彰式の流れを説明し終わると、二人の肩を優しく叩いた。


「さあ、行ってこい」




 特設会場の真ん中には、新しく表彰台が設置されていた。先ほどまで魔道具や司会席があったはずだが、リンクス達が辿り着く頃には既に撤去していたようだ。

 学園長からのありがたいお言葉をいただき、テンポよく賞状の授与に移っていく。リンクスも、ここではおとなしくトロフィーを受け取った。

 リンクスは個人的な優秀賞を貰い――とうとうインタビューの時間となる。


「まずは一年生から! メルクーリさん優勝おめでとうございます! 八面六臂の大活躍でしたね!」

「ありがとうございま〜す。なんか〜私のことな〜んも知りもしないのに貶してくる連中がいるらしいから、実力見せつけちゃいました〜」


 リンクスはわざと煽るように抑揚をつけて答える。


「結果はご覧のとおり。この学園の中じゃ私が負けることはそうそうないだろうね。だから私、納得しちゃったもん」

「納得とは?」

「弱い犬ほどよく吠えるっていうでしょ? だからキャンキャン騒いでたんだなって」


 とんだ怖いもの知らずである。


「あっはっは……若い子ってすごい」


 ギギーもこの発言には、さすがに顔を引き攣ったようだ。

 だが、リンクスは止まることを知らない。ギギーの持つ音響機器を奪い取り高らかに発する。


「私に文句がある人! 魔術士であるんなら、じめじめ嫌味言うんじゃなくて、正々堂々魔術勝負で私を下しにきなよ。まぁ、一瞬で返り討ちにして膝をつかせてやるけどね〜」

「よく煽るなぁ」


 一周回って感心しているようだ。他には、想像を超えた展開に呆然とするシンシア、「いっそ感心するね」と笑うエア、青筋を立ててぶるぶる小刻みに震えているペトラが見える。

 そして観衆の多くは、リンクスを剣呑な眼差しで見ている。貴族の生徒が多いこの学園で、無礼な態度に反感を持つ者は少なくないのだ。

 周囲の反応はさまざまだが、リンクスは気にせず話し出す。それはもう、ペラペラと。


「あとそれからさ〜新聞クラブの奴聞いてる? 私が大事な先王陛下の子供に手を出すわけないだろ馬鹿野郎! 元上司のお子さんに手を出すほど落ちぶれてないんだけど!? な〜にが、『王弟殿下に色仕掛け!?』だよっ」

「ば、ばか……」

「あとスピサくんも巻き込まないでよ! ヘルクレス伯に申し訳ないだろ! 第四は北側で討伐すること多いんだから、顔を合わせづらくなるようなこと言わないでくれる!?」


 今までこの件について沈黙を貫いていたのが嘘のようだ。

 口を挟む暇がない為、とうとう誰も声を発さなくなる。かくして、リンクスの一人劇場の幕が開けた。


「次有る事無い事書いてみろ。魔術対抗戦の特殊結界なしで試合してやる。私が治癒魔術使えるってこと忘れないでね」


「てかあんな記事に惑わされるやつも愚かだよね。勝手に言わせておけば『体で籠絡した』だの、『それならスカウト枠も不正だったのでは?』だのと、難癖つけやがって色ボケども。そんなことにしか頭回んないの?」


「てか婚約者取られるかも〜なんて不安がってないで、私と言う存在を不安に感じないほどラブラブな関係築けばいいだろ! 愛を育くめ! あ〜今婚約者いない奴は論外。人の悪口で盛り上がる前に相手を探せ! 協力してあげるから不満の矛先こっちに向けないでくれる?」


 聴衆のポカン……とした顔がいくつも見えるが、気にしない関係ない。

 一部の生徒によってちまちまと積み重なっていたフラストレーションをぶちまけ、リンクスはとても清々した。


「ぶっちゃけ君達がどうなろうと知ったこっちゃないんだけど、君達が不幸になると悲しむ人がいるんだよね」


 リンクスはちらりとシンシアを見た。だが、すぐさま目線をそらす。


「だから楽しく過ごしてもらわないと困るの。かと言って、羽を伸ばされすぎても困るわけ」


 リンクスはいきなり自身の魔力を放出した。その影響の濃さは、大地が揺らぐような錯覚を覚えるほどだ。

 観衆は暴力的な魔力の気配に、今や苛立ちよりも恐怖の色を宿していた。この場を支配するリンクスの次の言葉を、固唾を飲んで待っている。

 露払いには十分だ。


「――ということで、この学園限定で姫様とともに恋愛相談室を開き、君たちの恋愛や結婚への悩みを解消するために人肌脱ぐことを誓います! つ・ま・り〜君達の最大の障害が味方になってあげるってこと!」


 そして、最後に一言。


「窓口は姫様でも私でもどうぞ!」



「どうぞ……っじゃないだろう!!!」


 ロギアのツッコミが会場全体に響く。

 さすがはこの数ヶ月、高頻度でリンクスの無茶苦茶な言動に付き合わされてきた男だ。誰よりも回復が早い。

 なお、会場の大勢は取り残されている。


「王女殿下を巻き込んで何を言ってるんだ!」

「え〜お互いの不安とイライラを解消する円満な解決策じゃない? 姫様も良いって言ってるよ。というか姫様がメインだよ」

「殿下を指差すな! 王女殿下っ、メルクーリの発言は本当なのですか!?」


 ロギアはシンシアに真相を促す。


「リンさんの言ったことは、本当よ」

「なっ……!?」


 ロギアは信じられない肯定が返ってきた為、これ以上何も言い出せなくなったようだ。

 シンシアは一歩ずつゆっくりと、リンクスへと向かっていく。


「リンさんに凄まじく非難の声が上がったことで、私は事態を深刻に受け止めました。この国でも婚姻への感心は高い。それにも関わらず自身の意思は介入しえない。だからこそ婚姻に関する心理的不安や不満は、いつか傷害事件に発展してもおかしくないと」

(あちゃ〜バレてた)


 最近は誰かしら一緒に行動することが多かったが、選択した授業の関係でどうしても単独行動をする時間がある。そのタイミングで敵対的な生徒達に囲まれてしまう、という取るに足らない出来事だったが、シンシアは重大に受け止めたようだ。


「いえ……もう既に火種はそこかしこに埋まっている。此度の一件もそのうちの一つでしかないのでしょう。平和な世が続き、縛られない自由な鳥に憧れるようになっても――あなたの立場には責任と義務がある。望むなとは言いません。だって私は、一人でも多くの人々に悔いのない人生を歩んでほしいから」


 シンシアはリンクスの横に並び立ち、堂々と宣言する。


「その為の相談室なのです。責任と義務を遂行しつつ幸福となれる道を探す場所として発足し、皆の未来への不安を取り除く一助となることを――シンシア・アルカディアの名に誓います!」


 その宣誓は、静まり返る会場に凛々しく響いた。名に誓うとまで言った彼女の言葉に何人もの生徒が息を飲む。

 シンシアの言葉を受け、会場の生徒達は先ほどとは別の意味で時が止まったかのようにぴくりともしなくなった。

 感心、恐怖、後悔、好感。さまざまな感情が会場に渦巻くのをリンクスは感じとる。


(国で一番、立場的に婚姻の自由がないだろう少女にこんなこと言わせたんだ。これで心が動かなかったなら、もうこの国の臣民とは言えないよ)


 隣で語っているシンシアを見つめ、満足そうに微笑む。そこには、いつもより威厳のある立派な王女の姿があった。




 * * *




 昨日に引き続き、今日もまた二人の夜更かしは行われていた。

 リンクスはクッキーを食べながら、目の前に座るシンシアを見る。可愛らしい夜着とストールに包まれたシンシアは、それはもうぷりぷりと怒っていた。


「もぉ! なんであのような挑発したの!?」

「好感度とか信頼度とかは、最初は低い方が後々ウケる、でしょ?」

「それは物語の中の話ですし、印象が悪いキャラの悲惨な過去を見せて手のひら返しさせる現象のことよ……」


 シンシアは以前の読書感想会で「好感度マイナスから始まるタイプのラブコメ小説の良さ」について語ったことを思い出した。少しの後悔がシンシアを襲う。


「いや〜それにしても皆すっごく驚いてたね〜私、人の間抜けヅラって大好きっ」

「言い方……」

「いやいや一泡吹かせる瞬間って最高でしょ。姫様だってスッキリした顔してるよ」


 引いたようなシンシアの声にリンクスは弁明する。


「私は、……」


 言葉が詰まっている様子のシンシアに首を傾げる。


「どしたん?」

「いえ、別に。なんでもないわ。そんなことより……はい、これ。明日からのロマンス小説よ」

「あっまだ読んでないやつあるんだ」


 シンシアから手渡された分厚い本を開いてみる。作者はシンシア一推しのイオリーティス先生だ。

 結構読んだはずなのに、シンシアはまだリンクスが未読の本を持っていた。いったい何冊持ってきてたんだ……。


「冬休みのうちに厳選して蔵書を増やしておくので、気にせずガンガン読みなさい」

「はぁ〜い」


 リンクスは魔術で本を自室へと転移させ席を立つ。

 明日は完全な休息日だが、打ち上げがある為これ以上の夜更かしは禁物だ。長居は多方面からお叱りを受けてしまうだろう。


「じゃあ姫様、今日はお疲れ様。おやすみ〜」

「……リンさん。私に勇気を与えてくれて、本当にありがとう。それから、今回勝てたのは貴女のおかげよ――偉大な魔術士に感謝を」


 就寝の挨拶に帰ってきたのは、これからの誓いの言葉とお礼。改まって口にされた謝意の口上に、リンクスは笑みを見せたのだった。


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