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御伽話の魔法使い  作者: 薄霞
三章
63/82

16 高嶺の花



『剣は鍵、地も幻、全てが偽りであったとしても、只人には見抜けない……さぁ、秘密の花園をここに』


 ボロボロになった大地に一輪の花が咲く。

 それを皮切りに、緑と鮮やかな色彩がリンクスの足元から生じ始めた。美しい花々はぐんぐんと増殖し、いつのまにか観戦用のステージまで届いている。

 警戒したロギアがペトラの側へと降りてきた。


「その花は本物だけど本物じゃない。でもタネも仕掛けもないから安心安全だよ」

「……そのようだな」

「まるで魔法みたい……」


 花はみずみずしく生き生きと咲いているように見える。

 植物を操る魔術であっても、ここまで一気に多種多様な花を生み出すことはできない。ペトラがそう呟いたのも無理もないことだった。


「これは私にしか作れない景色だから、たしかに魔法みたいなものだね。とっても綺麗でしょ?」

「……幻影の上位魔術か?」

「まぁ幻だけど、正確な分類は違う。これは結界の到達点、真髄とも言える魔術」

「……っ」


 ()()()()()()()()()()()という状況のおかしさに、急ぎ振り返ったロギア達の目に映るのは、大事そうに花を触るリンクスの姿だ。


「――! 先ほどまで前にいたはず」

「ふふっ、どうだろうね? 冒険小説ならともかく、現実に自ら種明かしする魔術士はいないよ」


 おちょくる様な言い方に、いつもの切れ味のあるツッコミは帰ってこない。

 周囲を見回していたペトラがあることに気づく。


「いつのまにか、地面だけじゃなくて、一帯の景色すら変わってる……」

「――<固有結界>。魔法の次に習得が困難とされる心像の具現化。術者の世界に入れられて仕舞えば最後……容易く出ることは叶わない」


 そう、打ち破ることは不可能ではないのだ。

 ロギアが固有結界を打ち破るため詠唱をし始めると、リンクスは防御を捨て正面から歩いていく。

 無防備で、自殺行為としか思えない行動だ。


「ギリギリまで足掻いて見せて。毒が完全に回り、呪いが完成するまでね」

「呪い?」


 二人は訝しみつつも、リンクスに攻撃を仕掛けた。ロギアの炎がペトラの風によって激しく燃え上がる。


「くっ、また」


 リンクスの姿が曖昧になり、魔術が定まらない。強力な攻撃でも当たらなければ意味はないのだ。


「<天泣>」


 豪炎がリンクスに辿り着く前に、突如降り出した雨がその脅威を消し去った。

 よく晴れた空に一滴一滴輝く雨、そして美しい花々。場違いなほど幻想的だ。


「まだだ!!」


 攻防は休まらない。だが、何度抗っても、結果は変わらなかった。


「……もう時間みたい」


 どうやら予定通りに術は発動したようである。リンクスは目を瞑り、一人の少女を思い浮かべた。

 ()()の魔力と、遠く離れたリンクスの魔力が繋がる。ほのかに温かみがある心地よい魔力だ。


「婚約者がいる男に接触するのはいけない、って姫様言ってたっけ」


 ときどき方向が狂うという謎の現象に苛まれる彼らの背後に立ち、ロギアの杖を掴んだ。

 

「意味の分からんことを――」

「魔術士にとっての杖って、身体の一部だよね。つまり今、君に触れてるのと一緒ってわけ」


 リンクスが耳元で囁いた直後、ロギアの身体がガクンっと崩れ落ちた。


「ロギア様!」

「この魔術……<高嶺の花>、か……」


 ペトラが身体を支えようとしたが間に合わず、ロギアは花畑に倒れ伏す。呻きながら魔術を看破したがもう遅かった。

 状態異常系魔術は、魔術を付与したものに刻印が浮かぶ。<高嶺の花>は美しい花の紋様が浮かぶ為、発動条件と相まって推測可能だったのだろう。

 リンクスの手の甲には、たしかに薄れた花の印があった。


「ふふっもう喋れるなんてすごいよ。この魔術(わな)に触れて、こんなに早く口が動かせる人なんて、そうそういない」


 リンクスは狩り終わった獲物を手放しで褒めるが、ロギアの顔には依然として悔しさが滲んでいる。


「くっ……届かなかった」

「自分を卑下しないでね。現役の師団戦闘員にここまで食らいつけたことは、学園長だって褒めてくれるぐらい凄いことだよ」

「世辞は、要らん……」

「本当のことなのに〜」


 ロギアのつれない態度に、リンクスは頬を膨らませた。


「次はペトラちゃんだね。ちなみに降参するのもありだよ。どっちにしろ結果は変わらないから」

「…………そうですね。二人でも勝てなかったのに、一人ではさらに不可能です」


 ペトラは力なく杖を下ろした。戦う意思のなくなった姿を見て、リンクスもそれ以上は動かなかった。


「じゃあ、しばらくこの中にいてもらうね。魔術が解除された時には敷地の外に出てるはずだよ。……君たちと戦えてよかった」


 リンクスは別れの言葉を告げると、その美しい世界から姿を消した。






「ロギア様、お身体辛くはないですか?」

「……あぁ大丈夫だ」


 ペトラは花畑に座り込みロギアの顔を覗く。彼は強く目を閉じていた。


「見るな。情けない男の顔なんか……くっ、この魔術忌々しいな」


 口は動かせるが手は動かせないらしい。

 ペトラは無言でロギアの左手を取って、目元を隠した。そうするべきだと思ったから。

 そして自身の想いを告げる。


「ロギア様は、情けなくなんかないです。ロギア様は最後まで逃げなかった。正々堂々相対したっ、情けなくなんて、ないっ。ずっと、ずっと……わたしの愛するかっこいい魔法使いなのです!」




「…………ペトラ、やはり手を退けてくれ。顔が見たい」

「今はだ、ダメですっ」




 * * *




『<高嶺の花>は、魔術をかけた対象に触れた者の動きを封じるっていう魔術。この手の間接的な魔術は、詠唱も長めで魔力の消費も激しい』

『扱いが難しいのね?』

『そう。おまけに魔術をかけられた人物の手と術者の手に同じ魔術刻印が浮かび上がるから、犯行がバレやすいんだ。痕跡が残るわ罠に引っかけづらいわ、色んな意味で扱いづらい不人気魔術だよ。これを私にかけるの』

『……貴女の説明を聞いてたら、私どんどん自信がなくなってきたのだけど』


 昨夜の話し合いの後リンクスから教わったこの魔術は、試合開始の合図の直後に施し済みだ。あとは最後の発動の呪文を唱えるのみ。

 距離はあるが、リンクスが戦う姿が見える位置で待つ。


「緊張してきた……」


 今日シンシアがすべきことは、この魔術を成功させることと最後まで生き残ることの二つだ。


『この作戦の成功は、姫様にかかってる。魔術のタイミングはペトラちゃんが魔法を使った後、私が花畑を出したときだよ』


 だから、リンクス達の行動から目を離さないように懸命に追いかける。

 そして、時は来た。


『剣は鍵、地も幻、全てが偽りであったとしても、只人には見抜けない……さぁ、秘密の花園をここに』


 花が咲き乱れた。

 自身の役割を果たすべき時が来た。

 リンクスは、引きつけて引きつけて……あちらが油断する最高のタイミングをずっと狙っていた。

 シンシアの失敗でこのチャンスを逃すわけにはいかない。

 杖を両手で握りしめ、魔術発動のための最後の一節を唱える。


『それは――触れてはならぬ禁忌の花、毟る者は罰せよ!』


 これでリンクスの身体には毒が回り、触れれば痺れる至上の花となった。


「あとは、祈るのみ」


 先ほどまで無防備だったシンシアを守ってくれていたエレナと共に遠見の魔術でリンクス達の様子を観察していたが、花が一帯を埋め尽くして以降何故か姿が見当たらない。

 昨夜「見失うだろうからこの発動方法の魔術じゃないとね」と言っていたのはこういうことか。

 手に刻印が浮かんているから成功したはずだ。

 だとしても姿が見えないというのは、想像よりも不安を駆り立てる。リンクスに会うまでこの気持ちは解消されないだろう。


「そういえば……この魔術、どうして高嶺の花って名付けられたのでしょうか?」

「私も不思議に思ったわ。術者に同じ印が浮き出るあからさまな欠陥も気になるわ」


 エレナが名の由来を不思議がるのに、シンシアも自身の手の甲に咲いた花の刻印を見ながら同意した。


「――花側である女性達には、どうやらこの魔術が理解不能らしい」


 二人が魔術に関して話していると、思いのほか近くから声をかけられ、揃って驚きに目を丸くする。エアが持ち場を離れ、近づいて来ていたのに気づかなかったらしい。


「今は魔術対抗戦中ゆえ、盗み聞きに割り込みした無礼は許していただきたい」

「いえ、私達こそ無礼ね。関係のないことに気を取られていたわ……それで? 貴方にはこの魔術の真意が分かると?」


 この際だ、疑問を解消してしまおうと、シンシアはエアに尋ねる。エアは「あくまで推測ですが」と前置きしつつも、さも当然というように答えた。


「手の届かない高嶺の花に、自身の跡をつけたいという願望。自身が手に入れられないのなら、せめて誰にも摘み取られぬように、という醜い執着だと。真相は創り手の魔術士のみぞ知る、ですがね」

「……この魔術の印象が急に変わりました……」


 エレナがエアの言葉に顔を赤くしている。

 シンシアも、手の甲にある魔術刻印が先ほどまでとはまるっきり別物に見えてきて恥ずかしくなった。

 少し動揺したが、顔には出さず持ち堪えた。


「あぁ、報告に来たんだった。相手チームは半分程まで退出したようだよ。それから彼女がこちらに向かっているようだ」

「え?」


 場に一陣の風が吹く。勝利の風だ。

 シンシアは頭上を見上げる。


「ごっめ〜ん、ほんとは寄り道しないであっちに合流するはずだったんだけど、姫様に会いたくなって来ちゃった!」


 制服の裾を翻し、空から舞い降りてくる少女。

 いつだって予想外なことをして翻弄するのに、そばにいて欲しい時は寄り添ってくれる。

 だから、こんなにも惹きつけられるのかもしれない。


「こちらの予想よりも早く決着をつけてくれたからね。問題ないよ」


 リンクスは、エアの言葉に自慢げに胸を張っている。


「姫様やったね〜! 私達二人の勝利だよっ」

「……成功、したのね。わたくし達二人で、成功させたのねっ」

「え〜姫様って、実は泣き虫なの?」


 リンクスが感動で震えている身体を抱きしめた。

 シンシアの弱々しい姿を見ると、子供をあやすように抱きしめて頭を撫でてくる。まるでそのやり方しか知らないというように。

 喜びを噛み締めて言う。


「泣いてないわよ。嬉しくて、それどころではないもの」



 * * *



「お待たせ〜」

「いえ、ちょうどいいタイミングでしたわ。救援ありがとうございます。そしておめでとうございます」

「お疲れそしておめでとう、リンちゃん。本当にあの二人に勝ったんだな!」


 合流した仲間から口々に声をかけられる。どれもリンクスの勝利を祝う言葉だ。

 褒められてさらに気分が良くなったリンクスは、上機嫌のままヘレネに状況を尋ねた。


「進捗は?」

「推測通り、相手クラスの開始地点は南七の練付近だったようで籠城されてますわ。地道に外に出ている者を探し当てて減らしてはいますが、不利な状況ですわね」


 学園の南側は、クロエによる増設が激しい区画だ。彼女の芸術性が迸る建築物は、毎年新入生から何人もの迷子を出してきた。

 そのような場所でリードを取られてる状況で、無闇に攻め込むのは悪手でしかない。


「この辺り建物が複雑で死角だらけだから、外から入ってくる敵を不意打ちし放題。おまけに索敵を妨害する魔道具は、普段どおり起動しっぱなしだもん仕方ないね。これだけ残ってれば御の字」


 侵入者を拒む仕掛けがあらゆるところにあるのだ。リンクスにとっては籠城も妨害も無意味だが。

 本来なら建物を倒壊させる一択だが、既存施設を意図的に壊そうとした場合は失格と規則にあった。

 

(この配置にしたの、絶対クロエちゃん)


 いつものように壊せない建物を前にどう動くのか、高みの見物をしてるだろうクロエに悪態をつきたくなる。

 ロギアとペトラが倒された今、相手の勝率は格段に下がっている。籠城に適したこの場所から離れないはずだ。

 クロエは、そんな膠着状態に我慢できず暴れるリンクスを見たがっているのだろう。


「いいよ〜見せてやろうじゃん。そんなにお望みならね」



 * * *



 青年は会場の隅で一人、対抗戦の終わりを待っていた。


「いやー……なんということでしょう。袋の中のネズミとはこのことですね」


「……すまない、みんな……メルクーリさんに容赦なく追い詰められる恐怖体験を味わってるのを、指を咥えて見ていることしかできない不甲斐ない担任をどうか許してくれ」


 祈りのポーズをしたカスレフティスは、懺悔を口にする。

 そして、魔術対抗戦で今何が起こっているのか……教師の口から改めて解説された。


「メルクーリさんが一人で突入したときはどうなることかと思いましたが、まぁその……圧倒的ですね。飛行魔術をうまく利用した縦横無尽の剣技は」


 今もまた一人、結界を容赦なく叩き斬られ悲鳴を上げながら退場する生徒。叩き切った側に罪悪感など微塵もない。

 むしろ久々に暴れられたのが嬉しかったのか、リンクスは心底楽しそうだ。


「その上ヘレネ・ウェヌスさんの成長させた植物により、出入り口を封鎖されていて逃げ場が無いんですよね。ご丁寧に植物が窓も覆っていますし」

「耐火性の高い植物を燃やしきる間に、メルクーリさんに察知され追いかけっこ。その間に減った分の植物をまた巡らせ、最初からやり直しという」

「万が一逃げれたとしても、外にはヘルクレスくん筆頭に生徒たちが待ち構えてるので……うん、怖い!」


 中にいる生徒達のことを思うと、たしかに恐ろしい光景だ。今も剣を持ったリンクスが、生徒との距離を急激に詰めて襲いかかり絶叫されている。


『そこだね』

『ぎゃああぁぁ!!』


 あまりに一方的な展開だった。引き攣った顔ばかりの観戦会場で、クロエだけは正反対の表情を見せ歓喜の声をあげているが。


「最高よ〜〜!!」

「……あのー学園長?」

「愉悦スイッチが入った学園長は置いておきましょう。絡んでも碌なことがない……それより、メルクーリさんがまた派手に動いてますよ」

「おぉ〜! 素晴らしい身体能力ですね。次から次へと飛び移って、縦へ横へと自由自在だ〜っ!」


 そして新たな爆発音が轟く。

 どうやらリンクスは、残りの隠れている生徒を炙り出したいらしい。

 だが、むしろ逆効果だ。無闇に相手の恐怖を煽るな。


「生徒たちの夢見は悪そうです」


 追い回されている生徒の悲鳴を聞いたカスレフティスの顔色も良くない。彼の夢見も悪そうだ。

 リンクスはようやく、建物の中なら索敵魔術が使えると気付いたらしい。発見した生徒を倒しに、一直線に向かっていく。


「うっわ、良かったですねーこれが魔術対抗戦で。命の心配もそうですが、特殊結界に建物が覆われてなければそちらの損害も大変なことになってました」


 魔法を使用したリンクス相手であれば、この特殊結界が有っても命の危機がある。


「まぁ、魔法を使わなくても既に大惨事のようなものか」


 試合終了の鐘が鳴る。

 最後の一人を片付け余裕の表情で出てきたリンクスに、ロティオンは会場の端から小さな拍手を贈った。



リンクスがこんな回りくどい方法を取った一番の理由は、シンシアに成功体験を積ませたかったからです。

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