15 いざ、勝負
魔術対抗戦最終日。
緊張とはかけ離れた表情でいるリンクスの周りには、小さな魔力の花が咲きこぼれていた。
その花を一つ摘み上げながら、シンシアが尋ねる。
「随分ご機嫌ね?」
「だってこれから全力の二人と戦うんだよ。もちろんペトラちゃんの魔法も見れるよね? 楽しみだなぁ〜クラブで使ってるの見たことないから、何気に初めて見るんだよね。どんな魔法なのかな〜早く戦いたいなぁ〜」
悩ましげな吐息は、恋する少女のようだ。実態はそんな可愛らしいものではないが。
シンシアはリンクスの止まらない語りを途中で遮った。
「本当に魔術が、……戦うのが好きね。でももう始まる直前よ、気を引き締めてちょうだい」
「はぁ〜い」
既に魔術対抗戦の特殊結界は張られている。
両陣営はスタート地点に立っており、あとは開始の合図を待つだけだ……が、前の試合の盛り上がりが冷めていないらしく、まだ始まりそうもない。
そんな中、気もそぞろになってきた面々を集中させるために声が上がる。
「それでは作戦の再確認だ。結界の範囲は学園の中央部から西側の観戦席がある施設まで。時間制限はなく、どちらかが全滅するまで終われない」
「私たちは南から、ヘレネちゃん達は北側から攻めて第三校舎と第四校舎を占領して拠点にする。間に合わず混戦になっても勝手な単独行動はしないようにね」
リンクスが昨日の失敗をさらっと指摘する。魔道具による強力な攻撃に退場していった仲間を目の当たりにし、逃げ惑ったりあるいは動けなくなってしまった者達は、決まりが悪そうな顔だ。
彼らは学園に入学出来るレベルとは言え、対人戦闘の経験など皆無。予期せぬ事態に混乱するのも仕方がない。
だからこそ、リンクスは素早く決着をつけに行ったのだ。
あらかた確認が終わったあと、シンシアがこっそりとリンクスに耳打ちした。
「本当にあの作戦で行くの?」
「うん、お願いね〜大丈夫安心して! 私、ちゃんと強いから」
「そこは疑ってないけれど、これは強さとかの問題かしら? ……ふぅ、責任重大ね」
シンシアは深呼吸をすると、覚悟を決めた顔をする。
「さぁ頑張ろっか。相棒っ!」
* * *
一年の部最後の戦場は、各々自由に相手を撃ち最後まで残った生徒の組が勝利という純粋な生き残り戦だ。
徒党を組むも良し、単独行動も良しでクラス毎に特色が出る為観戦側も見飽きない。シンプルなルールながら人気があり、毎年決勝で行われている。
中央には学園長の作った対抗戦の様子を観戦出来る特設会場が設営されていて、そこではあちこちに散らばせた魔道具を介して、戦場の様子を映し出していた。
いくつもの投影魔術で生徒たちの様子を映している側で、一人の男が楽しげに話し始めた。
「今年もこの戦場が始まりましたね〜! そして司会も毎度同じみっ教職七年目となりました、ギギー・エフシモでぇーす!!」
「……今日の解説担当、カスレフティスです」
陽気な男の声と陰気な男の声が会場に響く。
「ちょっとちょっとー! 声に張りが無くない!? 大注目の一年の部決勝戦ですよ!? もっと元気出していきましょ!」
「うるさ……イアト先生め、こうなると分かってて朝から逃げてたんだな……今度資料室の掃除を押し付けてやる」
ここにはいない教師の顔を思い浮かべたカスレフティスは、顔を顰めながら恨みごとをぼそぼそと呟く。
その間にも、同僚の口は止まらない。
「いやぁ〜毎年面白い生徒が入学するこの学園ですが、今年も実に興味深い生徒たちがいっぱい入って来ましたね!」
「はぁ……そうですね」
「そうそう、カスレフティス先生が担任をしていらっしゃるクラスが決勝に残りましたね! 先生的に、特に注目している生徒はどの子です?」
聞きづらい質問もガンガンしていく。教師生活七年目は伊達ではない。いや、性格の問題か。
「皆、と言いたいところですが……特にロギア・モノケロスとペトラ・エラフィですかね。二人の実力はこの目で見ていますから、決勝にふさわしい戦いをしてくれると私が保証します。二人を共に戦わせることが可能な戦場になったこと……相手生徒には申し訳なく思う」
「うんうん、その二人が今年の入学オリエンテーションで二位という順位を獲得したのは記憶に新しい。期待大でしょうね! そんな先生のクラスと対戦するのは、オリエンテーションで栄えある一位の座を手にした生徒を擁するイアト・セルペンス先生のクラスだー!」
観衆を惹きつける軽快なしゃべりをする司会とは裏腹に、解説者の声は硬い。
「自分的注目度一位は、リン・メルクーリさんです! 昨日の対抗戦での活躍も素晴らしかった!」
「メルクーリさんは……まだまだ底の知れない生徒ですからね。気になるのも無理はない」
「一年の初学期では個人の実力を測れる授業が少ないですからね! でも昨日の様子を見るに、相当な実力の持ち主だと思われます! 益々彼女たちとの直接対決など期待したいところです! ――えっ? なんですか学園長。巻けって?」
急かせるようにしっしっと手を振るクロエに、ギギーは切なげな表情を浮かべた。その目がまだ喋り足りないと訴えている。
だが、クロエに大の男の媚は効かない。とうとう顎で指図を始めた。
「はいはいっ申し訳ありませんっ! ――さてそれでは、魔術対抗戦、一年の部決勝! 開始っ!」
いきなりすぎる開始の合図に、生徒達は慌てて駆け出した。生徒達の様子を映し出す飛行型の魔道具もあたふたと動き出す。
数分もすれば、何処かで二組の生徒達は衝突し、魔術勝負を始めることだろう。
* * *
「あははっ、ねぇ見て〜こんなに大勢の人間が観客席に集まってるよ〜!」
対抗戦もまだ序盤。観戦会場のほど近くで、楽しげなリンクスの声が響く。
投影の為の飛行魔道具を乗っ取ったのか、逆にこちら側に会場の様子を映し出している。魔力の無駄使いを叱る存在は側にはいなかった。
「あはっクロエちゃんに見つかっちゃった。あとで遊んでたこと姫様にチクられるかな?」
疑問系の言葉に返答はない。このままでは独り言のデカい恥ずかしいやつだ。悲しいので、彼らに返事が貰えるように名指しで話しかける。
「無視は酷いな〜私がここに居ると思ったから、会いに来てくれたんでしょ? ロギアくん、ペトラちゃん」
隠れていた二人が姿を現した。リンクスは場違いなほど和やかに歓迎する。
今リンクス達に寄せられる注目は、今期の対抗戦最大のものだろう。大きな歓声が上がったのが聞こえる。
最終日第一試合、一年の決勝戦。オリエンテーションでの結果で一位と二位の結果を残している実力者同士が序盤から遭遇するなんて。
「気づかれて、ましたか」
「腹の立つ言い方をするな。魔力でこちらに存在をアピールして、こっちにきてと言わんばかりの煩わしさで呼んでいたくせに」
「てへっ。だってさ〜ルール上いつかは対戦するだろうけど、そんなの待てないもんねっ。最速で会いたい! ってわけで戦お!」
「……随分楽しそうだな」
呆れたロギアの声に、気分よく返答する。
「だって戦うのって楽しいもんっ。私壊すの大得意だから、第四所属が性に合ってるってつくづく思うよ」
「それならば、魔術対抗戦はお前には物足りないだろうな」
「ん〜でも私、魔術対抗戦って嫌いじゃないんだ。魔獣狩りが本業だとついつい加減を間違えちゃって、対人戦でやりすぎちゃうから。これなら私が殺しちゃう前に、強制転移してくれるでしょ」
「「…………っ!」」
リンクスから流れてきた一瞬の殺気に、瞬時に反応した二人が戦闘態勢になる。
「ふふっ反応良いね。じゃあこのまま、始めよっか」
その言葉を合図に三人の魔術の撃ち合いが始まった。
火と風が合わさった二人の強力な攻撃を、巨大な水の龍が食い破る。それならば、とロギアは瞬時に魔術を切り替え水龍を凍らせようとする。
その動きを読んだリンクスは、手早く炎の壁を構築し相手の思惑を阻んだ。
「もう一体追加」
水龍が二体になったことで、場はより複雑になる。一体はリンクスを守るように、もう一体は敵を撹乱させるように動く。
龍はまるで意思があるかのように攻撃を読み、動き回るため、創造主に似て捉えづらい。
「龍に当たらずとも!」
ロギアはイライラを募らせ吐き捨てるように叫ぶと、長めの詠唱を始める。そんなロギアの無防備な時間を埋めるように、今度はペトラが前に出た。
少女の生み出した突風は冷たく、龍ごとリンクスを切り裂くように襲いかかる。
だが、風の魔術は龍の身体を切り裂くもすぐに補修された。攻撃はリンクスに届いていない。
「さぁ、行って」
リンクスは自分の側に集まらせていた水龍も放つ。自分達を飲み込もうとする脅威から耐え凌ぐため、ペトラは強めの結界を張った。
「くっ……!」
「押し合いっこ、だね」
結界で守りながら風の魔術を使い巨体を押し返そうとするペトラを、リンクスは嬉々として迎え撃つ。
「これならっ……どうだっっ!」
叩きつけられるかのような勢いの青黒い炎が、周辺一帯を包む。心の臓まで燃やされてしまいそうな高温だ。
『おぉ! 火属性上級魔術<獄炎>をこの歳で使うとは。込められた魔力もなかなかのようですねー! 龍の身が崩れましたよ!』
解説者の言う通り、一体の水龍は属性不利すら覆す強力な魔術で壊された。もう一体はまだギリギリ使えるだろうが、リンクスはそのまま「お疲れ様」と言って魔術を消した。
リンクスは自身の周りを消化したあと、制服のベルトに吊るしていた物を手に取った。
「それじゃあこっちも、準備運動は終わり!」
「剣身の無い剣……?」
持ち手だけのそれを握り、リンクスは詠唱を行う。
「さぁ――刀身よ、現れ出でよ。光輝け」
柄の部分から白い光を放つ魔力の粒子が生成される。放出された粒子は、柄と合わさり剣の形をとった。
リンクスはロギアとの距離を一気に縮めると、躊躇なく振りかぶった。
「光の魔術士の割に、随分好戦的な魔術の使い方だなっ」
「戦場育ちなもんで」
ロギアは苦汗を流しながら、結界で攻撃を凌いだ。
じわじわと侵食されるようにめり込んでくる光の剣を警戒し、新しい結界を張って距離を取ろうとする。魔術士にとって距離を詰められることは脅威でしかないのだ。
「その判断は正解だけど、私が簡単に逃すと思う?」
「……っ思わんなぁ……!」
ペトラが行手を阻むように攻撃してくるが、光剣で切り落としていく。追従してくるリンクスに、二人の焦りが募る。
『おぉ! 光属性の<魔剣>なんて、初めて見ましたよー!」
『確かに珍しい。何故か素質の無い者には、光の魔術は扱えないですからね。私も目にしたのは初です』
すぐ隣で戦っているからか、戦闘の様子を解説する教師達の声が聞こえてくる。
「これ全属性共通魔術だから珍しくはない方……まあ、光属性は補助魔術ばかり特訓するから珍しいか」
「他に気を取られるとはっ……随分と、余裕そうだなっ!」
苛立ちのこもった声がリンクスの耳に届く。
「ごめんごめん。でもここには周囲を警戒してくれる私の仲間はいないし、周りを気にするのぐらい多めに見てよっ、と」
空中に大きく跳躍したリンクスは、落下による勢いのついた重い一撃を叩き込む。
ロギアが怯んだ一瞬を見逃さず斬り込み結界を壊すと、魔術戦用の特別な結界をも壊しにかかる。が、どうにか間に合った新しい結界に防がれた。
しばらくの間、このやりとりは続き、防戦一方で焦れたロギアが仕掛けようとする。
「ふっ、拉致があかん。ペトラ、魔法を」
結界を二重にしてどうにかリンクスの猛攻を防いでいたが、リンクスの背後から数本の光の剣が現れ、再びロギアを窮地に立たせる。
「ロギア様っ!!」
死角からの攻撃にペトラが気づき、狼狽ながらも結界を張る。そこに無数の剣が突き刺さった。
剣は結界にめり込みつつも、ロギアの身体に到達する寸前で止まる。
「……っ! 昨日のヘルクレスの真似事かっ!」
「ちょっと違うけどね」
魔術で武器を作るのは、リンクスの十八番である。一番得意とする武器を出せば正体が露見する可能性がある、と考え剣にしたところ、たまたまスピサと被ってしまっただけだ。
「ロギア様、盾を」
「こちらは大丈夫だ! ペトラ、放てっ!」
「っ、分かりましたっ」
ロギアがペトラの声を遮って指示を出した。彼には珍しい行動だ。
その声に呼応したように、暖かな風が吹く。強力な魔力の気配――
「――駆けて、駆けて、疾風が如く。その身を風の化身と化せ」
強大な魔力の発生源は、獣人の少女だ。風に巻かれた髪、強い意思を秘めた瞳が一点を見つめる。
風の魔力によって作られた輝く弓を引き、狙うは敵ではなく味方。
「薫風包まれし者に、猛き勇気を与えたまえ! ――<風雲招く弓矢>!」
魔法の矢はロギアの身体に到達すると、優しく包み込むように解けていく。
(攻撃系じゃなくて、支援系?)
リンクスの疑問はすぐさま解消された。
「跡形なく燃やし尽くせ――<灰燼>!」
嫌な予感がしたリンクスは、無属性から火属性用の結界へと切り替えた。
大地が割れ、焔が噴き出す。
火がリンクスの視界を完全に外界から遮断した。すぐ先すら見えない濃密度の魔力だ。
水の魔術を地面に叩きつけ鎮火にかかる。
『おぉっーとぉ! 凄まじい炎がメルクーリさんに襲いかかるぅ! 火や煙で彼女の姿が見えませんね。場外判定が出てないので無事でしょうが、少し心配です!』
リンクスはもちろん無事だった。しかし、攻撃は凌ぎきったが、結界は大分削れ特殊結界にまで届いていた。
魔法に気を取られていたとはいえ、久方ぶりに特殊結界まで届く魔術を喰らいリンクスは笑みがこぼれる。
(魔術の威力が上がったようだけど、これは――)
炎に包まれながら、リンクスは冷静に思考を巡らせ答えを導いた。
「そうか……速度強化の魔法だ。対象者の魔術にも効果があるんだね!」
「はい。わたしの魔法は、対象の身体や魔力操作などに関するあらゆる速度を上昇させるものです。副産物ではありますが、魔術の威力も上がる効果があります」
ゆったりと動く馬車と猛スピードで駆ける馬車であれば、後者の方が衝突時のダメージが大きいのと一緒だ。
魔術にも速度が乗るため速度の恩恵は計り知れない。また属性を問わない強化魔術は、光属性の魔術士にしか使えない代物。
魔術の世界において、とても重宝される効果と言える。
詠唱が要らないところをあえて詠唱したのは、魔法の安定を取ったか、はたまた魔法を使えないと思われているリンクスへの情けか。
他にも継続時間や人数制限はあるのか等、聞きたいことは山ほどあるが、これ以上の詮索は無粋でしかない。
「まだ足りないよ。私に膝を折らせるにはねっ」
「仕留めて見せる……っ!」
そう言って空に舞うリンクスをロギアが追いかけてきた。いつもなら引き離せるだろう彼が、背後に居続ける気配を感じる。
「おっと」
ペトラがリンクスの前方に雷をばら撒き動きを阻もうとしてくる。背後からの強力な攻撃だけでなく、下も警戒しなくてはならない。
絶妙なコンビネーションでリンクスを追い詰めようと仕掛ける二人。リンクスは攻撃を回避しながら相手を観察する。
(ペトラちゃんは相変わらず支援が上手い。それに、ペトラちゃんの魔法の効果を存分に発揮出来てるロギアくんの腕もなかなかだ)
強い強化魔術をかけられると、魔術の扱いが難しくなるはずだが、上手く操っている。リンクスは魔法の効果を試すように、近いては離れてを繰り返す。
下から放たれた氷の弾丸は回避し、背後から放たれた水塊は強化した結界で防ぐ。
一息つくこともできない戦場で圧倒的に不利な立場と化したはずなのに、リンクスの表情には余裕があった。
(もっとこうして遊んでいたいな)
到底不可能な願望が頭の中に浮かぶ。
「でも残念。楽しい時間にも終わりは平等に訪れるんだ」
リンクスはわざとロギアの攻撃で撃ち落とされた振りをして地上に降り立つと、手に持っていた剣を地に突き刺し、詠唱を始める。
「剣は鍵、地も幻、全てが偽りであったとしても、只人には見抜けない……さぁ、秘密の花園をここに」